星空の約束 2
紫色の目は輝きを増している。そのおかげか、周囲がふわりと、明るくなったような気がした。
「死にてえの? なんで?」
星空は答えない。たぶん、なんて答えようか考えてるんだ。
俺の口角は、上がっていた。
「じゃあ、死神が出るまで、俺と一緒にいねえ?」
「……え?」
「死神が出るまで占いを続けるなら一人でも二人でも一緒だろ」
星空の眉間が寄った。考えてることを読ませる前に、声を出す。
「これからは金がとれる相手も占って、じゃんじゃん稼いでいけばいい。俺の顔は元通りになって、また女の子にもてるようになるんだろ? ちょうどいいじゃん」
「勝手なこと言うなよ……」
「広報は俺、占いはおまえ。俺は顔を使って、おまえがその目を使えばいい。女ってのは占い好きなやつが多いから、きっと客はたくさん来るぞ」
「僕は! 誰かと一緒にやるつもりはない! 勝手に話を進めるな!」
星空の声が、夜空と海に反響する。
……うん。わかってる。
きっとこんなことをこいつに提案したのは、俺だけじゃねえんだ。わかる。わかるよ。体が擦り切れるまで利用される苦しみなんて、味わいたくねえよな。
「でもよ、今の調子でやっても死神が出るのはずっと先なんじゃねえの? 客をさばいたほうが確率高いんじゃね? それともなに? 死にたいくせに死ぬのは怖いとか?」
「そんなんじゃない!」
どうせこいつは、俺のことも同じだと思ってんだろ。金稼ぎしたがるがめついやつだって。こいつを飼い殺しにして稼ぐ最低な人間だって。
好きに思えよ。どうせ俺は、こいつの考えてることなんてわかりゃしねえんだ。
「なにを断る理由があるんだ。俺は金がほしい。おまえは死にたい。ウィンウィンだろ。どうせ死神が出れば終わりだ」
「しつこい! きみと一緒にいたいとは思わないし、死神が出るまで一人でいい!」
ゆがんだ星空の顔を、まっすぐ指さす。
「別に、死にたいのを止めたりしねえさ。俺だって金を稼いで、ここぞとばかりに人生楽しめればそれでいい。どうせこのまま一人で生きても、ろくに金を稼ぐことすらできねえからな」
とはいえ、確かに、俺が一緒にいるだけじゃこいつのメリットはなんもないわな。
「いいさ。じゃあこうしようぜ。今後、もし死神のカードが出たら、そんときは俺がお前を殺してやるよ」
紫色の輝く目が、何度もまばたきする。ははっ。動揺してやがる。
「死神のカードが出るまではがっぽり稼いで、出たら俺がお前を殺す! おまえの死体をこの世からきれいさっぱり消してやる!」
「なんてやつ……」
おまえならわかるだろ? 俺の心がわかるおまえならわかるはずだ。今の俺の言葉に、ウソなんか一つもないってこと。
ここまでくりゃ意地だ。なんでもやってやる。どうせ俺は、俺の人生に執着なんかない。このまま生き続けても、女に振り回されて終わりだ。
唯一、他のやつらとは違うこいつの人生を見届けることくらい楽しんでもいいだろうが。
「きみは、わかってない! 僕を殺すことがどういうことなのか。僕を殺せばきみも死ぬぞ!」
静かで暗い歩道の中、俺たちの声はやけに通る。
「人の心勝手に読んどいてわかってねえのはてめえだろ! このまま生臭い不幸を味わうくらいなら、てめえ殺して自分の人生終わらせたほうがマシだ!」
やっとなんだ。俺に惚れることなんか絶対にないし、俺を縛り上げようともしない。俺を蔑むでもなく、俺で傷つくこともないヤツを、やっと見つけたんだ。なにかが、変わるような気がするんだ。
「忘れてねえよな? おまえ、俺の悩みを完全に解決できてねえんだぞ! 中途半端に占っただけで逃げんのか? 報酬はもらってないからって解決せずに逃げるのは無責任なんじゃねえの?」
「それは……そう、だけど」
反論はできまい。俺の言ってることも筋は通ってるはずだからな。
勝手に占っておいて手に負えません、は占い師として通用しねえだろ! 今後の俺の行先を示し続けてくれなきゃ困るんだよ! 被害を最小限に抑えた未来にな!
星空は顔をしかめつつ、ため息をついた。
「わかった。ちょっと、待ってて」
星空はボディバッグから、ケースを取り出した。トランプが入ってるようなプラスチックのやつじゃなくて、タバコケースのような縦長のレザー製。夜空にちりばめられた星が描かれている。
ケースの背中に書かれているのは、占いとかでよく目にする……星。
「五芒星っていうんだよ」
「あ、また勝手に」
「一緒に占いをするなら、覚えていて損はないと思うから」
……それは、オッケーってこと? それならそう言えばいいのに素直じゃねえな~。
「違う。僕がどうこうじゃなくて、カードの結果次第だから」
星空はケースの側面にあるフタをひらく。とたんに、生ぬるい風が巻き上がった。
ケースに入っていたカードたちが一枚ずつ飛び出し、風に乗る。星空が手を出すと、その上で円を描くように回り始めた。
まるで魔法だ。風だけじゃこんな動き絶対にありえない。てか何枚あるんだ、それ全部で。結構多いぞ。
「全部で七十八枚」
「多っ!」
カードは、意思があるかのような動きで、空っぽのケースの中に素早く納まっていく。その途中で、俺の顔になにかが張り付いた。
「ぶっ……また……」
俺がカードを引きはがしたときにはもう、すべてのカードはケースにおさまっていた。
手に取ったカードに視線を落とす。逆向きの、悪魔のカードだ。
「……また悪魔のカードじゃねえか」
「見せて」
となりから、星空がカードをのぞきこむ。
「これは……」
カードを抜き取った。俺と、カードを交互に見つめる。
「なんだよ? 言ってみろ」
「内緒」
「あ? なんでだよ? 報酬がいるから教えねえって?」
「そういうんじゃないけど」
俺を見る星空の目が、細くなった。笑っている。上機嫌だ。
「別に、知る必要はないよ。これから、僕たち、一緒に占いでお金を稼ぐんだから」
心が読めない俺でもわかる。カードの結果は、俺を受け入れるべきだって出たんだ。
「でも悪魔のカードだろ? なんで……?」
星空は笑みを浮かべたまま、カードをケースに入れ、ケースをボディバッグにしまう。