これで、おあいこ
「私、あなたのことを許すことはできませんわ、カイルクラン様」
でもお国の為に婚約破棄も解消も致しません。
妃としての義務は果たしますが、私のことはけして妻とはお思いにならないでくださいね。
婚約者から言われた言葉は、ある意味別れを告げられるより残酷だった。
僕、王太子カイルクランは、異世界よりの何者かに憑依されていたらしい。
らしいというのは、僕には一切その間の記憶は無く、この数カ月間は意識など保っていなかったからだ。
夜寝て朝起きたら、数か月経っていた感覚と言おうか。
僕の憑依者はそれこそ狼藉の限りを尽くしたらしい。
悪役令嬢だなお前!などと意味不明な言葉で婚約者のセレスティアを恐ろしく罵り、ちょっと艶っぽい容姿をした女性を侍らかせ、諫める者に暴力を振るい、ハーレム作るぞなどとのたまうて、最終的には魔術師と神官によって命懸けで追い払われた。
確かにそれは辛かったろう。
僕の顔を見たくなくなっても仕方が無い。
だから君が婚約を解消したいなら受け入れた。
……でも君は、僕のことを最初からなんとも思っていなかったよね?
セレスティアと初めて逢ったとき、彼女は妙に醒めた目をしていた。
まだ6,7歳だったのに。
「私、愛とか恋とか信じませんの」
この世界は所詮仮初め。
感情に左右されるものではない、と。
どうしてそんなことを言うのだろう。
僕達は政略結婚だけど、仲が良いことに越したことはないのに。
そうはっきりと言葉にして思えるようになった頃は、彼女は醒めているにも程があって、僕への態度は本当に義務感のみという感じだった。
僕は君と親しくなりたいのに。
きっかけはどうあれ、お互いのことを知り合いたいのに。
なんでそんなに僕を決めつけるの?
僕が君以外の女性にうつつを抜かし、それだけでは飽き足らず、君を貶め、婚約破棄をたたきつけるだなんて。
君は予言者なの、極度の心配性なの。
……僕が憑依されるのを知っていた?
なら何故教えてくれなかったの。
そうすれば、予防策もあったかも知れない。
貶められた女性も出なかった、君もここまで頑なに為らずに済んだだろうに。
彼女は身持ちが元々良くなかったのかもしれない、でも王太子を誘惑した姦婦扱いされるようなことなどしていない。
先に手を出したのは憑依されていても僕だった。
僕に見切りを付けたいのなら、もっと早くに言ってくれれば良かったのに。
そうしたら、僕だって違う生き方があったのに。
「少々経緯は違いましたが、概ねゲームのルート通りでしたわ、でも、何故か私は婚約者のままですのね」
君を追放しろと?
君以外の女性と婚約して、君が罪を犯したように扱えと?
身分ある女性がそれよりは身分の低い女性をいびったとして、表立って罪になど為らないよ。
しかも君は王太子の婚約者だ。
勿論色々な手段で懲らしめることは出来るけど、王族がわざわざ人前で断罪なんてあり得ない。
公の場で殺しでもすれば別だけど。
君はあの女性の一族の族滅が出来れば良いのにと言っていたね、余りに苛烈だ。
王妃になるべく人として弁えてるんじゃなかったかい?
僕への嫉妬って訳じゃない、単に気に食わないから処罰したいだなんて。
勿論、個人の意識は別だよ、どう思おうと自由だ、でも君は余りに。
……君は何がしたかったの?
王妃になりたかった訳でもないんだろう?
「あ、あの、わたし、ええっ?!……どうしよお……」
だから、今の君を見ていて僕は本当に嬉しいんだ。
冷徹な公爵令嬢のセレスティアじゃない、すべてに戸惑い、僕のことを貶んだ目でも醒めた目でも見ない、只の少女。
物凄く戸惑っていて、感情を素直に見せてくれている。
きっと異世界よりの平凡な娘が憑依しているんだろうね、でも僕は、彼女が悪意で人を傷付けることをしない限り何もしないよ。
可哀想じゃないか、いきなり他人の体に放り込まれるなんて。
……セレスティア、君は本当に賢くて素晴らしい令嬢だった。
賢すぎるくらいだった。
でも君は、なにもしなさすぎたしやり過ぎた。
僕だって傷付くし、君のことを好きになりたかった、セレスティア、政略結婚ってそこまで忌むべきことなのかい?
君は高位の貴族で、僕は王族、無法図に恋なんてすべきではないだろう?
どんな立場や状況で出会おうと、その後の関係は二人で築いていくものじゃないかな。
だからね、僕は、今のセレスティアに恋をしようと決めた。
本当の君は今眠っているのかな?
僕に言ったよね、憑依されていようが、その姿で言ったことは覆せないって。
一度傷付いた心はどうしようもないと。
だから僕は彼女を心から愛するし、僕を心から愛して貰おうと思う。
たとえ憑依されていても、一度でも僕を愛したなら、そういうことだろう?
先にそう言いだしたのは、セレスティア、君なんだから。
これで、おあいこだろう?