20話 本当の気持ち
私は昔から雷の音が苦手だった。その音と眩しい光が苦手だった。
昔からその音を聞くたびに体が震えて動けなくなってしまっていた。
"ドーン"
「ひぃ、」
雷の音は鳴り止まない。どうやら雷雲は思ったりよりも近くに来ているらしい。
せっかく勇気を出したというのに雷に邪魔されるとなると怒りも湧いてくるのだが、相手は自然、私にはどうすることもできない。
「マリーさん、雷苦手なの?」
「あ、いえそんな…ひゃあ!」
「…苦手なのね」
子供っぽくてあまり言いたくなくて誤魔化そうとするがなり続ける雷に驚いてしまい、すぐにバレてしまう。
私は恥ずかしくて耳を赤くしつつもその音の怖さで縮こまってしまう。
あまりの怖さで心拍数が上がり呼吸が荒くなってくる。胸を押さえながらなんとか落ち着こうとする。
"ドーーーン"
「きゃぁぁぁ」
収めようとしてもなり続ける雷によって落ち着くことはない。
そして、呼吸困難に陥った私はとうとう視野が狭くなってきて意識を…
ーそうなる瞬間、急に暖かい感覚が全身を包む。
ふとみるとクラメルが私を胸に入れて頭を撫でてくれている。
「く、クラメル様?な、何を…」
「大丈夫、大丈夫。怖くないよ。落ち着いて」
「あ、あぅ」
ゆっくりと頭を撫でられ彼女は私をなだめてくれる。急に抱きしめられた動揺ですぐに逃げようとした私だが、さっきの雷で足がすくんでしまい失敗する。
そのまま彼女が頭を撫でながら落ち着かせるような温かい声をかけてきた。
私はその心地よさや恥ずかしさなどが混じって何も言えなくなってしまう。
そのまま撫でられ続けた私はさっきまでのひどかった体の震えが止まり、だんだん安らかな気持ちになってくる。
そして、さっきまでずっと張っていた緊張の糸が切れ、さっきまでの反動で大きな睡魔が私を襲う。
私はそれに抵抗する術もなく心地よさに身を任せ眠りについてしまうのだった。
***
「すぅ、すぅ、」
「あら、寝てしまったわね。」
私が頭を撫でて続けているとマリーさんは安心したように眠った。そしてそれを見た私は安堵する。
彼女が雷に怯えている時、あの怖がり方は普通じゃなかった。あれはもう怯えではなく恐怖の域にあるように感じる。
それこそ、もし私が彼女を落ち着かせていなければ倒れていたと思えるほどのものだった。
自分でもなんであんな行動をしたのかわからないがうまくいって本当に良かったと思う。
私がふと時計を見ると時刻が7:00を回っている。彼女がきてから大体2時間ぐらい経っていた。
「あら?もうこんな時間。…不思議ね、ここまで長く話すつもりはなかったのだけれど」
実は最初、私はお茶を一杯飲んだら帰ってもらおうと思っていた。
だが思ったよりも彼女と話すのが楽しくてついつい長く話てしまった。
「もういい時間だけど、流石に起こすのは可哀想ね。それならこの子の従者に迎えを…あら?」
私が彼女を撫でるのをやめてその場を立とうとした時、彼女は私に抱きついてきた。
一瞬起きたのかと思ったのだがまだ寝息は聞こえるため寝ぼけているだけのようだ
振り払おうと思えば簡単なのだが、私は何故だがそれがためらわられる。
「…仕方ないわね。」
*****
『大丈夫よ日向ちゃん、落ち着いて』
誰かが私のことを撫でている。温かい声で話してくる。
ーああ、そうだったのか。
さっきクラメルが私を撫でてくれていた時に私は温かさだけでなくどこか懐かしさも感じていた。
さっきまでわからなかった理由が今ようやく合致する。
ークラメルはこの子に似てるんだ。
だからいつも私が彼女を見る時、見覚えがある気がしたんだ。
そして私がそれを理解したと同時に私は一つの感情が湧いてくる。
ーこの温もりを二度と失いたくないと。
***
「…ん…?あれここは?」
「目覚めましたか。マリー様」
「ルイちゃん!?」
私が目を覚ますと目の前に可愛らしいルイちゃんの顔がある。
すぐに周りを見渡すと今馬車に乗っていることに気づく。
「あれ、なんで馬車に?さっきまでクラメル様といたはずなのに」
「それは、マリー様が寝落ちした後、クラメル様から伝達を受けまして迎えにきだからですね」
「あ、なるほど。…え?迎えにきたの?」
「はい、そうですね。学生寮の前まで馬車で行きました。」
「…私、寝てたと思うんだけど。もしかしてルイちゃんが運んでくれたの?」
「いえ、クラメル様がおんぶして。そういえばクラメル様にすごい抱きついてましたねあの時のマリー様」
「え、待って、私抱きついてたの!?」
「はい、なのでクラメル様から離すときに少し苦労しました。」
つまり、私の記憶と今の話を合わせると、
