41 敵か味方か
「それ以上陛下に妙な色目を使うなら、こちらにも考えがありますよ!」
イリスルビーレ公爵との面会の席で。潮浬が手にした槍の柄を『ゴン!』と床に突き当てて、大声を出す。
そのただならぬ殺気に公爵の後ろにいる男の人達も身構えるが。当の公爵は楽しそうな笑顔を浮かべたまま、配下を手で制して潮浬に視線を向ける。
「ずいぶんと必死じゃない。ワタシに大好きな魔王陛下を奪られてしまいそうで怖いのかしら? そんな独占欲の強い事では、本当に嫌われてしまうわよ」
「――わたしはそれが陛下のご意思なら、わたしの他に何人女を囲おうと受け入れます! ですが、男なら誰でもいいようなタチの悪い尻軽女に陛下が絡まれるのを黙って見ているなど、できるはずがないでしょう!」
「あら、別に誰でもって訳じゃないのよ。興味を引かれた男だけ。たとえばそう……深海の歌姫ディオネが惚れた男とかね」
「――――」
イリスさんの言葉に。今まで怒りに燃えていた潮浬の顔から、ふっと表情が消える。
あ、なんかアカン感じがするぞ。
「……なんだ、死にたいのならそう言ってくれれば良かったのに。いいですよ、お手伝いしましょう」
「ちょ、潮浬!?」
槍を手に、物騒な事を口走りながらゆらりと立ち上がった潮浬を、慌てて後ろから抱きついて引き止める。
潮浬を落ち着かせる効果があるというこの行為、本日二度目である。
今回も効果は抜群で、潮浬の体から力が抜け。俺のヒザの上に乗るような体勢で、『トスン』とソファーに腰を下ろしてくれる。
……女の子って、こんなに軽いんだね。
軽く感動さえ覚えるが、ホッと一息つく間もなく。その様子を見ていたイリスさんが口を開く。
「まだキスしかしていないくせに、ホントに独占欲が強いのね。重たい女は嫌われちゃうわよ」
いや、かなり軽いよ……と思ったが、多分そういう意味ではないのだろう。
イリスさんの言葉に潮浬がまた剣呑な空気をまとうが。俺が腕に力を入れると、栓の抜けた浮き輪のようにふにゃっとなる。
その様子にイリスさんも毒気を抜かれたのか。素に戻ったような様子で潮浬を見ていたが、しばらくして真面目な表情を浮かべて言葉を発する。
「魔王和人様。お願いがあるのですが、ワタシを貴方の配下に加えて頂けませんか?」
「……え?」
一瞬俺達も。イリスさんの後ろにいる男の人達も呆然として固まってしまったが。不思議な事に俺は最近この手の言葉を聞き慣れているので、いち早く再起動して言葉を返す事ができた。
「なんでまたそんな気になったんです?」
「和人様に興味が湧いたからですよ」
……そう答えるイリスさんの目を見て様子を監察してみるが。本気で言っているのか冗談なのか、イマイチ掴み所がない人だ。
「――なにをふざけた事を! あなたは後ろの男達とでも盛っていなさい!」
「この子達とはもうヤったけど、運命の相手だとは感じなかったのよね。可愛いから飼ってあげてるけど、やっぱり運命の相手とヤってみたいじゃない。貴女なら分かるでしょう?」
「……それは分かりますが、でもあなたのような相手を不幸にする女狐、断じて陛下に近づける訳にはいきません!」
あ、そこは分かるんだ。
「それは相手に運命を感じなかったからで、本当に惚れた相手ならワタシだって誠心誠意尽くすのよ……多分だけど」
「そんな言葉信用できますか! 今まで自分がしてきた事を思い出してみなさい!」
……復活した潮浬さんが烈火のごとくお怒りだが。それはともかく、これはどう答えればいいんだろうね?
