言い訳
週に1度のピアノのレッスンを終えて
駅前を歩いていた私は、荻原先生の姿を見かけて
思わず声を掛けていた。
今までの私だったら、きっとそのまま通り過ぎていたに違いない。
でも、「後悔しないように」って決めたから。
「先生!」
「結菜?どうした、こんなところで」
先生は振り返えって私の姿を認めると、ニッコリと微笑んでくれた。
その笑顔に、胸が高鳴る。
「ピアノのレッスンの帰りなんです」
「へぇ・・・お前、ピアノ弾けるんだ?」
「ええ。そんなに上手じゃないですけど」
「いつか・・・弾いて聞かせてくれるか?」
どうしよう・・・なんて答えようか考えあぐねていると
横から知らない男の人が待ちかねたかのように口を挟んだ。
「お前の教え子か?」
「ああ、すまんな。俺が担任を受け持ってるクラスの生徒だ。
結菜・・コイツは俺の幼馴染で坂田・・・」
「坂田です。結菜ちゃんって言うんだ?可愛いね」
先生のお友達、優しそうな人だな
坂田さんに軽く微笑み返して先生を見ると、なんだか不機嫌そうで。
私、邪魔だったのかな。
「あの・・・私、帰らなくちゃ。
すみません、お邪魔してしまって。」
「え?結菜ちゃん、行っちゃうの?
コイツの学校での様子を聞かせてもらおうと思ったのにな」
私が答えるより先に、先生が口を挟む。
「余計なこと言うなよ、坂田。
結菜、気をつけて帰れよ?」
やっぱり、私に一緒に居て欲しくないんだろうな・・・。
ちょっと寂しい気がしたけど、2人にニッコリ微笑んで挨拶をすると
その場を後にした。
「あのコなんだろ?」
「・・・・・・・」
「お前の態度を見てれば、すぐに分かるよ」
結菜の後姿が見えなくなるのを待って
坂田が口を開いた。
「いいのか、本当に」
「・・・・説明しただろ?」
「そこまでお前が弟やご両親に気を遣う必要があるのか?」
「坂田・・・・・」
俺に詰め寄る坂田を宥めようとしたが、親友は尚も言い募った。
「確かに、お前はお前の親父さんが他所に作った子供かもしれない。
だが、子供ができないと思い込んでいた親父さんたちがお前を引き取った後に
弟が生まれたからって、お前が責任を感じなくちゃいけないのか?」
しょうがないヤツだな。
自分のことでもないのに、こんなにムキになって。
「何も、責任なんか感じちゃいないさ」
「だったら・・」
「本当の息子でもない、いやそれどころか、親父が他の女に産ませた俺を
母さんは本当に、分け隔てなく育ててくれた。
弟だってそうだ。アイツは、俺が母さんの子供じゃないことを知った上で
それでも家を継ぐのは俺だと、今でも思ってる。」
「そりゃ、そうだろう。兄貴が一度は医学の道を志して
しかも自分より優秀だとなればな」
「アイツだって優秀だよ」
小さな頃から、俺の後ばかりついて歩いてた弟の顔が浮かんで
自然と笑顔になる。
「だからこそ、俺が傍にいないほうがいいんだ。
外国に行っちまえば、さすがにみんな諦めるだろ?」
ははっと笑って見せる俺に、坂田は納得いかないと言わんばかりに首を振った。
「結菜ちゃんはいいのか?」
「アイツは・・・ただの生徒だよ」
嘘だろという坂田の視線に、俺は目を逸らした。
「アイツには、幼馴染でイケメンの彼氏がちゃんといるんだよ」
「そうか?俺はてっきり結菜ちゃんもお前のことを・・・」
納得がいかないといった風の坂田を宥めすかして電車へと乗せると
俺はさっき別れたばかりの結菜の顔を思い浮かべている自分に気がついた。
「バカな・・・アイツはただの生徒だよ。それだけだ」
自分自身への言い訳は、俺自身の耳にもしらじらしく聞こえた。