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決戦!  作者: ハシモト
11/13

鬼神矢

 時が過ぎるほど、風はより強くなっていく。冷たい向かい風に逆らいつつ、左馬介は鬼包丁を手に、搦め手の坂を駆け登っていた。両側を土手に囲まれている上に、枝を尖らせた逆茂木が置かれているが、左馬介にひるんでいる暇などない。その先では土佐守が左馬介を待っている。


 左馬介は行く手をふさぐ逆茂木へ、鬼包丁を振り上げた。並みの太刀なら刃こぼれし、跳ね返されるだろうが、鉈を思わせる幅広の刃が、難なく枝を切り裂いていく。


 枝の隙間に体を入れた左馬介へ、横合いから槍が突き出された。よく見れば、逆茂木は斜めに組まれており、進めば進むほど、槍に囲まれるようになっている。縄張り(築城)を心得た者の仕業だ。


 左馬介は体を捻って切先を交わすと、槍を掴んで力任せに引き寄せた。槍の先へ太刀を叩きこもうとして驚く。槍は三間はあろうかという長さで、太刀ではとても届きそうにない。


 当惑する左馬介へ、新たな槍が繰り出される。しかし槍は左馬介の体を捉えることなく、宙をさまよった。この強風の中、甚左衛門が弓で仕留めてくれたらしい。左馬介は甚左衛門の援護の下、一気に逆茂木を乗り越えると、そこに陣取る年寄りへ鬼包丁を振り下ろした。


 グシャッ!


 白髪頭が二つに裂け、血に染まった脳漿が地面へ飛び散る。左馬介は痙攣する体を蹴り飛ばして前へ進むが、すぐに新たな逆茂木が姿を現した。しかも、左右からは新手の槍も迫ってくる。


「おのれ!」


 左馬介は槍の穂先を払いつつ、左手にいた男の喉笛を切り裂いた。髪も薄くなっている年寄りが、足元に滴り落ちる己の血を眺める。それでも再び槍を突いてきた。左馬介は相手の槍を小脇に抱えて横へ振り飛ばす。鍬持ちの手から槍が離れ、体ごと地に叩き伏せられた。それもつかの間、すぐに別の槍が頭の上から落ちてくる。


 左馬介は手にした槍を頭上で一回転させると、相手にそれを投げつけた。槍は年老いた鍬持ちの胸を貫き、その体を背後の逆茂木へ張り付ける。しかしそれで終わりではなかった。槍はまだまだ左馬介へ向かってくる。それを手にするのはただの年寄りではない。幾度となく戦場へ赴き、戻ってきた(つわもの)たちだ。


 それでも、相手の動きはどこかぎこちなかった。槍を一斉に振り下ろすことなく、それぞれが闇雲についてくるだけ。指図する将がいない。間違いなく、土佐守の乱波が効いている。


『流石は土佐よ……』


 左馬介が口の端を持ち上げた時だ。


 パ――ン!


 種子島の放たれる音が、坂の上から響いてきた。土佐守が誰かとやりあっている。たとえ相手が種子島であろうと、簡単にやられはしないだろうが、所詮は一人。ぐずぐずしている暇などない。


 左馬介は鬼包丁を腰へ戻し、代わりに脇差を口に咥えると、両手両足を使って逆茂木をよじ登り始めた。繰り出される槍に、体のあちらこちらを薄く切られるが、それすらも無視して、ひたすら逆茂木の上を進み続ける。


 バ――ン!


 再び種子島の銃声が耳をつんざく。左馬介は身を伏せつつ、逆茂木の縁近くまで進んだが、槍が邪魔で、それ以上前へ進むことが出来ない。


 左馬介は正面の敵へ脇差を投げつけると、思い切って逆茂木の上へ立ち上がった。腰から鬼包丁を抜いて辺りを見回す。もっと奥にいるのか、土佐守の姿は見えない。その代わりに、数えきれない槍が左馬介へ向けられているのが見えた。


『他のものはどうした?』


 背後を振り返ると、逆茂木の間に不揃いの具足を付けた体が、点々と横たわっている。そのどれもが動こうとはしない。


「超えられたのは俺一人か……」


 左馬介は太刀を持つ手に力を込めた。


『それがどうした!』


 切り込むのは俺と土佐守の二人で十分だ。それに甚左衛門の弓もある。左馬介は逆茂木から飛び降りると、鬼包丁を正眼に構えた。槍を手にした鍬持ちたちが周りを取り囲む。しかし左馬介の迫力に臆したのか、誰も打ちかかろうとはしない。


「浮き足立つでない! 相手は少数ぞ!」


 不意に女子のような甲高い声が響き渡った。陣羽織を身に着けた若侍が、種子島を手に、坂の上から左馬介へ狙いをつけている。その姿に左馬介は首をひねった。


 侍のいでたちをしていると言うことは、若くても相手の将の一人には違いない。その証拠に、腰には白い毛がつけられた采配を差している。それが種子島を手にここに居るという事は……。


『それで土佐を撃ったのか!?』


 血という血が沸騰したごとく、得体の知れない憤怒の炎が体中を駆け巡る。その時だ。


 ヒュン!


