97 襲撃者
潮浬とのお茶を終えて、立ち上がりかけた瞬間。カフェの入り口から大きな風船が破裂したような、『バン!』という音が響いてくる。
「きゃあっ!」
――次の瞬間。派手な音と共に天井の照明が割れ、店員の女の人が悲鳴を上げてカウンターの影にしゃがみこむ。
同時に乱暴な足音を立てて、覆面をした大柄な男が三人。手に拳銃を持ってなだれ込んできた。
「全員動くな!」
リーダー格らしい男が、ちょっと外国語なまりのある声で叫ぶ。
とっさの事に俺が固まっている間に、男たちはぐるりと店内を見回し。俺達の姿を認めると、こちらに近付いてくる。
――なんだろう? 強盗? テロリスト? 人気アイドルの潮浬を狙った誘拐犯? ……もしかして千聡が言う所の、敵対する魔族勢力の襲撃だろうか?
いや、今は相手の目的よりも、どう対応するかだ。
とりあえず下手な抵抗はやめて様子を……
「……よくも」
動揺する俺の耳に。小さいけど驚くほどに冷たい、氷の槍のような声が響いてくる。
とっさに声の方を見ると、そこには少しうつむき加減な潮浬がいて。小声でなにかをつぶやいていた。
それを見た瞬間。俺は拳銃を持った大男三人よりも、小柄な女の子である潮浬一人により強い恐怖を。
背中に氷の柱でも入れられたかのような、震え上がるほどの寒気を感じた。
『ガン!』
俺が声を出せずにいる間に。潮浬は立ち上がりがてら、テーブルをグーで思い切り叩く。
分厚くて硬そうな木の板でできた天板が、一撃でビスケットのように割れ砕け。潮浬は天板の破片がついたテーブルの脚一本を掴むと、ゆらりと男達へ向かう。
「ちょ、潮浬!?」
俺が声を発するよりもわずかに早く。潮浬は自分に拳銃を向ける男達三人に向かって、テーブルの脚を振りかざす……。
潮浬は槍が得意だと聞いているが、テーブルの脚は多少の長さはあるものの、形としては棍棒に近い。
重くて取り回しも悪そうに見えたが、次の瞬間に響いたのは銃声ではなく。鈍い打撃音と、男達のくぐもったうめき声だった。
なんかこんな光景。前にも見た気がするな……。
瞬きするような一瞬の時間で。俺の目に映る光景は拳銃を持った大男三人から、床に転がって気を失っている男二人に。
そして意識はあるものの、同じく床に転がって潮浬にテーブルの脚を突きつけられている男一人へと変わっていた。
潮浬は一人だけ意識のあるリーダー格の男に向かって……いや、むしろ独り言のように。うわ言のように言葉を発する。
「どうして……どうして今日なのですか……。わたしが今日のこの日をどれだけ楽しみにしていたと……。何日も前から綿密に計画を立てて、昨日だけで7回もお風呂に入って体中きれいにして。昨夜は興奮して一睡もできなかったというのに……」
呪詛のように重く、低い声。
見ると、潮浬の顔には怒りと共に涙が浮かんでいた。
一方男の方は、状況に理解が追いついていないのだろう。覆面からのぞく目を白黒させて、呆然と潮浬を見上げている。
そしてゆっくりと、潮浬が持つテーブルの脚が振り上げられる……。
「――ちょ、待った。潮浬ストップ!」
とっさにそう叫んで、俺は後ろから潮浬に抱きついた。
以前にもやった、荒ぶる潮浬を鎮める儀式である。
……潮浬を抱きしめてしばらくすると、振り上げられた手がゆっくりと下ろされ。体から力が抜けていくのが感じられる。
この隙に男が反撃してこないか。逃げたりしないか警戒するが、すっかり腰が抜けてしまっているようで、立ち上がる事さえできないようだった。
「えっと……警察? それとも千聡に連絡? どっちだと思う?」
腕の中の潮浬に訊ねてみると。さっきまでとは一転して柔らかい声が返ってくる。
「魔族ではないようなので警察を……と言いたい所ですが、雇われた可能性もありますし。なにより取調べとか面倒なので、千聡に対応させましょう」
潮浬はそう言いながら。テーブルの脚を離すとスマホを手にする。
「あ、もしもし千聡。陛下といる所を三人組に襲撃された。陛下は無事。犯人は捕らえてあるから後の処理をお願い。場所は……ああそう。じゃあそこの四階にあるカフェね。わたしは陛下を安全な場所に案内するから。うん、それじゃあね」
「……千聡なんだって?」
「たまたま近くにいるので、一分以内に来るそうです。今日使った車はあの子のですから、位置情報を見てついて来ていたのでしょうね」
それはたまたまなのだろうか?
