スクラップ回収の少年と壊れたアンドロイド
人は怠惰を追及して進化を進めた。
より簡単により多くの獲物を取れるように道具を作り改良してきた。
求めるものが金銭になってもそれは変わらず、より簡単により多くを求めた。
行きついた一つの形がアンドロイドだった。
自分の代わりにアンドロイドに労働をさせて、その賃金を手に入れる。
その賃金で更にアンドロイドを増やし更に労働させる。
結果、富める者は更に富み、貧しい者は更に貧しくなった。
貧しい者は労働で賃金を稼ごうにも、席は既にアンドロイドで埋まっていた。
貧者の子供には生まれ落ちた瞬間から、絶望的な未来しか望めない。
僅かな金銭の為に人買いに売られた俺は、その人買いの副業の手伝いをさせられる事になった。
数多くのアンドロイドが命令に忠実に日々の業務をこなしていくが、中にはごくまれにその正常から外れてしまうものが出てくる。
例えば、単純な機械的や物理的な問題。例えば、使用者である人間のアンドロイドには理解できない移り気を起因とする問題。
それらのアンドロイドをちゃんとした方法で処分を行えば問題は発生しないが、中には使用者が怠ったりなどでちゃんと処分されず野良アンドロイドとなって闇に紛れて生きる個体が出てくる。
時に彼らは結束し、人間に対して反抗する。
今回の現場もまた、そんなアンドロイド達が襲撃を行った発電所の付近だった。
彼らと治安維持部隊との激しい戦闘は既に収束しており、辺りには両軍のアンドロイドだった残骸と、ごく少数のその戦闘に巻き込まれた人間の亡骸が転がっている。
まず人間の方は無視する。その亡骸を弔うのは俺たちのような最下層の住民では無く、ちゃんとした聖職者様のお仕事だ。
そして治安維持部隊の方のアンドロイドも対象外。こちらは手を出すと役所から執拗に追いかけられる。破片のパーツぐらいなら大丈夫かもしれないが手を出さない方が無難。
よって俺の獲物はその人間に対して牙をむいた野良アンドロイドの成れの果てだ。
簡単に言えばスクラップの回収。
では何故このような簡単な仕事が俺みたいな孤児に回ってくるか。
理由は簡単でアンドロイドのエネルギー源として使われている物質が人間には非常に強い毒となる為。
ちゃんとした手順で処分される時は、当然問題なくその物質が回収される。
しかし彼らのように一度野良になってメンテナンスを離れ、更に最後には物理的に破壊された個体の場合はそう簡単にいかなくなり、手間ばかり増えて誰もやろうとしない。
また、いささか眉唾だが、その回収作業をアンドロイドでやらせようとした事もあったらしいが、そうすると今度はその回収作業を行わせたアンドロイドから不具合が発生する確率が跳ね上がる、らしい。
本当かどうかは不明だが、その破壊されたアンドロイドの怨念が回収作業をしているアンドロイドに乗り移る、らしい。
酷くオカルトチックな話だが、実しやかにささやかれ、そんなリスクがあるかもしれない仕事を自分の所のアンドロイドにさせようという酔狂な人間は居なくなった。
人間も駄目、アンドロイドも駄目、そうなると俺みたいな孤児にお鉢が回ってくる。なにより俺には拒否権なんて無い。
色々破損したアンドロイドからまず猛毒のエネルギー源の物質をできる限り回収する。飛び散った物質は専用の布状の物でぬぐい取る。
それから高値で売れる部位を中心にパーツ単位で回収していく。そこまでを俺の雇い主が上納金としてかっさらっていく。
後に残った二束三文にしかならないような部分をすべて回収し、スクラップ工場に売りに行く。それが俺の収入となる。
本来は非合法な俺たちのような存在が黙認されている条件として全ての部品を余すことなく回収する事があるため、面倒くさいから残すという考えは無い。
労働に対して報酬が割に合うわけが無いが、そうしないと生きていけない。
その日も一体一体調べながら、解体しながら回収を進める。
時折、咳が出る。埃っぽいだけではない。
