42 配下の一歩手前
俺の配下になりたいと言うイリスさんの申し出に。どう返答しようか迷った末、俺は一つの答えを口にする。
「いきなり配下はあれなんで、まずは客人でどうでしょうか?」
俗に『玉虫色』と言われる、肯定でも否定でもない曖昧な回答だ。
だが意外にも、イリスさんは満足そうな表情を浮かべて言葉を発する。
「なるほど、たしか東洋では『食客』と言うのでしたか。まずは実力を試そうという事ですね、よろしいですとも」
……触角? 玉虫色の返事はしたけど、虫の話なんてしてない気が……まぁいいか、なんか納得してくれたみたいだし。
左を見ると千聡も頷いてくれたし、潮浬も反対の声を上げない所を見ると、ギリギリ許容範囲であるらしい。
とりあえずは円満に済みそうだ。これが千聡が魔王に求めているらしい、『統率』と言う仕事なのだろうか?
どちらかと言うと『調整』な気もするが、とりあえず穏便に事が治まりそうだなと胸を撫で下ろしていると、イリスさんが言葉を発する。
「和人様はこのあと日本へ戻られるのですよね? でしたらワタシもそちらに伺いますから、一緒に住むお許しを下さい」
「――な!」
また殺気立つ潮浬を腕でギュッとしておとなしくさせ、千聡を見る。
一緒に住むと言っても、まさかワンルームの俺の部屋に同居という訳にはいかないだろう。
イリスさんだって、魔王がボロアパート暮らしだとは思ってないだろうしね。
この大きなお屋敷の事を考えても、『同じ建物に住む』的な意味で言っているのだと思う。それなら、大家さんである千聡の管轄だ。
こんな豪邸に住んでいる人がワンルームのボロアパート暮らしに耐えられるかどうかは知らないけど、無理だったら無理で、潮浬が喜ぶ結果になるだけだ。
そんな訳で千聡に視線で判断を仰ぐと、さすが千聡。俺の考えを察して言葉を発してくれる。
「現在本拠となる建物を建設中で、一番早いもので完成は三ヶ月先になります。そこにお住まいを用意する事なら可能ですが」
……あれ、ちょっと俺の想定と違うかな?
「なるほど、新参の配下をいきなり懐に入れる事はできないと……それはまぁ道理でしょうね」
頷きながらも納得はしていない表情で、イリスさんは視線を俺へと向ける。
「では和人様。配下ではなく愛人としてお傍に置いて下さいませ」
――なにかまた潮浬がキレそうな台詞が飛び出したので、機先を制しておとなしくさせるべく、頭を撫でてやる。
ヒザの上に乗せて頭を撫でるとか小さい子供やネコにやるみたいだが、本人が満足そうなので気にしないでおこう。
そして、イリスさんへの返事だけど……。
「ええと、愛人云々はともかく。俺が住んでいるのは小さいアパートなので、そもそも一緒に住むのは難しいと思います」
もしかしたら魔王の威厳に関わる事なのかもしれないが、特に気にせずぶっちゃけてしまう。これで千聡の魔王に対する評価が下がったら、むしろ一石二鳥かもしれない。
「なるほど、そういえばアーネ……千聡達と出会ってまだ日が浅いのでしたね。……よろしければ、拠点が完成するまでここに住みますか?」
「え……いや、それは遠慮しておきます」
一瞬千聡の目まで鋭くなったのを察して、慌ててお断りの言葉を口にする。
イリスさんはなにやら楽しそうな笑顔を浮かべて、言葉を発する。
「まぁ、そうでしょうね。その気になれば既存の建物を買う方法もある訳ですから、そうしないのは理由があるからなのでしょう。まさか千聡がいて資金面という事もないでしょうしね」
普通に考えたら、お金を持っていそうなのは世界的人気アイドルである潮浬や、貴族のお嬢様らしいリーゼだと思うのだが。千聡達の事をよく知っているらしいイリスさんが千聡を真っ先に挙げる辺り、千聡は本当にお金持ちなんだろうね。
ちょっと引いている俺をよそに、イリスさんは言葉を続ける。
「ですがそういう事であれば、ワタシは別に狭くても古くても気にしませんよ。そちらのお国には『起きて半畳寝て一畳』という言葉もあるそうですしね」
