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91 散髪のお礼

「ねぇ潮浬。髪を切ってもらったお礼をと思うんだけど、なにか希望とかある?」


 夕食後のなごやかな時間。その言葉を発した瞬間、俺は潮浬の目の色が変わるのを見た。


「――本来ならわたしの方が陛下の髪を切らせていただいたのですし、切った髪を半分いただいたのでそれで十分過ぎるほどですが。わたしは欲望に忠実でチャンスは逃さない派閥はばつなので、お言葉に甘えさせていただきます。陛下の子供を産ませてください」


 なにその派閥……そして潮浬は本当にブレないよね。


「ええと、さすがにそれは重たいから。もうちょっとお手柔らかにお願いできると嬉しいかな……」


 俺の言葉に潮浬は視線を伏せ。深く考え込む様子を見せる。


 ……次第に表情が苦しそうに歪んでいき、くちびるがギュッと噛み締められ、両手が硬く握られる――。


 なにやら尋常じんじょうではない雰囲気だが、一体なにを想定しているのだろう?


「……わかりました。陛下がそこまでお嫌なら、最初の一回だけは。一回目だけは人工授精で我慢いたします」


 ……ホントになにを想定してたんだろうね? そして何がわかったんだろうか?


「ちょっと待って、別に嫌って訳じゃないんだよ。ただ、俺の気持ちの整理がついてないんだよ。ほら、潮浬の寿命の事とかいろいろ聞いちゃったからさ……だから、その件はもう少し考える時間をちょうだい」


「――お待ちすれば、いずれ陛下の子を産ませていただけるのでしょうか!?」


「それは……わからないかな。考えた末にやっぱり無理って事もあるかもしれない」


「可能性はあるという事ですよね?」


「それはまぁ、そうだね」


「わかりました。ではそれにすがって、その気になっていただく努力を続けながら可能な限り待つ事にいたします!」


 ……可能な限り……か。


「うん、そうしてくれるとありがたいかな。……それで、もうちょっと軽い事でなんかお礼のリクエストある?」


「軽い事ですか……『先っちょだけでいいので入れさせてください』とか?」


「……それ、ノリが軽くなっただけでやる事自体は変わってないよね?」


「本当に先っちょを入れただけで終わる可能性も、全くゼロではないのではないかなと思わないでもないです」


 うん。それってつまり終わらないって事だよね……。


「とりあえず、一旦子供を作る行為から離れよう。それ以外でなにかない?」


「それ以外ですか…………でしたら、陛下が浸かったお風呂の残り湯が欲しいです」


 おおう……たしかに軽くなりはしたけど、まだちょっとハードルが高い。と言うか、そんなもの貰ってどうする気だ?


「も、もうちょっと軽くならないかな?」


「陛下に抱きついて、胸に顔をうずめて深呼吸がしたいです」


「う~ん……もう一声」


「では、関節キスがしたいです」


 ……うん、多分この辺が妥協点だろう。


「わかった、じゃあそれで」


「ありがとうございます陛下! では早速」


 潮浬は嬉しそうにそう言うと。おもむろに片膝かたひざを床に着くポーズをとり。俺の手を取って指に口付けをする……。



「――ななな、なにしてるの潮浬!?」


「なにって、関節キスですよ? 今のは手指関節しゅしかんせつ、そして次は顎関節がくかんせつ……」


 そう言いながら潮浬はあっという間に顔を近付けてきて、耳の下辺りに冷やりとした柔らかいものが触れる。


「次は股関節こかんせつに……」


「ちょ、潮浬まっ……『待ちなさい潮浬!』


 潮浬の顔が俺の足の付け根に迫り。それを静止しようとした瞬間、千聡の鋭い声が響く。


「なによ、これからがいい所なのに邪魔しないでくれる?」


「なにがいい所ですか、早く魔王様から離れなさい!」


「ちゃんと陛下にお許しをいただいたのよ。あなたにどうこう言われる筋合いじゃないんだけど?」


「それは見ていました。ですが、三度は欲張り過ぎでしょう!」


 ……どうやら、俺がだまされたという発想には至らないらしい。

 魔王の威厳に関わるからだろうか?


 そして潮浬も、『三度は欲張り』という指摘に反論できないのか、グッと黙り込んでしまう。



 ……昼間は潮浬の勝ちで終わった二人の舌戦ぜっせんだが、今回は千聡に分があるらしい。


 しばらくすると潮浬は、千聡に向かって思いっきり不満そうな声で『わかったわよ……』と言い。俺にはオモチャを取り上げられた子犬みたいに悲しそうな視線を向けて、名残なごり惜しそうに離れてくれた。


 なんか、ちょっと心が痛む……。


「陛下。もし続きやその先をご希望になる事があれば、いつでも構いませんのでお呼び立て下さいませ。深夜だろうが仕事中だろうが、最速で飛んで参りますから」


「う、うん……」


 深夜はともかく、仕事中はまずいんじゃないだろうか?


 まぁ深夜は深夜で、違う方向にまずい事になりそうな気がしないでもないけどさ……。



 そんな事を考えながら、俺は改めて潮浬を見る。


 とてもかわいい、世界的人気アイドルでもある女の子。


 そして魔族でもあり。俺との間で子を成して子孫を繋ぐ事を、前世を含めて数百年来の宿願だと言う女の子。


 ……だが本人はまだ中学二年生で。しかも種族の性質として、子供を産むとその時点で寿命が。千聡によると残り十数年で確定してしまうらしい。


 俺が好きなのは千聡だという問題を別にしても、とても背負いきれない重たい案件である。


 俺の記憶には全くないが。千聡達が言う元の世界の魔王様も、同じ問題で頭を悩ませていたのだろうか?


 俺は一体、どう対応するのが正解なのだろうか?


 ……そもそも魔王の魂的なものって、本当に俺の中に入っているのだろうか?



 疑問ばかりが次々と湧き上がってくるが、答えは一つも出す事ができず。俺は心の中でため息をついて、同じ思考のループをくり返すのだった……。




 現時点での世界統一進行度……0.25%

・日本の魔族勢力を全て配下に

・魔族の小勢力三つ

・イリスルビーレ公爵を正式に配下に

・天川さんを仲間に


 千聡の主人公に対する忠誠度……100%→

※ 潮浬の寿命については15話をご参照下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字報告するのが趣味みたいになってるんですが関節キスを見て誤字だってうきうきで報告しようとしたら誤字じゃなかった
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