俺の疑問をよそに、潮浬は男のみぞおちに踵をめり込ませて失神させ。カウンターの陰から恐る恐るこちらをのぞいている女の人に声をかける。
「ごめんね、撮影なの。リアルな反応が欲しいらしくて伝えてなかったけど、詳細や追加のギャラは今から来る人に訊いて」
そう言って千聡に丸投げすると、俺の手を取って歩き出す。
「では陛下。千聡が来る前にこの場を離れましょう。ホテルの予約が取ってありますので、とりあえずそこへ」
……潮浬に手を引かれて歩きながら、俺は疑問の言葉を口にする。
「ねぇ、今日は晩御飯までに帰る予定じゃなかったっけ?」
「はい。晩御飯までに帰る予定ですよ」
「じゃあなんでホテルの予約をとってあるの?」
「夜眠るだけがホテルの使い道ではありませんから」
「…………」
このままついて行っていいのかどうか戸惑っていると、不意に遠くから聞き覚えのある声が響いてくる。
「閣下ー! 先ぱーい!」
やっぱり身の危険を感じて足を止めようとしていた瞬間。その声に、潮浬が先に足を止めた。
「しまった、リーゼちゃんも来てたか……」
潮浬がそうつぶやく間に、廊下の向こう。結構な距離から、リーゼが水平に近い角度で飛んでくる。
「陛下、こちらに」
『――――ゴン!』「……閣下、先輩。大丈夫ですか!?」
「いや、むしろリーゼの方こそ大丈夫?」
潮浬が俺の腰に手を回して体を引き寄せたので。俺に向かって飛んできていたリーゼミサイルは、頭から豪快に床に突っ込んだ。
わりとすごい音がしたが、リーゼはダメージを受けた様子もなく。すぐに起き上がって俺と潮浬を気遣ってくれる。
「……リーゼちゃん、千聡は?」
「師匠は襲撃者への対応に向かうそうです! 自分は閣下の護衛につくようにと言われて、こっちに来ました!」
「そう。じゃあわたし達はホテルの部屋で一休みするから、リーゼちゃんは扉の前で敵襲を警戒してくれる?」
「了解しました、お任せください!」
……潮浬はどうやら、この状況でもまだ目的をあきらめていないらしい。相変わらずメンタル強いな。
「潮浬、ここは一旦千聡と合流しようよ。なんか今そういう事する雰囲気でもないしさ」
「『そういう事』とは、どんな事でしょうか?」
「え? いや、その……なんかいやらしい事……とか?」
「わかりました。では絶対にいやらしい事はしないと約束しますので、挿入だけさせてください」
…………俺と潮浬は、日本語の理解が違ったりするのだろうか? いや待てよ。なにをどこにかは分からないけど、物を差し挟むだけという可能性も……あるか?
冷静に考えてないような気がしたので。なにやら縋りつく表情の潮浬に心は痛んだが、気を強く持って遠慮させてもらい。千聡と合流する事にする。
潮浬は悲しそうに俺を見ながら、握った手を離そうとせず。リーゼはよく分かっていないのか、俺と潮浬を交互に見比べていたが。しばらくして潮浬は視線を落とし、『……わかりました』と言ってくれた。
俺は心が痛むのを感じながら、でもこれで良かったのだと言い聞かせつつ。千聡と合流する為にさっきのカフェへと戻るのだった……。
現時点での世界統一進行度……0.25%
・日本の魔族勢力を全て配下に
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を正式に配下に
・天川さんを仲間に
千聡の主人公に対する忠誠度……100%→




