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後輩はどこへ行く

作者: 玉菜

 大学時代の後輩から突然『暇ですか?』とメッセージが届いた。そのメッセージの通知で目を覚ましたくらい、間違いなく忙しくはないので素直に『暇です』と返信したら、間もなく『近くのコンビニまで出てきてください』と続いた。『なんで?』と続けたメッセージには既読の表示はついたものの、しばらく待ってみても返信はなく、仕方なしに手早く準備をしてコンビニへ向かった。

 後輩はコンビニ前の喫煙所でタバコをふかしていた。特に急ぐでもなく近づいていくとこちらに気が付いたようで、タバコを灰皿で揉み消して頭だけを下げた。そして、喫煙所の前に停めてあった車の助手席のドアを開け

「乗ってください」

と言った。

「どこか行くの?」

「まあ、そうですね」

「遠く?」

「どうですかね」

 はぐらかすような返答に若干の苛つきを覚えながらも、朝食を摂っていないから何か買ってくると告げると後輩はわかりましたと言って助手席のドアを閉めた。私はそれを合図に身を翻してコンビニの中へ向かう。冷蔵棚を見ながらおにぎりかサンドイッチか悩んで、ハムとたまごとツナの三種類が入ったサンドイッチを手にとってレジに向かった。レジ横のホットスナックを横目に会計を済ませる。流石に後輩の車内を揚げ物の匂いで充満させるのは気が引けた。

 後輩の車の助手席側の窓を軽く叩くと手で乗るように促されて遠慮なく乗り込んだ。シートベルトを締めてサンドイッチの包装を開けようと思ったところで飲み物を買っていないことに気が付いて、もう一度コンビニに買いに行こうと思ったら隣からペットボトルのお茶を差し出された。

「ありがとう」

「自分の買ったついでです」

 後輩はこちらを見ずに言って、車を緩やかに発進させた。

 FMラジオだろうか、スピーカーから流れる気取ったDJと聞き慣れない洋楽に耳を傾けながらサンドイッチを口に運ぶ。あっという間に食べ終わって物足りなさを感じ、おにぎりも買っておけばよかったと少し後悔した。

 会話はない。後輩も私もよく喋る方ではないし、話していないと気不味いと感じるタイプでもないので気にならない。この車の行き先は気になるが、聞いたところで先程と同じように欲しい答えは得られないだろう。

 車窓からぼんやりと流れる景色を眺めながら、遠くの山がくっきり見えるなと普段思わないようなことを考えていた。


 軽い衝撃を受けて、自分が微睡んでいたことに気が付いた。ぼやけた景色にじわじわと焦点があうように視界が鮮明になっていく。

「すいません、起こしました?」

「ううん、寝てた、ごめん」

「別にいいですよ、寝てて」

 そう言われて、はいそうですかと素直に寝直すほど無神経ではない。

 車の天井にぶつからないよう軽く伸びをして、改めて車窓の景色を見る。大きな川を渡っていた。水面が空の色を写しキラキラと輝いている。正面には山、直進しているのであれば先程遠くに見えていたものだろう。

「もしかして、あの山に行くの?」

 起き抜けで大して考えもせずに訊ねてみたが、暫しの沈黙の後、結果的に、となんとも言えない回答を得た。素直な回答に、おやと思いつつ後輩の方を見る。

「最初から特に目的地とか考えてなくて、先輩に聞かれたときもなんにも考えてなかったんではぐらかしただけだったんですけど……」

 ばつが悪そうに言う後輩は、特に目的もなく呼び出したことを申し訳なく思っているのだろう。突然呼び出されてあてのないドライブをするような関係ではないが、この程度で不愉快に思うのであればそもそも用件も答えずに呼び出された段階で応じてはいない。毎週末同じような誘いがあれば流石に思うところもあるが、たまに誘われるのならこういうドライブはいい気分転換だ。

 カーナビの表示時刻はそろそろ昼時を示していた。胃が思い出したようにキュウと縮むような感覚で空腹を訴えた。音が出なかったのが幸いだった。

「お腹減りません?」

「何か食べたいものとかあります?」

「特には」

「そうですか、じゃあ適当に目についたとこ入ります」

 川を渡りきると長閑な田園と民家、高い建物はほとんどなく広々とした景色、断わりを入れてから窓を開けると吹き込んでくる風から緑の匂いがする気がした。

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