千聡はたしかイリスさんを評して、『味方にすれば有用な協力者。敵に回せば厄介な障害』と言って、仲間にしたそうな雰囲気だった。
一方、俺のヒザの上で激しく吠える子犬みたいになっている潮浬は、『敵に回すと厄介な障害。味方にするともっと厄介な毒婦』と言っていたし。今までのやり取りを見ても、仲間にするのは大反対だろう。
……でもこっちは、多分に私怨が混じっている気もする。
俺が考え込んでいる間にも。ヒザの上の潮浬とイリスさんの舌戦は、飽く事なく続いくていく……。
何往復続いたかわからない舌戦の後。イリスさんが論点を変えるように、改まった調子で言葉を発する。
「さっきから聞いていれば、貴女はずいぶん偉そうな事ばかり言うけどね。知ってるのよ。貴女だって惚れた相手を手に入れるために毒を打ち込んで生き人形にして、最後には殺しちゃうんでしょ?」
「――そ、それは……本当に最後の最後の手段です! 陛下に対してそんな事は……」
「絶対にしないって言い切れるの? ワタシが相手を不幸にするのは単に個人的な趣味であって、するもしないも自由だし。上げて落とす落差を見るのが好きなだけだから、まずは常人では見られないような夢を味あわせてあげるのよ。本当に好きになったら、そこで止めればいいだけでしょう」
「…………」
潮浬が、痛い所を突かれたように黙り込む。
なんか小刻みにプルプル震えているので、また腕の力を強くしてみると。安心したように震えが止まった。ホントに子犬みたいだ。
潮浬が言い返せなくなってしまったようなので、助け舟を出すように。俺が代わりに話をする。
「イリスさんは前世……元の世界かな? とにかくその頃の俺を知ってる訳じゃないですよね?」
「そうですね。ワタシがこちらの世界に飛ばされてきたのは、元の世界で皆さんが産まれるよりもずっと前ですから」
「じゃあなんで、俺の配下になんて言うんですか? 昔からの関係がある訳じゃないんでしょう?」
……もしここで。潮浬への嫌がらせのためとか、それを匂わせる回答が出てきたら問題外だ。
配下の話はお断りするし、向こうも本気ではないという事だろう。
「ワタシが和人様に強く興味を惹かれたからですよ。先程から何度も、ワタシの力を使って誘惑をかけていますが、全く効果がない。普通の人間はもちろん、中級までの魔族ならあっという間に魅了されて、自分からワタシの体を求めてくるはずですし。上級の魔族であっても落ち着きがなくなるなり、ボーっと見とれるなりの反応はあってしかるべきなのです。ですが、和人様は顔色一つ変えない。それだけでもう、ワタシより上の存在なのだと分かりますし、惹かれるなと言う方が無理というものでしょう?」
「当然です! 魔王陛下はこのわたしが全力で誘惑をかけても落ちなかった方なのですよ!」
なぜか潮浬がドヤ声だが。イリスさんは一瞬潮浬に視線を向けたものの、すぐに俺の目を見て言葉を発する。
「生娘の誘惑にどれほどの効果があったのかは置いておいて、いかがでしょう和人様。ワタシを配下に加えて頂けませんか? 昼の執務室はもちろん、夜のベッドの中までお役に立ちますよ」
「――――!」
潮浬がまたなにかを言おうとするのを、腕に力を入れて止め。改めて考える。
……少なくとも、言葉や表情からは強く真剣さが感じられた。
本当に配下になりたいと望んでいるように思えるけど、どうしたらいいだろうか?
千聡は賛成、潮浬は反対。リーゼは……どうなんだろう? そして俺自身は……。
潮浬をヒザの上に乗せたまま。俺はイリスさんの申し出にどう答えるべきかと、あれこれ考えを巡らせるのだった……。
現時点での世界統一進行度……0.12%
・西日本の魔族と小さな拠点がいくつか
・魔族の小勢力三つ
千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト(まさかイリスルビーレ公爵の方から配下にと申し出があるとは。それに、あの潮浬を完全に飼い慣らしておられる。さすが魔王様。 忠誠度上昇)




