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それも仕事。プロの流儀

作者: 海山ヒロ

この作品は、ネタの卵です。

「あのな」


 男は青年の問いかけにしばらく黙った後。臓腑の底からしぼりだすようにしてため息をつき、口を開いた。


「俺はプロなんだよ。そいつがどんなにやな奴でも仕事を請け負った以上、当選させる。そうやって結果をだしているからまた次の仕事が入ってくる。それがプロってもんだろ」


 そっからか? そんな初歩からこのおぼっちゃんには説明せにゃならんのか?

 それも俺の仕事かよ……。


 青年と対面するその顔にはそんな内心の愚痴がありありと書いてあったが、少なくとも男にとっては不幸なことに、相手にはまったく伝わっていないようだった。


「お前の家の家業、『政治家』は、国だか地方だかの人間の集団がどうにか死ぬ事なく暮らすために、仕事をするプロだろ。ま、実際はしてねー奴がほとんどだけどな」


 さらに、たっぷり皮肉を含ませたそんな言葉すらこの三世議員のタマゴ様には響いていないように思えて。

 男は今後の仕事の見通しの暗さに、しばし眩暈を覚えた。



「……いいか? いま食ってる弁当は、あのタコおやじがプロのわざでうまく作る。その親父が使うガスや水道は、その道のプロが供給して、何か不足の事態がおこればそいつらがプロの意地にかけて直すんだよ。それがプロ」



 演説は相手に伝わらなければやる意味がありません。相手のレベルにあわせて言葉を選び、流れを演出しましょう。

 先日請け負った隙間仕事。「良く分かる演説の仕方講座」でぶった台詞を自分に言い聞かせながら、男は切り口を変えることにした。

 

 弁当を切り口にしたのは、たまたま。選挙事務所に配達された弁当にしては、美味いなと思っていたからだ。

 あの金にセコそうな事務長が安く買いたたいただろうによ、とも思ったが。



「弁当がまずくなりゃ客が逃げるし、ガスや水道がでなくなりゃ、ソッコー苦情がくるだろう?そんで、何時間も何日も不通になりゃあニュースになって、悪くすりゃ、誰かの首がとぶ。

 プロってなぁ仕事をうまくやって当たり前なんだよ。とくに日本このくにじゃあな。上手くやってるうちは誰も文句をいわねぇし、実際に何やってるか、どうやってるかなんて、知ろうともしねぇ。だから評価もしねぇ」


 それがいまの下り坂をつくっちまった原因のひとつかもな。



「だから政治家だってなぁ。上手くやってりゃ、ちゃんと仕事してりゃあ誰も何も言わねえんだ。

 知る権利だの、オンブズマンだのってやつは、政治家が何もしねえ、もしくはしてねぇようにしか見えねぇから騒ぐんだ。浮気症の旦那の携帯チェックする女房と同じだな」



 俺の言葉はこいつにすこしは伝わっているのだろうか。


 いつもの雇い主たちにするよりはかなり砕けた、ほぼ素に近い口調でそう続けたが、男はまるで手ごたえのない会話に、なにか焦れるような……はっきり言えば苛立ちを感じはじめていた。

 もちろん相手にそれをぶつけるようなヘマはしない。男はプロなのだから。


 だが目の前にすわる青年。選挙期間だけ借りたこの繁華街の一角にある事務所の、一見高そうに見える合皮のソファに座る青年に、「庶民派」で長年売ってきた二世議員の息子にしては明らかに高いとわかるブランド物のスーツを着崩した青年を、どう「攻め」れば良いやらいまのところ見当もつかず。


 どうしたもんかねと漫然と目を泳がせれば、テーブルの端にタバコがひと箱。目の前の青年のモノだろう。

 その隣に無造作に置かれた、スーツと同じく高価そうなライターも拝借して、火をつけた。



「…おっさん……タバコ吸うのかよ」

「吸わねーよ」


 そういいながら男は、口一杯に溜めた煙を思いっきり目の前にすわる青年―――雇い主の息子―――の顔にふきつける。

 

「お前がクソくだらねぇコト説明させやがるからだ。ここに酒はねぇしな」


 この俺のご高説を聞いてでた台詞がそれかよ。

 いっそ笑いたくなってきた男はそう言って、再度タバコを口に含もうとした。が。鼻から少し紫煙ののこる息を吐くと、目の前の弁当箱にギュッと押しつけた。



「……うまくねぇもんだな」

もしきちんと物語として書くことがあれば、下げるかもしれません。

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