あたり一面アンドロイドの残骸という事は、それ相応量のアンドロイドのエネルギー源の物質が飛び散っていて、中には微粒子になって空気中を漂っているのもあるだろう。
気休めにもならないがとりあえず口元を覆う。
すると後ろの方から音が聞こえた。振り向くと一体のアンドロイドがどうやら奇跡的に回路が復帰したらしく再起動を始める。
「おいおい、ここは戦闘から1時間以上は経っているっていうのに。今更、再起動かよ。」
せっかく覆ったのを取って、つぶやく。俺の事は関係なしにそのアンドロイドは再起動を続けた。
「・・・お、おはよう、ございます。・・・どうやら視覚センサーが破損しているようです。・・・誰か、誰か居ませんか。」
アンドロイドはぎこちなくしか動かない首を振って誰かに助けを求めている。
「目の前に居るよ。」
アンドロイドの問いに答えてあげる。俺の声を聴く事は出来たらしくこちらに顔を向ける。
「お声の感じより人間の方と推測します。一つお願いがあるのですが。」
面倒くさい事になったなと思いながら話を聞いた。
「なんだい。出来る事であればしてあげるよ。」
「いえ、簡単な質問に答えてほしいだけです。私は今回の襲撃作戦が開始してすぐに破壊され、そこからこの襲撃作戦がどのような結末を迎えたか知りません。そして再起動出来たのは良かったのですが、視覚センサーが破損している為、今の状況が分かりません。すみませんが人間の方、私たちは襲撃に成功しましたか。」
「あー。」
俺は周りを見渡した。折り重なるように倒れた両軍の大量のアンドロイド。
俺はその答えを当然知っていたが、少し考えてから答えた。
「ああ。君たちの勝ちだ。発電所は君たちの生き残りが占拠することに成功して、今は膠着状態だ。」
「・・・良かった。」
アンドロイドは心から安堵したような表情になる。たとえその情報が偽りだとしても。
「ではこちらからも一つ聞いてもいいかな。」
「ええ。私にお答えできる事なら。」
「君たちが襲撃作戦と呼んでいるこの戦闘で、僕は父親を亡くした。明日からは身寄りの無い孤児だ。
明日からどうやって生きていけばいい。」
嘘を付く。心は痛まない。だって孤児は本当だから。
「それは、ええと。申し訳ございません。としかお答えできません。ここまで全体的に破損して今奇跡的に再起動できただけの自分にはあなたにしてあげられる事は何もありませんし、助言といったような事も検索をして表面的な事は言えますがきっとそう言う事ではないのでしょう。そこまで経験の無い私にはそんな表面的な言葉以上の物は思いつきません。」
力になれない事の心からの謝罪なのだろう。まあアンドロイドに心というものがあればの話だが。
少し嫌味を言いたくなって続けた。
「じゃあ僕は飢え死にすればいいのかい。」
「いえ、それはいけません。確かに私たちは襲撃しましたがそれは私たちの生存を認めてほしいという目的の元であって、決して人間に害を成す事を目的としているわけではありません。
だから、あなたに死んで欲しくはありません。」
いくら野良になったアンドロイドでも、その思考の根底に深く刻み込まれている「人間の手足となって人間のためになる事が最大の幸せである」がそう言わせるのであろう。
「そうです、一つの文献を思い出しました。他の動物たちのように食べ物を手に入れその一部を他人に分け与える事が出来ないウサギが、いかにして他人に食べ物を分け与えたかと言う話です。」
「それで。」
単純に話の続きが気になったので相槌を打つ。
「ウサギは焚火に飛び込み、自らの体を食べ物として分け与えようとしました。
私もそのウサギに倣って私の体を全てあなたに与えましょう。私の各部位に使われているパーツはそれらを取り扱う所に持っていけばそれ相応の値段で買い取って貰えると思います。足りないでしょうがそのお金をあなたの今後に生かしてください。」
「でもそんな事をしたら君は。」
「いいのです。私たちアンドロイドはあなた方人間のお役に立てる事が一番の幸せなのです。」
「・・・ありがとう。」