私は雷に怯えたのを慰めてもらってそのまま寝落ちして、その後クラメルに抱きついだ私は彼女を離さなかったと…
ーちょっと待って何それ?そんなの私まるでお母さんに甘える子供みたいじゃん。
ま、待って。恥ずかしいんだけど。
だって私前世も合わせてかれこれ30年以上生きているわけで、それなのにまだ雷に怯えてるってだけでも恥ずかしいのに、こんな羞恥まで晒して…
さっきまでの状況を理解した私は恥ずかしいさのあまりその場で蹲りながら頭を抱える。
把握すればするほどさっきまでの自分の醜態を理解し、とてつもない恥ずかしさが込み上げてくるのだ。
「や、やばい。ま、待って、もう私クラメル様に顔向けできないかも。」
「落ち着いてくださいマリー様。まだ子供なんですから怖いものの一つや二つぐらいあります。そう気に止むことではないですから」
そんな私をルイちゃんがフォローするようにそう言ってくれる。
しかし、今の私にはそれは逆効果だった。
なにせ子供っぽいことに恥ずかしさを感じてる私に子供だから大丈夫と励ましたのだ。
そしてとうとう限界を迎えた私はその場で目を回しながら倒れてしまうのだった。
***
「落ち着きましたか、マリー様」
「うん、ごめんねルイちゃん。色々取り乱して」
その後目を覚ました私はようやく落ち着きを取り戻した。
まだ若干の恥ずかしさは残っているがなんとか立て直すことができた。
「大丈夫ですよ。それよりもクラメル様との関係は少しでも進みましたか?」
「うん、前よりも仲良くなれたと思う。」
あのお茶会を通して私は彼女といろんなことを知ることができた。
もしかしたら話してくれたのは気まぐれだったのかも知れない。
でも、少なくとも私は彼女の好きなものや大切なもの、性格などをみることができた。
前の尾行で手に入れられなかった情報をたくさん知れた。
「これでもっとクラメル様との友達計画に近づいて…あれ?」
「?どうしたんですか、マリー様?」
「何か心がちくちくするの。今まではなんともなかったのに…何、この気持ち」
友達計画について考えようとした途端私の心の奥で何かがざわめくのを感じる。
ただその感覚はサルネ様に感じたモヤモヤや瞳を見た時のモヤモヤとは何が違う。
その感情はどこか温かく、特別な思いになる気がする。
「…友達になりたい」
「マリー様?」
その言葉は無意識に出たものだった。突然私の口からその言葉が漏れたのだ。
しかし、その言葉は私の中にスッと入ってくる。
ふと出た言葉には心が本当に思っていた気持ちを示している。
私は彼女と"本当"の友達になりたい。
私は今まで彼女と友達に、近づきたい理由はモヤモヤの理由を探す、そしてサルネ様の頼みからだった。
今でも別にその理由が無くなったわけではないし、これからもその理由は残り続けると思う。
しかし、私はそれで友達になるということにどこか抵抗感があった。
私はそれが私の仲良くしたいという気持ちが介入しておらず純粋な気持ちとは違うということに罪悪感を感じていたからだと気づく。
だからこそ、さっき友達計画と呟いた時心が痛んだのだろう。
私は彼女とのお茶をしたことで彼女の温もりや優しさを知った。
それによって私は彼女と仲良くしたいと友達になりたいとそう思ったのだ。
ーああ、そうか。やっとわかった。
「マリー様大丈夫ですか?急に顔が険しくなってましたが」
「うん平気だよ。ただ答えがわかっただけ」
「答え…ですか?」
「うん、ルイちゃんが言ってたすべきことの答え」
心の中で合点が言った私の気持ち。
"友達になりたい"この気持ちは嘘じゃない。
だが、私の気持ちはそれだけではない。
今まで私が気づかなかった本当の気持ち。
「私はクラメル様の友達になって彼女を"救いたい"」
それは私がずっと考えていた心のモヤモヤのであり、私がすべきことへの答えであり決意だった。
ー私は彼女のあの優しさを笑顔をもっと見たい。
ーもっと楽しそうにしていてほしい。
ー彼女と楽しみを共有したい。
ー私はクラメルと友達になりたい。
心でそう決意する時、空にもう雷雲はなく、綺麗な夕日が浮かんでいた。
****
"救いたい"という言葉、友達になりたいと自覚したことでわかった心の気持ち。
この気持ちはあの瞳を笑顔の瞳にしたいというところからきている。
ーただ私は知らない。
ー本当の望み、かつて叶えられなかった願いがそこにあるということを。
ここで二章完結です。友達になりたいと気づいたマリーはどうやってクラメルと友達になるのか、そしてメリーとの和解はどうするのか注目です。
(今回はエピローグなしです。)