チョコ
いつものようにお弁当を屋上で食べ終わった私は
チョコレートで作るお菓子のレシピ本を膝の上に広げていた。
「ふーん、チョコレートで作るお菓子・・・ね。
さては、バレンタイン用だな?」
背後からいきなり声を掛けられるのにも随分慣れたなと思いながら
振り返りもせずに返事をする。
「いきなり後ろから声を掛けるの、やめてくださって
この間も言いませんでしたか?」
「はは、悪い悪い。つい・・・な」
朗らかに笑う荻原先生は、まるで悪いなんて思ってないのが明白で。
それが証拠に、断りもせずに私の横に座ると
横から本を覗き込みながら、あれこれと質問を始めた。
いくつかの質問に答えると、先生が感心したように言った。
「随分詳しそうだな」
「・・・母がお菓子作りが趣味だったので
よく一緒に作らせて貰ってたんです」
そう・・・母さんはよくケーキやクッキーを焼いてくれて
私はそれを手伝うのが大好きだった。
「そうか。それは楽しみだな」
何が楽しみなんだろう?
話の流れについていけなかった私は、訝しげに先生を見返した。
私の物問いた気な視線に、初めて先生が居心地の悪そうな顔をした。
そんな先生を見るのは本当に初めてで。
私から目を逸らすと、先生が呟いた。
「くれるんだろ?その・・・チョコを、さ。」
自分でも見る見る顔が赤くなるのが分かった。
慌てる私を見て、いつもの余裕が戻ったのか
先生が笑いながら付け加えた。
「そんなに慌てなくていいんだぜ?
何も、本命チョコを寄越せって言ってるわけじゃないだからな」
そう・・・・だよね。
先生は、私なんかが本気でチョコを渡したとしても
信じてなんてくれないよね。
俯いてしまった私に、今度は先生が訝しげに私の名前を呼んだ。
「結菜?」
先生が私の名前を呼ぶのと、チャイムが鳴ったのが同時で。
「ほら、先生も授業あるんでしょ?行かなくちゃ!」
「あ、ああ・・・そうだが・・・」
「もちろん、心配しなくても先生にもちゃんとチョコあげますから」
「・・・なんだかおざなりに聞こえるな」
苦笑する先生に、私は「お先に失礼します」と言い残すと
屋上のドアを開けて、教室へと急いだ。
屋上から私が、そして少し遅れて荻原先生が出て行くのを
陽斗が見ていたことには、2人とも全く気づいていなかった。