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決戦!  作者: ハシモト
5/13

備え矢

 朝夕の寒さが厳しくなる中、廃寺に引かれたゴザの上には、軍議と称して何人かの男たちが集まっていた。左馬介も、鏑矢を放った事で不利になった状況をなんとかしようと、この場へ臨んでいる。


「弾正殿、すぐに攻めるべきだ。今ならまだ油断している」


 左馬介は、烏丸に注がせた酒を飲み続ける弾正に、何度も同じ言葉を投げかけた。しかし弾正は酒に濁った目を向けるだけで、何も反応を示さない。その態度に左馬介は頭に血が昇るのを感じた。


「鍬持ちたちですよ。油断も何も、収穫が終わったら奪いに行くだけです」


 烏丸の台詞に、左馬介の堪忍袋の緒が切れる。左馬介は烏丸の腹を力任せに蹴り飛ばした。烏丸の細見の体が、廃屋の壁際まで吹き飛んで行く。


「左、左馬!」


 弾正の口から驚きの声が漏れる。玄蕃も苦しんで床を転がる烏丸を、ぽかんと口を開けて見ている。


「何も分からぬ餓鬼が利いた口をきくな。分かっているのか? お前が鏑矢など撃って来なければ、何の心配もなかったのだぞ!」


「左馬殿、先ずは落ち着かれよ!」


 玄蕃が、とりなすように左馬介に声をかけた。


「落ち着いてなどいられるか。あの村は四方を沼田に囲まれ、高台で見通しも効く。田に水を張られてしまえば強襲などできぬぞ。今なら田の水は抜いたままだ。不意打ちにして人質を取るもよし、馬で強襲をかけるでもよい」


「鍬持ちたちに、そのような臨機応変が出来るとは思えません。それに物見の報告では、まだ刈り取りも終わっていないとのこと。焦りは禁物ですぞ」


 左馬介は反論してきた玄蕃の顔をジロリと眺めた。その迫力に、玄蕃の顔がみるみる青ざめていく。


「俺はそうは思わん。今年は豊作だろう。多少失われるのは目を瞑って一部を残し、我らを欺いているのやもしれんぞ」


 左馬介の言葉に、弾正と玄蕃は顔を見合わせた。


「左馬、いくらなんでも心配し過ぎだ。刈り取りが終わっても、まだ天日干しがある。田に水など張るものか。そもそも、お主は子供相手に何を本気になっておるのだ?」


 そう告げると、弾正は心配そうに床に伏している烏丸の方を眺めた。どうやら、今すぐ強襲をかけるのは無理らしい。ならば、どんな策があるだろうか?


