45 昔の記憶(リーゼ)
※ リーゼ視点での話になります(前話途中まで時間戻ります)
「師匠、自分に行かせてください!」
視線の先にいるのは、体は小さいけど強い気配をまとった魔獣。閣下と師匠が対応を話し合っている所に、勇気を出して割って入る。
「……なにか勝算があるのですか?」
「策はありますけど、勝てるかどうかはやってみないとわかりません!」
「その策というのは?」
「正面からぶつかって、どっちが強いか教えてやります!」
「……それが失敗した場合の次善の対応は?」
「戦う前から負けた時の事なんて考えてません!」
「バカですか貴女は?」
「ええと……賢くはないと思います!」
「…………」
あ、まずい。師匠怒ってる顔だ……。
「いいじゃない千聡、やらせてあげようよ」
「閣下……」
ダメかなと思っていると、閣下の優しい声が聞こえてくる。
閣下はいつだって自分に優しくしてくれる。そう、初めて会ったあの日からずっと……。
「魔王様のご意向であれば、私ごときがどうこう言う事はありません……リーゼ、一番防御が弱い場所は、前足の付け根の間であるはずです」
閣下のとりなしで、師匠から許可が出た。
「リーゼ、一つだけ約束して。安全第一で、危険を感じたら帰ってきてね」
「はい!」
閣下は優しい言葉で自分を送り出してくれる。
「師匠、ちなみに一番硬い部分ってどこですかね?」
「……ツノの根元です」
師匠にもアドバイスを貰い。上着を脱いで肩を慣らしながら、魔獣へ向かって歩いていく。
強大なオーラを放ち、師匠が引こうと言った相手。
……そんな相手と戦うのに。でもどういう訳か、心が躍らない。敵だという感じがしないのだ。
でも自分の本能が、『コイツと戦え』と訴えかけてくる。
相反するような感情に戸惑いつつ魔獣に近付いていくと、向こうもこちらに気付いたのだろう。顔を上げて唸り声を発する。
地面が揺れるような。ビリビリした気迫を感じるけど、こっちだっていくつも修羅場をくぐってきた身だ。まして、わがままを言って戦う許しをもらったのだから、脅えて逃げる選択はない。
とはいえ閣下に安全第一と言われているので、右手か左手か。どっちか一本食いちぎられるか焼かれるかして失ったら、その時は素直に身を引こう。
そう決めて歩みを進めるが、どうしてだろう? やっぱり強敵を前にした時の闘志が湧いてこない。
普段役に立たない自分が、唯一役に立てる戦いの場。それなのに、どうしてだろう?
――疑問に答えが出ないまま、魔獣との距離を詰めていく。お互いの目が合い、相手の目に宿る敵意の底にわずかな揺らぎを感じ取った瞬間。ハッとした感情に襲われて、全てが腑に落ちたようにモヤモヤが晴れた。
ああそうか。この子は昔の自分と同じなんだ……。
それに気付いた瞬間。急速に親近感が沸き上がってきて、相反する感情の理由も理解できた。
……まだ閣下達と出会う前。自分は並外れた強い力があったばかりに同族からさえ恐れられ、常に命を狙われていた。
集団で襲われた事が何度もあったし、寝込みを襲われた事もあった。
家族も仲間もいなくて、近付く気配はみんな敵で、食べ物を獲りに出る時以外はずっと洞窟の奥に篭っていた。
当時はそう認識する事さえできなかったけど、孤独で寂しくて、暗くて冷たくて痛くて、食べ物も血と砂の味しか感じていなかった。
今思い出すだけでも、胸が苦しくなって体が震えてくる。
どんなに強い敵を前にしても。勇者との戦いで死に瀕した時でさえ、震えた事なんてなかったのに……。
そして今にらみ合っている魔獣からは、あの頃の自分と同じような。暗くて冷たくて寂しい。だからこそ余計に攻撃的になってしまう、そんな気配を感じる。
――だとしたら、やる事は一つだ。
昔自分が閣下にしてもらった事を。そのままやってあげるのみ。
決意が固まると、急激に闘志が湧いてくる。
相手との距離を詰めるべく。重心を落とし、地面を強く蹴って低く跳ぶ。
戦いの時に高く跳ぶなんてのは、馬鹿のする事だ。空中では方向が変えられないから、いい的になるだけ。跳ぶ時はなるべく低く、地を這うように。手か足を伸ばせば地面に触れて方向を変えられる高さで跳ぶのが鉄則だ。
魔獣が口にエネルギーを溜めるのが分かり、強力な炎の渦が吐き出されるが、足で地面を蹴って跳ぶ方向を変え、ギリギリでかわす。……って、あ!
