5 ストーカー
俺が運命の出会いをした日。一目惚れをした相手である千聡は、世界征服のためのプランを色々と語ってくれた。
俺にはさっぱり理解できない話だったが。嬉しそうに話す千聡がかわいかったので相槌を打ちながらうんうんと聞いていたが、どうやらこの世界には人類の歴史よりも以前から、転生や転移してきた魔族達が多数いるらしい。
古い時代の魔族は各地の伝承で神や悪魔、幻獣として語り継がれていたり。転生者は偉大な王や預言者、英雄だったりもするのだそうだ。
近代以降は人類文明の発達によって魔族の優位性が失われ。対立を避けるために地下に潜ったり人間の中に溶け込んだりして存在が希薄となり、一部の権力者以外には知られない存在となったが。それでもたまに目撃されては、妖怪だ未確認生物だと話題になったりもするらしい。
ちなみに俺と千聡、仲間の二人も人間として産まれた転生組らしいが。元の姿は、俺がドラゴンの力を宿した竜人族。千聡がこの世界で言うエルフみたいな種族で、仲間のディオネさんは人型に変身できる双尾の人魚。ガラティアさんはナーガをイメージすると近いのだそうだ。
合間合間に縋るような目をして『ご記憶にありませんか?』と確認されたが、残念ながら全く覚えがない。そもそもナーガってどんなだっけ?
ちなみに世界征服の方法は、俺が『なるべく穏便にね』と言ったおかげで、世界を裏から支配する方向に決まったらしい。
魔族は今でもその存在を知る一部の人間にはそれなりに影響力があるし、人間に混じって勢力や地位を築いている例もあるそうで。まずはそちらを掌握し、その影響力を使って、人間も含めた世界全体を征服するのだそうだ。
なんと言うか、犯罪にならない範囲で頑張って欲しいと思う……。
そんな話を延々と聞いているうちに、気が付いたら外が夕焼けで赤く染まる時間になっていた。
「ねぇ千聡。そろそろ外暗くなってきてるけど、時間大丈夫?」
「――あ、申し訳ございません。魔王様のご迷惑も考えずに、つい話し込んでしまいました。……名残惜しくはありますが、こうして魔王様との再会が叶ったからには、やらなければいけない事が山のようにあります。今は一旦御前を失礼したく思いますが、明日またお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「うん、それは構わないけど……送っていこうか? 今夜はどこに泊まるの?」
「いえ、魔王様にそんな事をしていただくのは恐れ多いです。それよりも、こちらは私の連絡先になりますので、何かありましたらいつ何時でもお呼びだてくださいませ」
千聡はそう言って名刺を取り出し、両手で丁寧にテーブルに置く。
高校生なのに名刺だ。
手に取って見てみたら、『魔王アドラスティア配下 参謀:アーネット』と書いてあった。どこで使うんだこの名刺……。
まぁ、とりあえず電話番号とメールアドレスが分かればそれでいいのだろう。
俺の方も連絡先を教えて、その場は一旦解散となった。
その後の俺は、生まれて初めての恋をした興奮と。その相手と親しくなれた喜びとで、一日中夢見心地で浮かれて過ごし。千聡と仲を深めていく妄想などをしながら、『まずは名前で呼んでもらう所からかな……』などと当面の目標を立てたりしつつ。幸せのうちに眠りについたのだった……。
……翌朝。目覚めた俺が最初にしたのは、昨日の事が夢じゃないかの確認だった。
スマホのアドレス帳を開いてみると、そこにはしっかり『早川千聡』の文字が表示されていて、思わず顔がにやけてしまう。
そのまま電話をかけて声を聞きたい衝動に駆られたが、さすがに出会って翌日の朝一から電話をするのは躊躇われたので。グッとこらえて朝食を食べる事にする。
たしか今日も来てくれると言っていたので、それまで我慢だ。
トーストを二枚と牛乳。それに丸のままのトマトが一個という、包丁を使わない簡易朝食を用意してテーブルに並べ。食べながらテレビをつけると、『人気アイドルの若槻潮浬、アメリカツアーを緊急中断。健康問題か』みたいなニュースをやっていた。
特に興味がなかったのでチャンネルを変えたが。どこも同じ話題だったので、結局その話を観ながら朝食を食べる。
俺は芸能関係に詳しくないのでピンと来なかったが。なんか街頭インタビューを受けながら泣いている人とかいた。
歌っている映像も流れたが、最近多いイメージの踊りながら歌うタイプではなく。衣装も落ち着いた感じで、歌声一本で勝負するタイプらしい。
……とりあえず朝食を終えた俺は、今日の予定について考える。
千聡が『明日またお伺いする』と言っていたから、それに備えて部屋を掃除し。よく考えたら昨日はお茶も出さなかったので、飲み物とお菓子を買いに行く事にする。
そんな訳で、涼しいうちに買い物に行こうと部屋を出たのだが。一歩踏み出した所で足が止まった。
見慣れたいつもの風景なのだが。今日は隣の部屋、102号室の前に箱詰めされた荷物が山と積まれていたのだ。
この時期に。しかもこんなボロアパートに引っ越してくるなんて、奇特な人もいるものだと興味を引かれて、視線を隣室へと向ける。
102号室の扉には新しいネームプレートが取り付けられていたので、俺はそれを読むべく、数歩足を進めた。
『早川千聡』
手書きの綺麗な字でそう書かれたネームプレートを前に。俺の時間はしばし停止するのであった……。
緊急事態が発生した事により買い出しは中止となり。再起動した俺は今、自室のベッドの上に座って考え込んでいる。
『早川千聡』。そうそうある名前だとも思えない。
どう考えても、昨日の妄想少女が妄想ストーカー少女にクラスチェンジしたと考えるのが妥当だろう。
だがそれにしても。出会って一晩で隣にお引越しとか、行動力ありすぎじゃないだろうか?
一目惚れした相手と隣同士に住めるというのは嬉しくもあるが、現状7:3くらいでドン引きである。
そんな事を考えながらちょっと脅えていると、不意にスマホが音をたて。メールの着信を知らせてきた。
開いてみると、差出人は『早川千聡』。内容は『おはようございます魔王様。今からお伺いしてもよろしいでしょうか?』だった。
一瞬躊躇したが、それでも俺の中では千聡に会いたいという感情が圧倒的勝利を収めたので、了解の返事をしてしばし。
インターホンが鳴らされたので、俺は玄関へと向かう。
そういえば、結局お茶とお菓子は用意できなかったな……。




