微笑み
「おっ、美味そうな弁当だな」
ここ数日の寒さが嘘のように和らいだ昼休み。
屋上で美奈子おばさんが作ってくれたお弁当を広げていた私は
しぶしぶといった感じで彼を見上げた。
「・・・・・ランチルームに行かないんですか?」
「ああ・・・」
「みんなが待ってますよ?」
軽く溜息をつくと、彼が呟いた。
「今日は、静かに飯が食いたかったんだよ」
赴任してきてから、毎日女子に囲まれてたもんね。
「食いたかったって・・・もう食べたんですか?」
別に、彼のことなんてどうでもよかったんだけど
何も持ってないみたいだから、単に気になって聞いてみただけなのに
向こうはそうは取らなかったらしい。
「まだだけど、ちゃんと購買で買ってきてるよ。心配してくれてサンキュ。」
「・・・・・心配なんてしてませんっ」
私の横に座ると、彼がポケットからパンやらおにぎりやらを取り出した。
「ほらな。」
なんだか、お菓子を見せびらかしてる子どもみたい。
なんとなく微笑ましくなって、つい笑ってしまった。
私の顔を見ていた彼が更に笑顔になって言った。
「やっぱりいいな。」
「なにが・・ですか?」
「お前の笑顔だよ。もっと笑った方がいいぜ。せっかく可愛いんだからな」
ちょ・・・・っ、それが教師の言う台詞!?
ああ、いや、落ち着け。向こうは子ども扱いして言ってるだけなんだから。
頭の中であれこれ反駁していると、彼がクックッと笑い始めた。
笑われたことで、更に頬が熱くなる。
私は反論を諦めて、プイッと横を向いた。
暫く2人とも黙って食事を続けていたが
その沈黙も、決して居心地が悪いものではなくて。
これは、私にとっては珍しいことだった。
いつもなら、あまり親しくない人と接するのは得意な方ではなかったから。
物思いに耽っていた私は、横から手が伸びてきたことに気づいていなかった。
「1個貰うぜ?」
「えっ?私の玉子焼き!最後に食べようと思って取っておいたのに!!!」
「はは、ご馳走さん。美味かったよ。代わりにこれやるから」
笑いながら立ち上がった彼が、ポケットから取り出して放って寄越したのは
丸のままの真っ赤な林檎。
「食後にはデザートがいるだろ?じゃ、午後の授業に遅れるなよ」
「私に林檎をまるかじりしろとでも?」
閉まった屋上のドアに向かって悪態をつくと
私は、掌の林檎に目を落とした。
「ホント、変なヤツ」
口調とは反対に、私の顔には微笑みが浮かんでいた。
自分では気づいていなかったけれど。