74 力比べ
巨漢筋肉だるまな厳つい赤鬼さんから手合わせを求められ。どうしようかと思っていると、リーゼが声を上げる。
「いきなり閣下となんて贅沢な、まずは自分を倒してからだ!」
そう言って前に出るが、俺と戦うのって贅沢なのか?
そんな疑問をよそに。リーゼは赤鬼さんの前に出ると、いつも持っているギターケースを足元に置き。スーツの上着を脱いでその上に重ねて、肩を回しながら会場の中央へと歩いていく。
ザザッと波が引くように人混みが割れ。あっという間に広いスペースが空いて、そこでリーゼと赤鬼さんが向かい合った……なんかすっごく手馴れてるな。魔族の集会ではよくある事なのだろうか?
リーゼは俺より身長が高くて170センチちょっとあり。女の人としては大きい方だけど、それでも2メートル50はある赤鬼さんと比べると、トラックと乗用車ほども違って見える。
体格差を見るととても勝てそうにないが、となりを通る時に千聡が『手加減するのですよ』と声をかけ。リーゼが『はい!』と元気よく返事をしていたので、千聡からすると心配なのは赤鬼さんの方らしい。
千聡達が特別な事に関してはかなり慣れてきたつもりだが、それでも不安を拭いきれないままで見ていると。ぐるりと周囲を囲んだ魔族さん達の歓声の中、赤鬼さんが腕を大きく振りかぶって、強烈な一撃を放つ――。
魔族の力比べと言うのはそういうものなのか。ルールも勝利条件も決めないし、審判もいなければ開始の合図もない。
ただお互いの呼吸によって戦いがはじまり。大振りのパンチは幸いリーゼを捉える事はなかったようだが、わりと離れている俺の所まで。ブワッと風が届いて前髪が揺れる……嘘でしょ?
「魔王様」
千聡が、慌てたように俺の所へやってきた。
うんそうだよね、あれはマズイ。全速力の大型トラックくらいの威力があったのではないだろうか? まともに食らったら死ぬかもしれない。
とりあえず一旦止めないとだよね――。
そう思って『待て!』の声を発しようとしたが。俺の前に来た千聡はお膳にフワリとハンカチを被せると、軽く一礼して横に控えるように正座をする。
……どうやら止めに来たのではなく。風圧で舞い上がった土ボコリから俺のお膳を守りに来ただけらしい。
そんな場合じゃない気がしつつも、千聡の落ち着いた様子に少し冷静さを取り戻して視線を上げると。ちょうど赤鬼さんの体が宙に浮く所だった。
…………え?
俺が見ている前で。赤鬼さんの巨体は『く』の字に折れて空に舞い上がり。きれいな放物線を描いて数秒飛翔した後、ずっと向こうの池に落ちて盛大に水しぶきを上げる。
「よし、命中!」
リーゼの嬉しそうな声が響くが、これは見事池に放り込めたという意味だろうか? それって命中なのか?
そんな事が頭をよぎるが、あまりに衝撃的な光景にさっきまで賑やかだった会場は一転シンとしてしまい。誰一人声を発する事もない。
玉藻さんでさえ、口を半開きにして呆然としている。
「……千聡、赤鬼さん大丈夫かな?」
「見た所ちゃんと加減をして。打撃ではなく掌を当ててから放り投げるようにして飛ばしていましたから、体へのダメージは大きくないと思います。……ご心配でしたら確認してまいりましょうか?」
「うん、お願い」
「承知いたしました」
千聡はそう言って頭を下げると。潮浬に『魔王様の護衛を頼みますよ』と言い残し、まだ凍りついている会場を池に向かって駆けていく。
沈黙を破って、リーゼの『他にも挑戦者がいたら相手になりますよ!』という声が響くが、誰一人として手を上げる人はいない。
力自慢っぽい大柄な妖怪さんの中には、目を逸らすようにちょっと下を向いている人までいる。
……しばらくして千聡が戻ってきて。『気を失っていましたが、水から引き上げて応急処置を施してきました。落下の衝撃だけで怪我自体はかすり傷程度です』と報告してくれる。
その間に新たな挑戦者が現れなかったリーゼも帰ってきて元のフォーメーションに戻るが、場の空気の方は元通りとはいかず。かなりのドン引きモードであり、みんな目に恐怖の色を浮かべてこちらを見ている。
とてもではないが、お祝いの宴席という空気ではない。
「……千聡、なんとかならないかな?」
そう相談すると、今度は潮浬が。千聡の返事よりも早く言葉を発する。
「わたしが空気を変えましょう。お任せください」
そう言ったかと思うと、ちょっと前に出て大きく息を吸い込んだ……。
――潮浬の歌声は地下空間という特殊な場所だからか、壁や天井に反響して重厚に。荘厳にさえ聴こえた。
それまで会場に満ちていた恐怖や動揺、怯えなどが洗い流されるように消えていき。全員が潮浬の歌声に聴き惚れ、聴き入ってしまう。
演奏も演出もなく。ただ歌声だけの即席コンサートだが、胸に染み込んでくるような心地のいい歌声だ……。
……潮浬が一曲歌い終わる頃には場の空気は嘘のように柔らかくなっていて、多くの人が穏やかな表情を浮かべていた。
本気ですごいな。集団催眠や洗脳でもここまでの効果はないと思う。
潮浬は拍手の湧く客席ではなく。振り返って俺に一礼すると、元の位置へと戻っていく。本当に、一瞬で場の空気を変えてしまった……。
潮浬のミニコンサートの後。宴会は再び盛り上がりを取り戻し、笑い声も混じってあちこちで会話に花が咲いている様子だが、かなりの頻度でこちらに視線が向けられてもいる。
それは圧倒的な力を見せたリーゼと、歌姫の実力を遺憾なく発揮した潮浬への強い注目であり。同時にその二人を従えて後ろに立たせている、俺への注目でもある。
……正直居心地悪い事この上ないが、千聡のお願いでもあるし。潮浬もリーゼもそれを望んでいる気がするので、精一杯魔王を演じ続ける。
会場では一部、こちらをチラチラ見ながら声を落として密談みたいな事をしている人達もいるが、千聡に取り入るのを諦めて潮浬かリーゼでも狙っているのだろうか?
序列は『魔王>玉藻さん≧千聡』である事を見せたが。潮浬とリーゼがどこに入るのか悩んでいるのだろう。ぶっちゃけ俺もよく知らないしね。
だが、気にしているようなのに接触してこないのは、多分リーゼが怖いからだろう。潮浬のミニコンサートで空気が和んだとはいえ、あの力はあまりに圧倒的だった。
魔族の世界の法律や警察がどうなっているかは知らないが、人間世界よりは暴力に寛容なイメージがある。
それだけに下手に接触するのは危険だし、恐ろしいのだろう。
……結局その後はなにもなく平和に時間が過ぎ。倒れるまで夜通し飲んで騒ぐらしいガチ勢を別にして、公式の宴席は終了となった。
なんとか最後まで魔王としての体裁を保てた事に安堵しつつ、俺達は帰路につく。
地上の駐車場に停まっていた大きなトラックを見て、(もしかして搬入したのは物品じゃなくて海坊主さんだったのでは……)と思ったりしながら、俺はすっかり暗くなった山道を車に揺られるのだった……。
現時点での世界統一進行度……0.24%
・日本の魔族勢力を全て配下に
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を正式に配下に
千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト『潮浬やリーゼに先を越されてあまり魔王様のお役に立つ事ができなかった。もっと精進しないと……』忠誠度上昇




