96 互いの距離と向く方向
千聡の俺に対する好感度を下げるために、千聡と距離を置いて放置するという非情な手段を取るべきかどうか。俺は頭を悩ませる。
……魔王との再会が叶い。再びその下で働ける事をすごく喜んでいた千聡の表情は、今でも瞼の裏に浮かんでくる。
それを否定するなんて心が抉られるほど、幸せそうな笑顔だった。
……と言うかそもそも、この件はどのくらいの期間でどくらいの効果が見込めるのだろうか?
一週間くらいで大きな効果が見込めるのなら、長い目で見ればアリかもしれないけど……。
「ねぇ潮浬、例えばだけど千聡を放置したら。離れて住んで連絡も無視し続けたら、一週間でどのくらい好感度下がると思う?」
「その問いにわたしが出せる答えは『下がらない』ですね。離れている間上がりにくくはなるでしょうが、上がらないのと下がるのとは別ですから」
「でも、潮浬は耐えられないんでしょ? それって好感度が下がるって事じゃないの? それとも時間が足りない?」
「わたしの『耐えられない』は、最悪陛下の意思を無視して襲ってしまうかもしれないという意味での『耐えられない』であって。陛下への好感度が下がったりはしませんよ」
「ああそういう……って事は千聡も、遠ざけても戻ってくるって事?」
「いえ、あの子はわたしと360度違うので、陛下の命令にそむくような事は絶対にしないでしょう」
「……360度違ったら同じじゃないの?」
「そうですね。わたしと千聡は陛下の事がなにより大切だという、最重要の一点で同じ方向を向いています。その点では同じですが、内情はわたしがわたしのために陛下を大切に思っているのに対して、千聡は魔王様のために魔王様を大切に思っているのです。それが一周回るくらいに大きく違う点ですね」
「それは具体的にどう違うの?」
「普段はなにも違いません。特殊な状況下において違いが出る程度でしょう。…………例えば想定したくもない事ですが、陛下が自ら死を望まれ。『俺を殺せ』と命じられた時などにです……」
潮浬はちょっと苦しそうな表情を浮かべながら、言葉を続ける。
「もし陛下に『俺を殺せ』と命じられたら、わたしは絶対そんな命令には従いません。いざとなったら陛下の身を拘束してでも、陛下の命をお守りします。他のなにより、陛下の事が大切だからです……。
ですが千聡は、それが魔王様の本意であると確認できたなら。一度くらいは再考を促すでしょうが、それでもお気持ちを変えられなかった時には、血の涙を流しながらでも命令を遂行するでしょう。他のなにより、魔王様の事が大切だからです」
「…………」
「わたしと千聡が『360度違う』と言った意味がお分かりでしょうか? たとえ向いている方向が同じであっても、拠って立つ所が同じであっても。もっと深い所で根本的な違いがあるのです」
「う、うん……」
「ですから千聡はわたしと違ってそれが魔王様の命令であれば、魔王様と会えない日々にも耐え続けるでしょう。会えない時間胸を焦がし、その分呼び戻された時の喜びが激増して一層の忠誠を誓うという、魔王様の意図に反する事はやるでしょうが」
……なんだかすごく得心がいく話だ。
「ちなみに潮浬が知る限りで、遠ざけて放置する以上に千聡が嫌がりそうな事ってなにかある?」
「嘘偽りなく申し上げますが、なにも思い浮かびません。わたしはそれなりに長く生きていますから世の暗部にも詳しいつもりですが、どんな肉体的苦痛や精神的辱めを与えたとしても、それが魔王様からのものであれば放置される以上に絶望する事などないでしょうね。……『魔王様から与えられる事で』という前提を取り払えば、『魔王様を傷つけられる事』でしょうけど」
「それって、俺が自傷行為に走ればいいって事?」
「……『千聡が嫌がる行為』という意味ではその通りですが……一応言っておきますと、それであの子の忠誠心や好感度が下がる事はありませんよ。わたしも悲しいので、思い留まっていただけますと幸いです」
ああそうか。あやうく目的と手段が入れ替わる所だった。
俺は千聡からの好感度を下げたいのであって、千聡に嫌がらせがしたい訳ではない。
「う~ん、悩ましいね……」
そう言って考え込むと、しばらくして不意に。潮浬がなんか怖い顔をしているのに気がついた……もしかして怒ってる?