……へぇ、そんな言葉があるんだ。
意味は大体分かるけど、外国人に日本の言葉を教えてもらうのは、なんかちょっと情けない気持ちになるな……。
「でも、本当に狭いですよ」
そう言いながら、俺は部屋を見回す。
大きなお屋敷にいくつもあるのだろう部屋の一つ。その一つをとってみても、アパートの部屋の何倍もありそうだ。
「問題ありませんよ。今は他にする事がないから贅沢をしているだけで、昔は旅の中で野宿をしたり、テント暮らしをした事もありました。爆弾や砲弾が降り注ぐ中、地下室で暮らした事もあります。魅力的な男と一緒なら、それもまた一興でしょう」
なんか、断固来る気みたいだ。
そういえば潮浬も、『陛下と一緒に暮らすなら、部屋なんて狭ければ狭いほど良いですよ』と言っていた気がする。この二人、基本的に思考が似てるよね。
似ているだけにわずかな違いで強く敵対するのかなと思うが、それはともかく。俺は千聡に顔を寄せて小声を発する。
(アパートにはまだ空室があると思うけど、千聡はどう思う?)
(魔王様さえよろしいのでしたら問題はないかと)
(……わかった、じゃあお願い)
(はい)
そんな会話を交わし、千聡がイリスさんに向き直って口を開く。
「では、一室を提供いたしましょう。ただし一室限りです。何人も住める広さはありませんので、ご注意ください」
「構わないわよ、自分の身くらい自分で守れるし。食事やお洗濯なんてむしろ、お世話して差し上げたいくらいですからね」
「それは食客の領分ではないでしょう」
千聡がなんか、強い口調で否定する。
多分牽制しているんだろうね。夕食は俺が作るのを喜んで食べてくれてるし、掃除や洗濯はやりたいという申し出があったのを断ったら、ものすごく悲しそうにしていたからね。
結局、夕食と引き換えに掃除だけはやってもらう事になったし、潮浬が『千聡だけずるい!』と主張して、二人の交代制になったくらいだし……。
「……そうですか。では手料理を振舞うのは、和人様の好みを把握してからにしましょうか」
イリスさんはそう言いながら潮浬に視線を向けるが。さっきから頭を撫で続けている潮浬は、俺のヒザの上でフニャフニャ状態だ。
イリスさんの挑発も、多分聞こえていないと思う。
イリスさんはそんな潮浬に珍獣でも見るような視線を向けながら、なにかをつぶやく。
知らない言葉だったので千聡に視線を送ると、俺の意を察して訳してくれた。
「『あのディオネが、まるで子猫じゃないのよ……』だそうです」
――ああ、なるほどね。
たしかに俺だって、世界的な大人気アイドルである潮浬が俺のヒザの上で頭を撫でられてフニャフニャしているなんて、ちょっと信じられない光景だ。
……まぁなにはともあれ。話は終わったようなので、そろそろおいとまする流れだろう。
そう思っていた時、イリスさんがふと思い出したように口を開く。
「そうだ和人様。もしお時間があるようでしたら、この後アトラス山脈に寄って行かれてはいかがですか? 最近魔獣が出るそうですよ」
……魔獣?
いかにも千聡が好きそうなワードに、これは行く事になるんだろうなと思いつつ。頭の中にドラゴンやペガサスの姿を思い描くが、さすがにそれはないだろうと思い直して、もっと現実的に。俺は想像を大きなワニやヘビの姿に訂正するのだった……。
現時点での世界統一進行度……0.16%↑
・西日本の魔族と小さな拠点がいくつか
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を配下にしたかも? NEW
千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト(本拠の建物が小さい事を、隠そうともせずに口に出される。このお方の器の前では、そのような些事は問題にすらならないのだ。さすが魔王様。忠誠度上昇)