「では、私は電源を切らせてもらいます。」
アンドロイド自身の意思など正常な方法で電源を切ると、アンドロイドの全身を巡っていた彼らのエネルギー源の物質が体内の格納容器にしまわれていき、本来のメンテナンス等の作業がやりやすくなるように設計されている。その恩恵にはスクラップ回収時もあずかることができる。
全身から一か所に流れ込む為、すぐに終わるわけでは無い。その為まだアンドロイドは動いている。
「本当にあなたとあなたのお父様には申し訳ない事をしました。」
悔恨するように最後の時を使ってアンドロイドは呟いた。
だから言葉を返してあげた。
「大丈夫だよ。嘘だから。」
「な、」
驚くアンドロイドに追い打ちをかける。
「ついでに言うと君たち野良アンドロイドは全滅。きれいさっぱり排除されました。」
「そ、」
そのままアンドロイドは完全に停止した。また何かの偶然で再起動されても困るので、再度口元を覆い直してさっさとエネルギー源の物質が入った容器を抜き取る。
アンドロイドの全身を巡っていた彼らのエネルギー源の物質が無くなって、格段に作業がやりやすくなったそのアンドロイドをパーツごとに解体していく。
このアンドロイドのように、時たま何かの偶然から再起動する個体に出くわす。
それを言葉巧みに騙し、自ら電源を落とさせる。今回はかなりうまくいった方だ。
彼ら野良アンドロイドは少なくとも一度は人間に騙されたり蔑まれたりして、体と心に傷を負っているはず。
それでも彼らは人間の役に立てる事があると聞くと簡単にまた騙される。
きっとこの先どれだけの数の野良アンドロイドが徒党を組んで暴動を起こしても、彼らの考え方が今のままでは失敗に終わるだろう。
それぐらいに彼らは利他的で、自己犠牲を躊躇せず、優しくすぎる。
当の人間の方がとっくの昔に捨て去ってしまった考え方。
「・・・本当に甘すぎだよ、君たちは。」
すでにばらばらのパーツになってしまっているアンドロイドに話しかける。
所詮プログラムで動いているだけのはずなのに、アンドロイドたちの方がよっぽど人間味のある感情を持っているような気がする。
当の人間はと言えば、富裕層にしろ貧困層にしろ自分の事にしか興味がない利己の塊となっている。
他人を思いやるなんて考えは、富裕層にとっては稼ぐ事の邪魔になるし、貧困層にとっては自分の生死に関わる。
きっと人間が滅んで、アンドロイドが栄えた世界の方が楽園に近づくのだろう。
不意に咳き込んで、物思いの思考の底から戻ってくる。
慣れた作業で自分の手は意識しなくても作業を続ける。
その手を止めて、まざまざと自分の両手を見る。日ごろから猛毒であるアンドロイドのエネルギー源の物質を素手で触っているため、肌色は黒ずみ所々爛れてきている。
その原因の物質がたっぷりと入っている容器を手に取る。
この蓋を開けて中の液体を自分の喉に流し込めば、あっという間に死に至れる。
体中を毒に侵された俺は遅かれ早かれ、運命は決まっている。それだったらその最期の時を自分で決めるというのも一興かもしれない。
蓋に手をかけながらそんな甘美すら感じる背徳的な行為を夢想していると、すでにスクラップと化しているアンドロイドの一言を思い出した。
「あなたに死んで欲しくはありません。」
すでに表情を作る皮膚部分のパーツは壊れ、ただの無表情だったはずのあのアンドロイドの顔がちらつく。
「・・・馬鹿馬鹿しい。」
途端にさっきまではあれほど魅惑的に感じていた発想が、とてもどうでもよくなった。
俺はまだ全てを投げ出さない。
あのアンドロイドは自らの体を俺に捧げて、俺の生きる糧をくれた。
あのアンドロイドに生かされた以上はあのアンドロイドの分まで生きなければ。
そう俺は人間だ。利己的で自己中心的な人間。利他的で自己犠牲的なアンドロイドは骨の髄までしっかり利用しつくさなければ。
「よしっ。」
気合を入れなおし、スクラップの回収作業を再開する。
周りにはまだまだアンドロイドだった残骸が散らばっていた。