思わず後ろを振り返ると、さっきまでいた岩が業火に包まれている。
一瞬血の気が引いたが、気配を感じて左を見ると、別の岩陰に師匠の姿が。先輩と閣下の姿も見える。さすがだ。
みんなの無事にホッとして前を向き、また地面を蹴って、一気に相手との距離を詰めにかかる。
炎は連続で吐けないのか、あるいは二度目は間に合わないと判断したのか。魔獣も身を低くし、攻撃の態勢をとる。望む所だ!
地面を蹴って高く跳び、右手にありったけの力を込めた渾身の一撃を、真正面から叩きつける。
狙うのはもちろんツノの根元。師匠が一番硬いと言っていた場所だ。
力比べをするのに、相手の弱点なんて狙う理由はない。相手の一番の自慢を叩き折ってこそ本当の勝利だし、それでこそ相手にどちらが上かを教え込む事ができるのだ。
ツノは魔獣にとって自慢の武器なのだろう。突き出すようにして向かってくる。純粋な力と力のぶつかり合い。血が踊る戦いだ。
――自分の拳と相手のツノがぶつかった瞬間。硬い金属塊を殴ったような音と手応えがして、右手に鋭い痛みが走る。
指の骨が何本か折れたのだろうが、そんな事は問題じゃない。問題はただ一つ。どっちが強いかだけだ――。
ありったけの力を叩き込んで腕を振り切ると、魔獣は半分地面にめり込むようにして仰向けに倒れる。うん、少なくとも勢いでは負けなかった!
問題はダメージが通ったかだが、魔獣は地面に倒れてピクリとも動かない。よし、大勝利! ……って違う違う。倒すのが目的じゃなかったんだ!
「おーい、生きてるかい?」
しゃがみ込んで左手の指でつついてみると、さすが師匠が強敵と見込んだ相手。すぐに目を開けた。
「クゥゥ……」
威嚇の声がさっきと違い、脅えたように首をすくめている。うん、計画通り!
「ほらおいで、怖くないよ」
そう言いながら魔獣の子供を両手で掴み、ギュッと抱きしめてやる。懐かしい……自分も閣下にこうしてもらったな……。
魔獣はまだ怖いのか、最初は少し暴れたけど。抱きしめる腕に力を込めてやると、すぐにおとなしくなる。うん、懐いてきたみたいだ。
「せんぱーい、自分のギターケースこっちに投げてください!」
大声で叫ぶと、先輩が山なりにギターケースを投げてくれる。魔獣の子供を抱いたまま見事右手でキャッチしたら、頭の芯まで痺れるような痛みが走った……。
折れていない方の手で、ギターケースをいじる。これには刀とバイオリンの他に、収納スペースもあるのだ。
そこからスナック菓子の袋を取り出して、左手と口を使って開封し。一枚を取る。
「ほら、お菓子だよ。美味しいよー」
自分もそうだったからよくわかるが、とりあえず手懐けるにはどちらが強いか教える事と、美味しいもので釣るに限る。
でも魔獣の子供は少し匂いを嗅いだだけで、食べようとはしなかった。
お菓子嫌いなのだろうか?
……子供の魔獣ってなにを食べるんだろう?