「火をかけて、矢でしとめる。それしかないな……」


「火をかける!?」


 左馬介のつぶやきに、玄蕃が当惑の声を上げた。


「いくら上方から来たものが腰が引けているとはいえ、煙が上がれば物見ぐらいは寄越します。そんな危険なことは出来ません」


「物見がなんだ。速戦あるのみよ。さっさと攻めて、さっさと戻ればよい。奴らにここまで追いかけてくる度胸はない!」


 左馬介は腐りかけの床を叩いて反論した。しかし、弾正も玄蕃の意見に同意する。


「奪った籾をここに運ぶ段取りもあるのだぞ」


「それとて、落とせればの話だ――」


 左馬介はさらに言葉を続けようとしたが、弾正は手を上げてそれを遮った。


「烏丸が言ったように、相手はたかが鍬持ちだ。明け方に夜討ちを掛ければそれで済む。お主はどこかの手のものと槍を合わせるのと、勘違いしておるのではないか?」


「勘違い?」


 左馬介は自分の耳を疑った。弾正は、毎年戦に駆り出されている村の男たちの方が、よほどに場数を踏んでいるのを忘れたらしい。


「そうよ。勘違いよ。本物の戦は木村某の首を取るまで取っておけ!」


 弾正はそう言い放つと、左馬介へ背中を向けた。


「烏丸、大丈夫か?」


 弾正が烏丸に猫撫で声を掛ける。その後ろ姿に、左馬介はこれ以上は何を言っても無駄なのを悟った。


 * * *


「いかがでしたか?」


 本殿を出た左馬介へ、背後から声が掛かった。


「甚佐か?」


 ぶっきらぼうな左馬介の答えに、声の主が苦笑いをして見せる。


「その様子では、『箸にも棒にもかからない』と言う所でしょうか?」


「あの者たちは、全く戦を分かっておらぬ」


「それはそうです。我らを含め単なる野盗、それも烏合の衆です」


 左馬介は甚左衛門の言葉に頭を振った。弾正たちは誇大妄想の上に、虚勢ばかり。それを達観している甚左衛門の方が、自分よりよほどに大人なのだろう。


「何だ、弾正殿の予言によれば、来年はどこぞの館の主人ではないのか?」


 横からふざけた声が響いた。


「土佐殿は人を斬りすぎて、頭に何か湧いてきたのですね。間違いなく青蝿のウジですよ」


 甚左衛門が土佐へ、呆れた顔をして見せる。


「待つ戦に勝ち戦などないだろう。さっさと言って、さっさと取ってくればいいだけだ。俺たち三人で切りに行った方が手っ取り早くないか?」


「土佐殿はすぐにこれだ。切るのはいいですが、籾をどうやって運ぶんです。俵に詰めるだけでも面倒ですよ」


「そんなのは俺たちが切った後で、弾正殿が玄蕃と一緒にやればいい」


「それに総撫にするには刀も矢も足りません。三人で、行商みたいに担いで行きますか?」


「行商? 俺は襲う方だから似合わんな」


 そう言うと、土佐は甚左衛門に向かって肩をすくめて見せる。


「似合うかどうかの問題ではありません。それに三人だけで事を成したら、弾正殿が嫉妬してはかりごとを掛けて来ますよ」


「刺客か? それは面白い。遠慮なくぶった斬れる。どうした左馬、随分と悩んでいるな」


「土佐、甚佐、俺もそれなりに戦さ場には出てきた。だがな、このように相手を舐めているのを(いさ)めても無駄だったのは、これが初めてではない」


「そう言うものだろう。だから勝者がいて敗者がいる」


 土佐の言葉に、左馬介も頷いた。


「そうだ。そして俺は全てを失ったのだ」


 そう告げる左馬介の目は、いつもの投げやりな態度と違って、真剣そのものに見えた。


 * * *


 チッチッチッ……。


 冬の備えを始めたらしい百舌鳥の高鳴きが聞こえてくる。それは人にとっても同じだった。清兵衛と貞盛の視線の先では、村の者たちが田に残った最後の稲穂を刈り取ろうとしている。


「天日干しは大丈夫ですかな?」


「ここ数日はよく晴れましたので、なんとかなると思います。それよりも、外側を最後まで刈らずに残しておいたおかげで、時間が稼げたのが幸いでした」


 貞盛が横を歩く清兵衛に頷く。


「向こうが欲深で助かりましたな。野伏ではなく野盗であれば対処はし易い」


「おっしゃる通りです」


 二人は村の中へ進むと、少し小高くなっている鎮守の林へと向かった。そこからは村の家々とその先にある田圃がよく見える。


「ここは間違いなく昔は曲輪だったのでしょうな。あの田は曲輪の外堀跡でしょうか?」


 貞盛が村の周りにある田を指さした。


「本当かどうかは分かりませんが、頼朝公の奥州征伐の折には、この地に源九郎義経殿が陣を敷かれたという言い伝えもあります」


「野伏達がこの村を最後にしたのも分かります。田に水を入れてしまえば、攻め難いことこの上ない」


「貞盛殿なら、いかにここを攻めますか?」


 清兵衛の問いかけに、貞盛は顎に手を当てた。


「攻めづらくはありますが、城ではありません。やはり火責めでしょうな。風上から火を放ち、煙で燻す。混乱した相手を狙撃するもよし、正面から強襲するもよしと言ったところでしょうか?」


「流石は貞盛殿、戦上手の見立てです」


 貞盛が清兵衛へ苦笑いを浮かべる。


「清兵衛殿も意地が悪い。野伏のつもりで攻めよと言うのであれば、火はダメですな。派手にやれば、この地に慣れていない領主でも、物見ぐらいは寄越すでしょう。兵糧もないので、じっくり攻めるという手も使えません」


「ならば?」


「朝方、もやに紛れて乱破(攪乱)ですな」


 貞盛の答えに、清兵衛も頷く。その時だ。二人の耳に凛とした声が響いてきた。


「お前達、もっと腰を下ろして体の芯を下げるのだ。それでは当たらぬどころか、己が身に銃身が跳ね返るぞ!」


 木立の間から声のした方を覗くと、外からは見えない村の中心で、朝日が種子島を持つ大人たちに気合を入れているのが見えた。


「必ず当てると言う信念を持つのだ。さすれば、どれほどの敵が来ても恐れることなどない!」


「はい、朝日殿!」


 村の大人たちが朝日に答える。それを聞いた貞盛は、はげた頭をなでつつ困った顔をして見せた。


「あれは目の前にいる者たちが、どれほど多くの戦さ場に立ったことがあるのか、全く分かっておらぬようです。戦の心得などと言うのは、あれが皆から教えてもらうものだろうに……」


 貞盛のつぶやきに、清兵衛は首を横に振った。


「貞盛殿、朝日殿は将でございます。将には将の、足軽には足軽の戦の心得がございます」


「確かにそうではありますが、あれはこれが初陣です」


「ご心配は無用です。村の者たちはすべて、朝日殿に心酔しております。何せ、朝日殿は我らの姫でございます」


 そう告げて目尻を下げる清兵衛に、貞盛は声を上げて笑った。


「男のつもりでいる本人が聞いたら、眼尻を上げて怒りそうですな。それはさておき、清兵衛殿、これ以上引っ張るのは危険ですぞ」


「すぐに田に水を引くことにしましょう」


「夜分の見回りも始めねばなりません。合言葉も必要ですな」


「貞盛殿、掛け言葉であれば既に決まっております」


「はて、何でしょう?」


「『朝日』でございます。それなら我ら一同、絶対に間違えることはございません」


「ならば、受け言葉も決まっております。あれの母の名、『月夜』です」


「なるほど。承知仕りました」


 清兵衛が貞盛に頷く。


「もっと腰を下ろすのだ。腕で持つのではない。肩で、己が全身で受け止めよ!」


 朝日の叱咤激励の声が続いている。二人は顔を見合わせると、小さく含み笑いを漏らした。

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