 左馬介の耳元を矢が通り過ぎた。矢は若侍の前へ立ちはだかった、中年の従者らしき男の胸へ吸い込まれる。いかに甚左衛門とは言え、種子島相手だと分が悪い。


「おのれら、そこをどけ!」


 鬼包丁の錆びにすべく、左馬介は大音声を上げて鍬持ちたちを威嚇した。しかし先ほどの叱咤のせいか、鍬持ちたちはそれに臆することなく、槍を手に迫ってくる。


 左馬介はその全てを打ち払い、動くもの全てに鬼包丁を振り下ろした。上がる血飛沫が左馬介の体を赤く染め、視界すらも紅に染まる。


 バ――ン!


 耳をつんざく音が再び響く。考えるより早く、左馬介の本能が体を地面に伏せさせた。種子島から上がった煙が風に流れ、矢を受けた従者の体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。しかし種子島がこちらを狙った気配はない。


「甚左衛門!」


 左馬介が慌てて背後を振り返ると、弓を手にした甚左衛門が、空を仰いで倒れていくのが見えた。


 ギリギリギリ!


 奥歯を噛み締める音が、頭の芯まで響いてくる。


 ザ――――!


 同時に、左馬介を囲む男たちと左馬介の間に、滝のような雨が落ちてきた。辺りがあっという間に白い膜に包まれる。


「ひるむでない!」


 その豪雨の中、種子島を投げ捨てた若侍が、太刀を抜いて左馬介の方へと駆け寄ってくる。


「清兵衛殿に代わって、搦手の采配はこの原市之進朝日が執る。皆のもの、我に続け!」


「ハハハハ!」


 左馬介の口から不意に笑い声が上がった。種子島はもう使えない。この雨は土佐が、甚佐が、俺の為に降らせてくれた雨だ。


「うぉおおぉおおおおお!」


 天に向かって吠えつつ、左馬介は手負いの猪のごとく突進した。邪魔する鍬持ちの槍を、足ごと鬼包丁で切り払う。両の足がちぎれ、片膝をついた左馬介の面前に、血の気を失った子供の顔が落ちてくる。


 左馬介はその首へとどめを刺すと、左右に迫ってくる者達の顔を見回した。まるで鬼神が乗り移ったかの様な姿だ。しかし相手も一歩も引こうとはしない。


「全員地獄に送ってやる!」

 

 左馬介は再び槍をかいくぐると、血と脂にまみれた鬼包丁で、行く手をふさぐ者たちを、右へ左へと切り倒した。


 * * *


 豪雨が枯れ葉を叩く音に、林の中はとても騒がしい。烏丸は目に入る雨粒を拭うと、林の先で起きている情景を信じられない思いで見つめた。


 弾正からは、隙を見て三人を射殺せと言われていたが、それを忘れてしまうほどの出来事だ。左馬介を除く搦手に突撃した者たちは、全員が逆茂木の上にその(むくろ)を横たえている。


『一体何が起きたんだ?』


 烏丸は雨に濡れる体を震わせた。鍬持ちどもと言うのは、幼かった自分を父無し子と呼んで蔑んだ、性根の腐った奴らではないのか?


 それ以上に烏丸を驚かせたのは、突撃した他の者が、槍に討たれて倒れて行く中、左馬介一人が敵陣に飛び込み、相手のほとんどを切り伏せてしまった事だ。


 いくら甚左衛門の矢の援護があったとしても、驚くべき力だ。もはや人ではなく鬼としか思えない。その甚左衛門も、敵の種子島に撃たれ、左馬介は一人、逆茂木を超えたところで孤立している。


 雨でその姿はもう見えないが、どんなに強くても、たかが一人だ。すでになぶり殺しになっているだろう。正面だって、どうなっているか分からない。


『これは戦だったんだ……』


 悔しいが、左馬介は正しかった。その事実に烏丸は心の底から震える。しかし烏丸は鏑矢を射った事で、自分自身がこれを戦に変えてしまったことには気づいていない。


 烏丸は林の奥へ隠しておいた馬へ視線を向けた。弾正から何かあったら、これで隠し金を持って隠れろと言われて託されたものだ。隠れるも何も、すぐに山まで戻って、金を奪って逃げるしかない。金さえあれば、後はどうとでもなる。その為に、あの髭面の汗臭い男の言いなりになってきた。


「俺はこんな所で、終わったりはしないぞ!」


 そう心に決めると、烏丸はニヤリと笑う。しかし雨音に交じって、誰かが落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。おそるおそる背後を振り返ると、馬の横に、陣羽織を赤い血に染めた男が立っている。


「あんたは……」


 甚左衛門は指を振りつつ、烏丸を冷たい目で見つめた。


「子供が良からぬ企など、するものではないですよ」


 慌てて逃げようとする烏丸の腹に、甚左衛門のつま先がめり込む。烏丸は胃液を吐きつつ、降り続く豪雨の中を派手に転がった。

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