分からない事は師匠に訊くに限るので、抱いたまま師匠達の元へ戻る事にする。
「ししょ~、捕まえましたよ!」
元気にそう報告するが、師匠はなぜか表情を引きつらせ。閣下を守るように前に立ったまま近寄ってこない。
「大丈夫ですよ、もう仲良くなりましたから!」
そう言って、顔に頬ずりしてあげる。
刃物も銃弾も通さないだろう、丈夫でしなやかな毛だけど。触る分にはモフモフしていて気持ちいい。
魔獣の子供も、『クゥゥ……』と嬉しそうな声を出す。
「ね、もう友達でしょう!」
自信満々に紹介するが、なぜか反応が薄い。先輩が遠巻きに言葉を発する。
「……リーゼちゃん、それ脅えてるだけなんじゃないの?」
「え? そうですかね……まぁいいや。師匠、一緒にご飯を食べればもっと仲良くなれると思うんですけど、この子なに食べますかね?」
「基本は肉食のはずですが……」
「お肉か……持って来てませんよね?」
「そうだ、幼体ならミルクとか飲むんじゃない? わたしが出せるようになりますから。陛下、協力してください」
「――貴女はこの状況でなにを言っているのですか!」
「なによ、どんな状況でもわたしの目的は変わらないのよ」
「そもそも幼体と言っても赤子の事ではなく、虫の幼虫のように変態前の形体を指す言葉です!」
「誰が変態よ! わたしはただ陛下に今すぐこの場で抱いて欲しいって言ってるだけでしょうが!」
「人の話をちゃんと聞きなさい!」
……うん。なんか、いつものみんなに戻ってきた気がする。
師匠と先輩の話は難しくてよくわからないので。その間、魔獣の子の頭をワシャワシャ撫でてあげる。
……右手でやっちゃったので指が痛い。
『パキッ――――……キン』
「あ」
頭をワシャワシャしてあげていたら、おでこのツノが根元から折れ、地面に落ちてしまった。
その音で気付いたらしく、師匠と先輩がこっちを見て目を点にする。
「え、ええと……強く叩きすぎ……ましたかね?」
慌てて拾ってくっつけてみるが、当然くっつかない。
本人は不思議そうな顔をしているので、痛かったりはしないみたいだけど。やっぱりこれは問題あるよね……。
「ねぇ師匠、この子連れて帰って飼ったらダメですか? ほら、もうこんなに懐いてますし!」
「…………」
「お願いします! ちゃんと自分が面倒見ますし、狩りをして自分で生きていけるように鍛え上げますから!」
「そんな事をしなくても、すでにこの世界で最強に近い存在ですが……」
「いいじゃない、飼ってあげようよ。狩りとかはアレだから、ちゃんとエサあげる方向で」
師匠が難しい表情をしている所に、閣下が助け舟を出してくれる。閣下はいつも優しい。昔、自分を拾ってくれた時もそうだった……。
「魔王様がそうおっしゃるのであれば是非もありません。連れて帰って飼いましょう」
「ホントですか、ありがとうございます! よかったね!」
嬉しくてギュッと抱きしめてあげると、魔獣の子供も嬉しそうに『ギュウゥゥゥゥ!』と声を上げる。
「……ねぇ、これホントに懐いてるの?」
「リーゼから見るとそうなのでしょう。当面の間は魔王様に害を為さないように見張りますよ」
「了解」
先輩と師匠がなにか話しているけど、頭を使う人達は大変だ。
自分は力を持ってお仕えする身だから、普段は閣下の護衛と鍛錬以外にやる事はない。その分、この子をいっぱい可愛がってあげよう。今まで自分が閣下や師匠、先輩達にしてもらったみたいにだ。
一人は寂しいもんね……。
現時点での世界統一進行度……0.16%
・西日本の魔族と小さな拠点がいくつか
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を配下にしたかも?
千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト(さすが魔王様、強力な魔獣を傍に置く事に欠片の動揺も見せない。思えばリーゼの時もそうだった、これが王の器……私など到底及びもつかない。忠誠度上昇)




