温もり
「先生・・・どこだろ?」
陽斗に教室から追い出されたものの
荻原先生がどこにいるのかが分からなくて
とりあえず、職員室とか、数学の準備室の前をウロウロしても
結局先生は見つからなくて。
後は・・・屋上にでも行ってみようか
そう思いながら階段を上って行くうちに
1つ上の踊り場から、少し抑え気味の声が聞こえてきた。
たぶん誰かがチョコレートでも渡してるんだろう
邪魔しちゃ悪いからと上って来た階段を下ろうとしたその時
先生の「ごめんな」という声が聞こえて
私はその場から動けなくなってしまった。
バタバタと階段を駆け上がる音がしたかと思ったら
もうひとつの靴音はあまりしなかったんだろう
階段を下りてきた先生が、私の存在に気づいて少し驚いた顔をした後
嬉しそうに微笑んだ。
「やっとお出ましか?いい加減、待ちくたびれたんだけどな」
「え?」
きょとんとする私に、おいおい・・・と首を振りながら
先生が笑う。
「期待して待ってろ・・・そう言ったのはお前だろ?」
「あ・・・・・」
自分の言葉を思い出して顔が赤くなる。
照れ隠しに、つい憎まれ口を叩いてしまった。
「私なんかのチョコがなくても、ものすごい数もらってるんじゃないですか?」
「ないよ、ひとつも」
「嘘!だって今だって・・・」
先生にチョコをあげたいって言ってた子、一人や二人じゃないから。
陽斗もかなりモテるけど、先生はそれ以上で
だからチョコを貰ってないなんて話は、信じることができなかった。
「お前、いつからここにいる?」
「あの・・・・今きたばかりで・・・」
「じゃあ、俺が『悪いけど、チョコは一人からしか貰わないって決めてるから』
って言ったの、聞いてなかったんだな」
一人からしか貰わない・・・・それって・・・・・。
何も言うことが出来ずに自分を見つめる私に先生が苦笑する。
「今日は、女の子が告白してくれる日だと思ってたんだが、違うのか?」
先生の言葉にハッと我に返った私は
大慌てでスクールバックを開けて、包みを取り出した。
「あ・・・あのっ、1日持ち歩いていたので
もしかしたら、中で崩れちゃってるかもしれなくて、それで・・・」
しどろもどろの説明を始めた私を引き寄せると
そっと抱きしめながら先生が囁いた。
「たった一言でいいんだ、結菜。聞かせてくれないか?」
「・・・・・・・・先生のことが、好きです」
永遠のように感じた数秒後
先生が大きく息をついた。
「ありがとう」
その一言と、先生の腕の温もりが
私の心を暖かく満たしていくのを感じていた。