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89 魔族の頑丈さ

「ふふ、陛下。本日はどのようになさいますか?」


 俺の髪を切ってくれる事になった潮浬の、とても楽しそうな声が背後から聞こえてくる。


 ……これはこれで、微妙な恐怖を感じるのは気のせいだろうか?


「とりあえず今のままで、暑いから長さだけ短く切って」


「了解しました」


 その返事と共に、後頭部辺りから『シャキシャキ』と軽快な音が聞こえてくる。わりと迷いのない動きだ。


 潮浬はアイドルだから、ファッションとかにも詳しそうだ……けど、それと髪を切るのが上手いかはイコールではない気がする。


若干の不安はあるが、まぁいざとなれば丸坊主でもいい。


 そんな事を考えていると、となりから『バチン バチン……』と、針金の束を切断するような音が聞こえてきはじめた。


 視線を向けると千聡がリーゼの髪を切っていて、とてもあの細く柔らかい髪から発せられているとは思えない音が響く。


 音と同時にリーゼの髪がフワリと宙を舞うので、間違いなくリーゼの髪を切っている音なのだが、なんか違和感が半端はんぱない。


 リーゼ本人は懐いている千聡に髪を切ってもらっているからか、すごくゴキゲンで嬉しそうだが。千聡の視線は俺の方をチラチラと……と言うかむしろ、7:3くらいの割合でこちらに向いている。


 手元大丈夫なのだろうか? リーゼは俺と違って、失敗したから丸坊主にとはいかないだろうに……。



 そんな不安をいだきながら見ていたが、作業自体はとても順調に進んでいる。


 切れ味が悪くなったのかハサミを金やすりで磨き、もうしばらくするとハサミを交換して、ハンマーと一緒にリーゼに渡される。


 するとリーゼは椅子いすに座ったまま。自分のひざを台代わりにして、ハンマーを高く振り上げた……。


「キーン!」


 想像していたよりも澄んだ、高く大きな音が響く。


 リーゼは上体を全くブレさせる事なく。髪を切ってもらうのと平行しながら、何度もハンマーを振り下ろす。


 針金を切るような音に加えて、ハンマーの音。もう完全に工場の様相ようそうで、髪を切っている現場だとは思えない。


 それにしても……。


「……ねぇ潮浬。リーゼのあれって危なくないの?」


「普通は危ないですね。狙いを外したら思いっきりひざを叩きますし、そもそも台にしている時点でひざにダメージが入ります。リーゼちゃんは頑丈がんじょうなので平気ですが、普通の人間ならひざが砕けてしまうでしょうね」


「……もう一つ疑問なんだけど、ああいうのって熱くしてから叩かないと効果ないんじゃないの?」


「さぁ? 千聡、どうなの?」


 潮浬はハサミを動かし続けながら、千聡に話を振る。


「加熱するのは金属を柔らかくして加工しやすくするためですから、十分な圧力を。この場合は打撃を加える事ができれば、冷たいままでも問題ありません」


「だそうです、陛下」


「なるほど……」


 改めて見てみると、なるほど結構な威力で叩いている。狙いを外したらひざが大変な事になりそうだ……。


「ねぇ潮浬。せめてひざに鉄板かなんか乗せて、その上でやった方がよくないかな?」


「武器を振るのはリーゼちゃんの得意分野ですから、大丈夫だと思いますよ」


「……リーゼ、ホントに大丈夫?」


「はい! 動かない目標なんて外しようがないですよ! 自分、細身の剣なら手をグーにしている相手の中指だけでも切り飛ばせますから!」


 リーゼは嬉しそうなドヤ顔だが、こんな物騒な自慢話初めて聞いた……。



「陛下。こんな感じでいかがですか?」


 不安を完全に消せずに見守っていると。潮浬がハサミを置いて、大きな鏡を持って来てくれる。


(……誰これ?)


 思わずそんな言葉が口を突いて出そうになったくらい。鏡には見知らぬ人物が映っていた。


 なんか髪型を格好よくセットした。良く言えばオシャレ、悪く言えばちょっと痛い少年である。


 人間、髪型一つでこんなに印象変わるんだね……。


「ええと……」


「潮浬、魔王様は『今のまま短く』とおっしゃったでしょう。なにを勝手に変更しているのですか!」


「ちょっと試してみただけじゃない。お気に召さなかったら普通に短くするわよ」


「最初からご希望通りにしなさい、魔王様のお時間を無駄にするのではありません!」


「こっちの方が魅力的かなって、ちょっと可能性を探ってみただけじゃないの」


「貴女、魔王様の魅力が髪型程度でどうこうなるほど軽薄けいはくだとでも言うつもりですか!」


「――そんな訳ないでしょうが! わたしの魔王陛下に失礼な事言うと、いくらあなたでも許さないわよ!」



 ……お、なんかよく分からないままに始まった口論だが、妙な所で意見が一致して止まったようだ。


 結局髪型は当初の希望通りにしてくれる事になったようで、しばらくすると俺の髪はきれいに整えられ。襟足えりあしってもらった。


 千聡が危ないと言っていた首に剃刀かみそりを当てる案件だが、なんだかんだで潮浬の事は信用しているようだ。


 鏡を持った潮浬が前に立ち、いい笑顔を浮かべながら言葉を発する。


「陛下、これでよろしいでしょうか?」


「うん、ありがとう。おかげでさっぱりしたよ」


「それはなによりです。では、シャンプーをいたしましょうか」


「え?」


 たしかに散髪とシャンプーはワンセットみたいな所があるけど、この部屋にそんな設備はない。


 と言うか部屋に帰ればお風呂があるんだから、それでいいのではないだろうか?


 そんな疑問をいだいている間に。潮浬は手早く俺の体を包んでいた大きな布を外すと、手を取って二階へ繋がる階段へ向かう。


「――待ちなさい潮浬、どこへ行く気ですか!」


 そして案の定、千聡からストップがかかる。


 これはどうやら、もう一波乱ありそうだ。



 髪を切ってもらうのって、こんなに大事おおごとだったかな……。




 現時点での世界統一進行度……0.25%

・日本の魔族勢力を全て配下に

・魔族の小勢力三つ

・イリスルビーレ公爵を正式に配下に

・天川さんを仲間に


 千聡の主人公に対する忠誠度……100%→

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