第6話 松坂の過去3
次に俺達が辿り着いたのは、テレビ局の控室と思われる場所だった。過去の俺の服装から23歳頃だろう。和月、安藤、そしてマネージャーの太田の姿もある。
俺は翔子との失恋後、当時のやりきれない思いを歌詞にし、和月の作ったメロディに上手く当てはめた。その曲をシングルとして発表すると、たちまちの内に大ヒットとなった。その後に発表したシングル、アルバムも順調にヒットを飛ばし、バンドとしては完全に軌道に乗った状態となった。
今回の場面は、おそらく新曲のプロモーション活動の一環である、音楽番組出演だろう。
だが、場の空気はお世辞にも良くない。椅子に踏ん反り返って座っている昔の俺に、和月と安藤は無言で冷ややかな視線を向けている。
「全く、音楽番組なんてダルいし、出たくねえのに」
昔の俺がマネージャーの太田に向かって、不機嫌そうに話しかけた。
「そうは言っても……これも重要なバンド活動の一環だからね」
太田は昔の俺を必死になだめる。
「まだ、出演までに時間があるから、これでも読んだら?」
太田はそう言って、事務所宛に届いた数枚のファンレターを昔の俺に渡そうとした。しかし、それを昔の俺は手で払いのけた。
「ふん、興味ねえよ」
昔の俺はそう言い捨てた。この一連のやり取りによって、和月と安藤の冷たい視線は更に険しさを増したように見えた。
昔の俺もそれを察したのか、立ち上がり、
「ちょっと一服して来るわ」
と言い残し、控室から出て行った。
「…………」
太田は溜息をつきながら、虚空を見つめる。
「太田さん、気にしないで下さい」
そんな太田を、和月は気遣う。
「和月……」
「松坂はさ……売れてから、すっかり人が変わってしまったよ……。昔の奴は、文句を言いながらも俺らの意見にも耳を傾けてくれた。……なのに、今では全く聞く耳を持ってくれない」
和月の表情は寂しげだ。
「ああ、奴は変わってしまった……」
安藤も同じくだ。
そんな二人を、今の俺はただ唇を噛み締めて眺めていた。
「随分、天狗になっていたんじゃな」
「ああ……」
今となっては、忸怩たる思いだ。
「周りの人の意見だけじゃなく、ファンの声さえ無視しおって。まあ折角じゃから、ファンレターの文面を教えてやろうかの」
「そんなことまで分かるのか?」
「当然じゃ。儂は死神じゃからな」
老人は誇らしげに言った。
「じゃあ、お前さんといまだに繋がりがありそうなのにしようかの。何々、『いつも松坂さんの歌声で励まされています。これからも変わらず応援し続けます』とのことじゃ。送り主は実際に今のお前さんのライブにも、頻繁に観に来ておるぞ」
「今でもなのか?」
「そうじゃ。人は時計の針が進むと共に、様々な変化があるのにのう。ファンというのは、本当に有難い存在じゃな。因みに送り主は、お前さんが貞子と呼んどる女性じゃぞ」
「よ、よく、貞子呼びのことまで知っているな。そうか、貞子からか……」
「周りの意見やファンの声に耳を傾けていたら、違う未来があったのかものう」
「そうなのかもな……」
「過去を振り返ることは難儀じゃのう。何しろ、修正したい所が山積みじゃ」
老人はそう言い残し、俺達はまた次の場面に出発した。
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