後押し
バレンタイン当日。
さすがに、男子も女子も今日ばかりは朝からソワソワしているのが
見て取れた。
そういう私だって、夕べは緊張してよく眠れなかったんだけど。
「結菜、目が赤いぜ。どうせ夜遅くまで起きてたんだろ?」
迎えに来た陽斗に早速指摘される始末。
「そんなに目立つ?」
「いや、まぁ、よく見れば気づく程度だけどな」
よかった・・・それなら先生には気づかれないで済むかも。
先生には心配かけたくなかった。
放課後が近づくにつれて、陽斗のロッカーはチョコで一杯になっていった。
「毎年のことだけど、モテる男は辛いね」
笑いながら冷やかすと、「ばーか」と頭をこつんと叩かれた。
先生も、きっとたくさんチョコ貰ったんだろうな。
もしかしなくても、陽斗より多く。
その考えに、心がチクッと痛んだ。
「で、お前はいつ渡すんだ?」
「渡す?陽斗にはいつもどおり、帰ってから・・・」
「俺にじゃない。荻原に渡すんだろ?」
内容もだけど、陽斗のあまりにも平然とした口調に
ビックリして幼馴染の顔をまじまじと見てしまった。
「俺がいい男だからって、そんなに見つめるなよ」
茶化すように言った陽斗だったが
すぐに真顔になって付け加えた。
「俺がアイツだったら、絶対待ってるぜ。
その・・・好きなヤツからのチョコを、さ」
「陽斗・・・私・・・・・」
『俺じゃダメか?』
陽斗にそう言われた日から、ずっと言わなくちゃって思ってた。
先生への想いと陽斗に対する気持ちが違うんだってこと。
でも、話そうとするたびに陽斗にはぐらかされて
今日まで言えないでいた。
その陽斗が、こんなことを言うなんて、思ってもみなかった。
「分かってるって。何年お前のこと見てきたと思ってるんだよ。
荻原に言っとけ。結菜を泣かしたら、いつでも俺がお前の代わりになってやるってな」
「ごめんね・・・陽斗・・・」
「バカ、謝るなよ。お前にも絶対後悔させてやるからな。
こんないい男を振って失敗したって」
「うん・・・ホントにバカだよね、私・・・」
小さい頃からしてくれたのと同じ仕草で
私の涙を拭いながら、陽斗が呆れたように笑う。
「・・ったく、今頃気づいたのか?
ほら、それ以上泣くと、真っ赤な目でアイツのとこに行かなくちゃならないぜ。
さぁ、早く行ってこい」
私を教室から文字通り押し出した後
陽斗が自嘲気味に呟いた言葉は、私には届かなかった。
あと少し待てば、アイツが結菜の前からいなくなるっていうのに
結局俺は、結菜の悲しむ顔を見たくないんだよな。
「バカは、俺か」
思わず口から出た言葉に、まさか返事が返ってくるとは。
「ホント、思いっきりバカよね」
「田口?見てたのか?」
「ええ。私はサッカー部のマネージャーですからね」
そう言いながら鞄から小さな包みを取り出し
俺に押し付けるように手渡した。
「はい。可哀想だから、陽斗くんにもあげる。
私もバカよね。自分を振ったヤツに、ちゃんとチョコを用意するんだから」
結菜がダメだから、今すぐ他の女って気持ちには到底なれない。
だけど・・・
「サンキュ。お前はいい女だよ」
田口の頬に赤みが差すのを見ながら
俺もいつか、結菜以外に目を向けなくちゃな・・・と思っていた。