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70 平和な一日

 秋田県の田沢湖から帰ってきて数日。


 俺の中では千聡達が本当に魔族だという認識が確定的になった訳だが、だからと言って日常が特に変わる訳ではない。


 俺の記憶が戻った訳ではないので、魔王として世界征服に乗り出すみたいな展開にはならないし。千聡達は元々俺を魔王として扱っていたので、その扱いが変わる訳でもない。


 結局の所、おおむね前と同じ日常が続いているのだ。



 そんなある日。リーゼと一緒にスーパーに買い物に行った帰り道で、突然リーゼが緊張に満ちた声を発する。


「――閣下、近くに勇者の気配がします」


 いつもは声が大きいリーゼなのに、ささやくように精一杯抑えた鋭い声。


 いつでも刀を抜けるように身構えつつ、左前方の建物に全力で警戒を向けている。

 緊張感全開の臨戦態勢だ。


 ……でも、リーゼが警戒を向けている建物は近所の酒屋さん。有紗さん行きつけのお店なので、俺の感想は『そりゃいるだろうな』だ。


 リーゼをなだめて歩みを進め。通りがかりにのぞいて見ると、正面からは有紗さんの姿を確認できなかったが、角を曲がって横から見てみると、建物の裏にゴソゴソと動く人影があった。


(まさか……)


 嫌な予感がした俺は、立ち止まってその人影を観察する……建物の裏にしゃがみ込んで袋からカンやビンを取り出しては、ガシャンガシャンと音を立てて別の袋に移しているその姿は、どう見ても有紗さん本人だ。


「――有紗さん、何してるんですか?」


 俺はついに、見る日が来なければいいなと思っていたものを見てしまった気がして、恐る恐る声をかける。


「お、和人君。奇遇きぐうだねぇ」


 俺の声に反応して振り返り。立ち上がった有紗さんは、ゴキゲンな笑顔を浮かべてこちらにやってくる。


 リーゼが身を低くして厳戒態勢に入ったのは置いておいて。有紗さんの右手には火ばさみ。左手にはゴミ袋が握られている。


 これはもう完全に俺が恐れていた光景……この店の商品に貼られている商品券と交換できるシール欲しさに、ゴミを漁っている光景だ。


「有紗さん、いくらお酒を飲みたいからってそこまでしなくても……」


 俺は涙が出そうになるのをこらえながら、言葉を発する。

 大学のミスコンで優勝した事もある人のこんな姿、見たら幻滅する人が何人いるだろう?


 ……だが俺の感情とは裏腹に、有紗さんは極めてゴキゲンな様子で言葉を発する。


「え、このくらいみんなやってるでしょ?」


「そんな事はないと思いますが……」


「えー、せっかくの夏休みなんだし。こういうのは稼げる時に稼いどかないとだよ」


「そりゃそうかもしれないですけど…………ん?」


 俺が不意に違和感を覚えたのは、有紗さんがエプロンをしている事だった。


 ショックの大きさで気付かなかったが、よく見ると胸元には名札もつけている……。


「……有紗さん、もしかしてここでバイトしてるんですか?」


「そうだよ。なんだと思ったの?」


「……いえ、なんでもありません。大変ですね、どんな感じですか?」


 さすがにゴミを漁っていると思ったとは言えるはずもなく。愛想笑いを浮かべて全力で誤魔化しにかかる。


「そうだねぇ、力仕事が多いけどそこは得意分野だし。お酒に囲まれて仕事できるのは楽しいよ。天職かもしれないね」


 そういえば千聡が、有紗さんは勇者の生まれ変わりなので普通の人間よりも身体能力が高いと言っていた気がする。


「商品に手をつけたりはしてないですよね?」


「和人君はあたしをなんだと思ってるの? そんな事しないよ……売れ残って賞味期限が迫ったおつまみを貰ったり、店員割引でお酒を買ったりはしてるけどさ」


 なるほど、話を聞くと確かに有紗さんにピッタリな職場かもしれない。

 お店側も払ったバイト代の大半が還流かんりゅうされてくるだろうから、相性バツグンだ。


「それは失礼しました。じゃあお仕事の邪魔しても悪いので、もう行きますね」


 失礼な誤解をしてしまって気まずいのと、横からリーゼの無言の圧力を感じたりもするので、話を切り上げて帰ろうとする。が、有紗さんは敷地の柵から身を乗り出して言葉を発する。


「和人君、その袋の中身は今日の晩御飯かな?」


「はい。二日分なので今日だけじゃないですけど」


「ちなみにメニューは?」


「ええと、鶏肉とりにくが安かったのでタルタルソースたっぷりのチキン南蛮なんばんと、蒸し胸肉のサラダポン酢がけですかね」


 俺の言葉に、有紗さんの目がキラリと光る。


「なるほど……お姉さんは今日閉店までシフト入ってるから帰り遅くなるけど。一人前うちの冷蔵庫に入れといてくれるとすっごい嬉しいかな」


「え、でも……」


「いいじゃない、お願いします……この前北海道のお土産あげたでしょ!」


 なにやら必死にすがりついてくる。


 そして以前のおすそ分けの件を持ち出してくる辺り、この勇者様(多分)は人間が小さいな。あれはあれで結構返したと思うんだけど……て言うか、問題はそこじゃない。


「いや、嫌な訳じゃなくて。どうやって有紗さんの部屋に入って冷蔵庫開けるんですか?」


「え、そんなのあの……名前なんだっけ? 魔王の参謀だったって子がアパートの大家なんだから、合鍵くらい持ってるでしょ?」


 おおう、千聡はあんなに意識していたのに。有紗さんは名前も覚えてないとか……千聡には黙っておこう。


「そりゃ持ってるかも知れませんけど、有紗さんはそれでいいんですか?」


「なにが?」


「いや、俺達が勝手に……ではないですけど、留守中の部屋に入るんですよ」


「別にいいよ。と言うかあの子、どのみち侵入して隠しカメラとか盗聴器とか設置してるでしょ?」


 ……それは本当にやろうとしていただけに否定し辛いが、それを承知で平然と住んでる有紗さんって、実はとんでもない大物なのだろうか? ……いや、多分単に大雑把の極みなだけだな。


「それはダメって言ったので、やってないはずですよ」


「あれ、そうなの? まぁどっちでもいいや、あたしの関心はタルタルソースたっぷりチキン南蛮と胸肉サラダにしかない!」


 それはそれでどうかと思うが、作り手としてはここまで求められるのは悪い気はしない。


「わかりました、じゃあ有紗さんの分も作って冷蔵庫に入れておきますね」


「やった! 和人君大好きだよ!」


 恥ずかしいので、そんな事大声で言わないでほしい。潮浬辺りに聞かれたら事件になる予感がする。


 ともかく話はまとまったので。さっきからリーゼが事あるごとにピクンと反応して神経をすり減らしていそうだし、買った物の鮮度も心配なので早足で家に戻る事にする。



 その晩の有紗さんの部屋侵入ミッションは、千聡の他に潮浬とリーゼ、シバまでついてくるフルメンバーで行われたが、とりあえず何事もなく任務を完遂かんすいする事ができた。


 と言うか有紗さん、冷蔵庫に缶ビールと缶チューハイしか入ってないのはさすがにどうかと思うんですけど……。




 現時点での世界統一進行度……0.24%

・日本の魔族勢力を全て配下に

・魔族の小勢力三つ

・イリスルビーレ公爵を正式に配下に


 千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト『敵の根城たる勇者の部屋に侵入しても、少しも動揺した所がない。さすが魔王様は貫禄が違う……』忠誠度上昇

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