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40 潮浬の天敵

 千聡によると、アルプス山脈の裾野すそのにある飛行場。


 そこに降り立って迎えの車に乗り換え、山麓さんろくのとても豪華な。巨大なお屋敷に到着したのは、現地時間のお昼頃だった。


 道中ずっと浮かない表情だった潮浬に、千聡が『そんなに嫌なら外で待っていますか?』と訊いたが。『わたしがいない所で陛下とあの女を会わせる方が100倍嫌!』との事で、ついてくる事になった。



 門をくぐってからしばらく車で走って、ようやく建物にたどり着くという。俺の常識の埒外らちがいのお屋敷は、もはや宮殿に近いと思う。


 玄関に当たるのだろう場所に車が横付けされると、執事みたいなピシッとした身なりをした若い男の人達が5・6人出迎えてくれ。丁寧に車のドアを開けて、俺達を建物の中へ案内してくれる。


 潮浬は思いっきり見える形で槍を持っているし。千聡もリーゼも武器を持っているが、それらを預けるよう求められる事もなく。少し歩いて応接間らしい所に通された。


 さっきまでいた豪華客船のような華美かびさはないが。落ち着いた雰囲気で高級感漂う、上品な感じの部屋である。


 部屋に入った瞬間、かすかに甘い香りを感じたような気がした。



「ご無沙汰しております、イリスルビーレ公爵」


 千聡が挨拶をした相手は、パッと見20代前半くらいの女性。

 真っ赤な目がすごく印象的で、名前に『ルビー』と入っているのはこのせいだろうかと思ってしまう。


 とても整った顔立ちをしているが、近寄りがたい雰囲気はなく。むしろ優しそうな笑顔に、引き込まれるような魅力を感じる。


 俺は行った事ないからイメージだけど、接待を伴う飲食店。それも高級なお店にいる、優しいタイプの人みたいな印象だ。


 そして後ろには護衛だろうか? とてもカッコイイ執事服の男の人が、左右に三人ずつ並んでこちらを見ている。


「久しぶりねアーネット。まずはお掛けなさいな」


「今は魔族名ではなく、この世界の名で『千聡』と名乗っております。ご了解ください」


 千聡はそう言って、俺を公爵からローテーブルを挟んで正面に誘導し。俺が座るのを待ってから、自分も腰を下ろす。

 長いソファーの左に千聡、右に潮浬で、リーゼは護衛として後ろに立つ。最近よく見るフォーメーションだ。


「……あれ、公爵は日本語が話せるのですか?」


 千聡に対応を訊いたら対等の相手として接するようにと言われたので、それを意識して言葉を発する。合っているかどうかはよくわからないけどね。


「ワタシの事は気軽に『イリス』と呼んで頂いて構いませんよ魔王殿。長く生きていると、自然と色々な言語に精通するようになるだけです。日本にも何度か住んだ事があるのですよ、古くは源義経公の時分。最近だと織田信長公の時代ですね」


 ……信長の時代とか400年以上前だが、2000年以上生きているという設定なら最近になるのだろう。


 なにはともあれ、少しなまりはあるものの。日本語が通じるのは大変ありがたい。

 そして、公爵と聞いて身構えていたが、意外と気安くて感じのいい人だ。


 今の所、潮浬が嫌うような要素はなにも見当たらないな……と、そう思っていた時。不意にとなりで、潮浬が全力で刺々しい口調の言葉を発する。


「わたしの魔王陛下に、妙な色目を使わないでもらえますか?」


「――深海の歌姫ディオネ、船での活躍は聞いていますよ。襲撃者相手にも随分な働きだったようですね」


「早いのは手だけではなく耳もですか? あと、今のわたしは魔王和人陛下の臣下。若槻潮浬です」


「あら、さっきは『わたしの魔王陛下』とか言っていたのに、妻でも愛人でもなく配下なの? ……もしかして、まだキスもしていないのかしら?」


「――――キスはしました!」


「ふっ、『キスは』……か。つまりその先はまだという事ね」


「――――」


 あれ、潮浬がこんな単純なカマ掛けに引っ掛かるなんて珍しい。さっきから妙に苛立っているようだし、いつもの余裕が感じられない。


 潮浬が視線を落とし。ギュッと握った手を震わせながら沈黙した所で、入れ替わるように千聡が言葉を発する。


「イルスルビーレ公爵。本日お招き頂いたのは、どのようなご用件ですか?」


「特別にはないわよ。本当に、うわさの魔王殿を見てみたかっただけ」


 イリスさんはそう言うと、めるような視線を俺に向ける。……美人に見つめられると誘惑されているような引き込まれそうになるような、妙な気になるな。


「――だから、わたしの魔王陛下に色目を使うなって言ってるでしょうが!」


 潮浬が突然、キレたように大声を出す。


 だがイリスさんはむしろそんな反応を楽しむように。余裕を浮かべた表情を崩さずに口を開く。


「まだキスしかしていないのに『わたしの』とか、思い上がりもはなはだしいわね。これだから処女は」


「――なっ!」


 潮浬の顔が、一気に赤く染まる。

 ……恥ずかしがっている感じではなく、これは怒っているのだろう。


(ねぇ千聡、潮浬とイリスさんってなんでこんなに仲悪いの?)


 小声でささやくようにたずねると、千聡も顔を寄せて小声で答えてくれる。顔が近くて緊張するな……。


(あの二人は元々生態が近い種族なのです。どちらも子を成す相手を求めて長い時間を生き、これと定めた相手と子を成して一生を終えます。ただその相手を探す方法が、潮浬の種族は出会って見初みそめるのに対し。公爵の種族は実際に体を重ねて、相性を確かめるのです)


 千聡はそこで一旦言葉を切り。悩ましげな視線を潮浬に向けながら言葉を続ける。


(潮浬の種族は、生涯において体を重ねる相手は一人だけです。もし他の相手と意に沿わぬ形で行為を強要されるくらいなら、いっそ死を選ぶというくらいに貞操ていそう観念が硬いですから、似ているようでいて根本的な部分で価値観が相容あいいれないのでしょう。逆に半端に生態が近い分、嫌悪けんお感が大きくなるのかもしれません)


 なるほど……。


 たしかにいつもの潮浬なら、『これだから処女は』なんて言われたらここぞとばかりに、『陛下、バカにされて悔しいです。処女じゃなくしてください!』くらいの事は言いそうな気がするが、そんな余裕もないらしい。


 今にも噛みつかんばかりの鋭い目をして、イリスさんをにらんでいる。


 明らかに険悪な感じなのでどうしようか悩んでいると、千聡がまた小声で『話は変わりますが』と前置きして、顔を寄せてくる。


(魔王様、体調に異常はございませんか?)


(え、特にないよ?)


 さっきから何度もイリスさんに見つめられているせいでちょっとドキドキしてはいるが、美人に色っぽい目で見つめられたら、そりゃそうなるだろう。

 男として当然の反応であって、断じて異常ではない。


 それに、イリスさんに見られている時より千聡に顔を寄せられている今の方が、心臓の高鳴りはずっと上だ。



 そんな事を考えながら、また俺に向けられるイリスさんの視線を感じていると。となりから『ゴン!』と、床が震える振動付きで大きな音が聞こえてくる……。




 現時点での世界統一進行度……0.12%

・西日本の魔族と小さな拠点がいくつか

・魔族の小勢力三つ


 千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト(さすが魔王様、この状況でも平然としておられる。忠誠度上昇)

※誤字報告をくださった方ありがとうございます。こっそり修正しておきました。

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