「潮浬、やっぱり千聡の話ばっかりするのは嫌だった?」
「いえ、そんな事はありません。わたしが不愉快に感じているのは、千聡に対してです。あの馬鹿二言目には『魔王様のために』と言うくせに、陛下をこんなに悩み苦しませて気付きもしないなんて……」
――なんか帰宅次第千聡に食って掛かりそうな気配を感じて、慌ててフォローに入る。
「潮浬、俺なら大丈夫だからね? 気を使ってくれるのは嬉しいけど、千聡を問い詰めたりしなくていいからね」
「……腕の二・三本くらいへし折ってやろうかと思いましたが、陛下がそうおっしゃるならやめておきましょう」
「う、うん……」
なにやら問い詰めるどころの騒ぎではなかったらしい。
て言うか腕って二本しかないと思うんだけど、二・三本へし折るって一体……『腕の骨二・三本』だろうか?
そんな怖い考えが頭をよぎったので、慌てて話を元に戻す。
「ねぇ潮浬。俺と千聡が対等の恋人同士になれる方法って、本当になにもないのかな?」
「残念ですが…………そうだ、対等は無理ですが少しは近い所として、『同じ目標を目指す仲間』はどうでしょう? それなら少しは可能性があるかも知れません」
「それは今とどう違うの? 今も一緒に世界征服目指してるんじゃなかったっけ?」
「今の千聡は『魔王様に絶対服従の臣下』であり、『魔王様の目標をお手伝いしている』という認識でいます。それを『同じ目標に向かう仲間』に変え、目標を共有する存在にする事ができれば、多少なりとも距離が近くなるはずです。
仲間内で色恋沙汰に発展するのは珍しい事ではありませんし。目標は適当に、世界征服でも人類殲滅でも選定しましょう」
いやそこは適当じゃダメな気がするし、参考例が物騒すぎる……まぁ、世界征服は現在進行中らしいけどさ。
とはいえ、仲間という響きは悪くない。
少なくとも主従よりは、圧倒的に対等に近いだろう。
「それいいかもしれないね。具体的にどうすればいいと思う?」
「それは…………申し訳ありません陛下。自分で言っておいてなんですが、誘導するのは無理な気がしてきました。あの子絶対『魔王様の目標が私の目標です』って言いそうです」
うん、それは言いそうだ。
思わず納得している間に、潮浬は言葉を続ける。
「あの子は視野が広いようでいて、実際はわたしと同じく魔王様の事しか見ていませんし、そうできるのがなにより幸福な事だと思っているはずです。ですから陛下と並んで同じ方向を向かせるのは、やはり無理な気がします……」
……潮浬はとても否定的だが、せっかく見えた光明なのに簡単に諦めるのはもったいない。
「ダメ元でいいから当たってみるよ。潮浬、アドバイスありがとう」
「お役に立てば良いのですが……」
ものすごく自信なさそうに、弱々しい声で言う潮浬。だが失敗しても失う物はなにもないのだし、やれるだけやってみて損はない。
新たな希望にちょっとテンションが上がりつつ。潮浬が『ではそろそろ場所を変えましょうか』と言ったので、俺はカップに残った冷めたカフェオレを一気に喉へと流し込む。
そして立ち上がりかけた瞬間――潮浬の目が急に鋭くなったのを見たかと思うと、店の入り口から大きな音が聞こえてきた……。
現時点での世界統一進行度……0.25%
・日本の魔族勢力を全て配下に
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を正式に配下に
・天川さんを仲間に
千聡の主人公に対する忠誠度……100%→




