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6 妄想と現実と

 千聡が来るという知らせに、俺は玄関の扉を開く。


「いらっしゃ……あれ?」


 当然扉の向こうには千聡の美しい姿があると思っていたのに、俺の目に映ったのは見慣れたアパートの前庭。車を停める人もいない駐車場の光景だった。


「おはようございます魔王様。今日もこうしてお足元にひざまずく栄誉を与えられた事、心より嬉しく思います」


 一瞬イタズラかと思ったが。声が下から聞こえたので視線を落とすと、そこには昨日と同じく。地にひれ伏す黒髪美少女の姿があった。……これ、もしかして毎日やるのだろうか?


 昨日は玄関の靴を脱ぐ所で土下座をされて。部屋に上がってもらう前に服や髪についたほこりを払うのに一苦労したが、今日はちゃんと対策を取って、土下座用の敷物が用意されている。

 努力の方向性が全力で間違っている気がして仕方がない。


 ……とりあえず昨日同様立ち上がってもらい、部屋に招き入れたが。今日は素直に従ってくれたし埃を払う時間もなかったので、10秒で済んだ。

 ある意味進化していると言えなくもない。


 昨日寝る前に立てた『名前で呼んでもらう』という目標。『会うたびに土下座されないようにする』とかに下方修正するべきだろうか?


 そんな事が頭の中を巡るが。そういえば、他にも大きな問題があったのだ。

 俺は気持ちを切り替えて言葉を発する。


「千聡、もしかして隣に引っ越してきた?」


「はい。これから先は可能な限りおそばにあってお仕えいたしますので、いつでもなんでもお命じ下さいませ」


「お、おう……」


 ものすごくあっさり認めた。……そりゃまぁ、隠しようがない案件ではあるけどさ。


「つきましては魔王様。御身おんみのご安全のために多少建物に手を入れたいと思うのですが、お許し頂けますでしょうか?」


 お、なんかまた妙な事を言いはじめたぞ……。


「俺は別にいいけど、それは俺じゃなくて大家さんに訊くべき話じゃないかな?」


「その点はご心配には及びません。この物件は私が買い取りましたので」


「……は?」


「昨日こちらを辞した後、物件の所有者と話をした所。入居者が少なく収益が上がっていないとの事でしたので、相場より少し高めの値段を提示してその場で現金を積んだら、即座に売約をいただけました」


 ……これは、どうなんだろう?


 たしかにこのアパートは101~204号室まで8部屋あるうち、俺の101号室と二階の204号室しか埋まっていないし。前庭に四台分ある駐車スペースも、使われているのを見た事がない。


 たしかに収益は上がっていなさそうだが、買ったって……。


「ええと……ホントにこのアパート買ったの?」


「はい。よろしければ書類を確認なさいますか?」


 千聡はそう言って、持って来ていたカバンから数枚の紙を取り出してテーブルに並べる。


 売買契約書なんて初めて見るので本物かどうかわからないが。いかにも本物っぽい雰囲気の紙に、千聡と大家さんの名前が書かれてハンコが押されていた。


 ……今までの魔王がどうのという話は『妄想力たくましいな』で済ませられたけど、これはどうやら現実の話である。


 妄想少女に行動力と資金力が加わるとこんなにも恐ろしい事になるのかと、俺は内心動揺を禁じ得なかった。


「ち、千聡の家って、もしかしてすっごいお金持ちだったりするの? ていうか、よく親が許してくれたね」


「家につきましては、歴史のある旧家の類ではありましたが、経済的にはあまり上手くいっていないようでしたね。私が産まれた頃には財産もほとんど失って、プライドだけが残っている面倒臭い家でした。親の許しにつきましては、私は親から独立して行動の自由を得ておりますので、報告してもおりません」


「え……じゃあこのアパートを買うお金とかは?」


「それは私が自費で出しました。いつか再び魔王様にお仕えする日を夢見て経済力を養って参りましたが、それを役立てる機会を得られ。こんなに嬉しい事はございません……」


 そう言う千聡の声はちょっと涙声で、感動に震えているように見える。俺もちょっと震えてきた。


「……千聡、もしかして親と仲が悪かったりするの?」


 ひょっとしたら、家庭環境の問題が千聡を妄想ストーカー少女への道に駆り立てたのだろうか? そう思って訊いてみるが、千聡は表情を変える事もなく返事を返す。


「利害が一致したという意味においては、むしろ良好だと言えると思います」


「利害って?」


「私が経済基盤を提供して家の財政状況を改善する代わりに、行動の自由を得ました。家の跡継ぎは兄がおりましたし、両親も祖父母も私の存在より家が昔の栄光を取り戻す事に関心があったようで。私が作った資産の所有権を、実際には一部でしたが全てを譲るように見せかけた所、こころよく私を手放してくれました。おかげでこうして、魔王様にお仕えする事だけを考えて生きていく事ができております」


「……千聡、高校一年生だよね?」


「この世界ではそうですね。ですが元は200年以上を生き、参謀として知略を持って魔王様にお仕えしていた身です。その知識と経験を持ってすれば、この世界でもある程度の資産を築く事はさして難しくありませんでした」


 ……いよいよもって、千聡の事がわからなくなってきた。


 話だけを聞くと、親に捨てられたかわいそうな子が妄想癖に取り付かれてしまった事案のようにも思えるが。このアパートを買い取ったのが本当だとすると、千聡の言っている事は事実なのかもしれない。


 とりあえず、全てを『妄想少女の設定話』で片付けられなくなったのは確かである。


 どこまでが事実で、どこからが妄想なのか。境界を量りかねて悩んでいると、不意にテーブルに置かれた千聡のスマホが小さく点滅する。


「申し訳ありません、少し失礼いたします」


 そう言ってスマホをちょんちょんと操作する千聡。そしてすぐに俺の方に向き直ると、言葉を発した。


「昨日お話した、魔王様の側近二人が到着したようです。こちらに呼んでもよろしいでしょうか?」


「あ、うん。いいよ」


 そういえばそんな話もあったな。どうやら脳内仲間ではなかったらしい。


 疑ってしまったのを心の中で反省していると、千聡はスマホをいじって返信をし。出迎えに行くのだろう、『しばらくお待ちくださいませ』と言って立ち上がる。



『バキン!』


 ――なにか硬い物が壊れる音が部屋に響いたのは、千聡が立ち上がったのとほとんど同時だった……。

新年あけましておめでとうございます。


本年が皆様にとって良い一年になる事をお祈り申し上げると共に、当作をお読み頂いた事に感謝申し上げます。

本年もよろしくお願い申し上げます。



※前話の誤字報告を下さった方、ありがとうございます。こっそり直しておきました。

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