4 世界征服の野望に燃えて
とりあえず、千聡が俺(魔王らしい)の参謀として仕える事が決まったが。こうなった以上、千聡に満足してもらうためにも多少は魔王っぽく振舞わなくてはいけないだろう。
好きになった女の子が喜んでくれると思えば、悪い気はしない。
……ところで、魔王って具体的になにをするのだろうか?
ゲームやなんかでは姫をさらったり世界を滅ぼそうとしたりするイメージだが、そんな事を現実にできる訳がない。
誘拐は普通に犯罪だし。俺には世界を滅ぼす力どころか、昨日部屋に出現した蚊の退治にすら失敗したのだ。
う~ん……やっぱりこういう時は、専門家に訊くに限るだろう。
「ねぇ千聡、魔王って具体的にどんな事するの?」
「それは魔王様次第でございます。主が決断し、それを実行するのが我々臣下の勤めですから。なにかご希望などはございませんか?」
「希望ねぇ……」
いきなりそんな事を言われても、いまいちピンとこない。
あえて言うなら『千聡と仲良く……できれば恋人になりたい』だろうが、そんな事言ってしまっていいのだろうか?
魔王と部下の間でそんな事を言ったら、いわゆるパワハラになる気がする。
『特にないかな……』と返事をしかけて、俺は喉まで出かかった言葉をギリギリで飲み込んだ。
俺の言葉を待つ千聡の目が、とても嬉しそうにキラキラと輝いていたからだ。
なんか、小さい頃によく預けられた爺ちゃん家にいた犬が。遊んで欲しくて寄って来る時の目にすごくよく似ている。
「ええと……もうちょっと砕けた感じで話してくれると嬉しいかな」
「砕けた、ですか……わかりました。以後そのように勤めます。他にはなにか?」
……ホントにわかってくれたのだろうか?
まぁ、さっきまでの『承知いたしました』よりは砕けてるかな?
「他になぁ……」
改めて考えてみると、意外とこういう時に言う事ってないものだ。
と言うか、正直無い訳じゃないんだけど。一目惚れした女の子には言えないような事ばっかりだ。
出会っていきなり引かれたくはないからね……。
「なにか欲しいものや、『こうなったらいいな』というようなお望みでも構いませんので」
一方千聡は千聡で、なにもないのは寂しそうだ。
ここで『キミが欲しい』とか言えたらいいのかもしれないが、さすがに出会って初日にいきなり告白は焦り過ぎだろうし、俺にそんな度胸もない。……まぁ、相手は出会って初日にいきなり部屋に乗り込んでくる度胸の持ち主だけどさ。
……て言うか、もし俺がホントに告白したら。千聡はどんな反応をするのだろうか?
引かれるのか、『私は参謀ですから』とか言ってかわすのか……どうなんだろう?
「あの、なにか私でお役に立つ事は……」
「千聡が欲しい」
「え?」
「あ……」
しまった。頭の中であれこれシミュレートしていたら、考えていた事がついポロっと口から出てしまった。千聡も面食らって……
「ありがたきお言葉。臣千聡、感動を禁じ得ません……ですが、この身の全ては元より魔王様に捧げたもの。命はもちろん髪の毛一本から血の一滴に至るまで、全て魔王様の所有物であるとご承知置き頂ければ幸いでございます……」
……いないみたいだ。だいぶ斜め上の反応が返ってきた。
というか無意識だったとはいえ、俺の告白……。
なんかドッと疲れた感があるが、千聡を見るとまるでお預けをされた犬のように。悲しそうな目をしてじっとこちらを見ている。
俺のお望みとやらを待っているのだろう。望み……望みなぁ……。
「ええと、世界平和とかいいよね」
とりあえずひねり出したのは、無難と言えばとても無難な言葉。
毎年の初詣で『家内安全』と『無病息災』。今年は『受験合格』も含めて、まとめて10円でお願いしている案件だ。
よく考えたら全然魔王っぽくないなと思ったが、千聡は『ガタリ』と腰を浮かせる。
「――大変素晴らしいお考えだと思います! さすが記憶を失っておられても魔王様です。私も微力ながら全力でお力添えをいたしますので、魔王様の下にこの世界を統一いたしましょう!」
……あれ、俺そんな話したか?
「ちょっと待って、俺は世界平和って……」
「はい! 魔王様の御威徳を持ってこの世界を統一し。あまねく民をお導きになれば、この世界にも平和と安定がもたらされましょう。かつての世界と同じく、この世界も多くの部族が互いに争い、飢えや圧政も存在しますから」
おおう、なんか目がキラッキラ輝いていらっしゃる。
そうだよね、世界征服とか魔王っぽいし。なんかそういうの好きそうだもんね。
……とりあえず喜んでもらえたのは何よりだけど、この子まさか本気じゃないよね?
「ち、千聡、ちょっと落ち着いて。世界征服はさすがに無理じゃないかな?」
「そんな事はございません。もちろん、今は取るに足りないような弱小勢力の我々です。世界を統一するなどと誰も信じないでしょうが、それでも魔王様がいて我々を導いてくだされば、不可能などありません! チンギスハンが死んで800年、ナポレオンの帝国が滅んで200年。そろそろ世界に覇を唱える次の英雄が現れてもいい頃ですし、今度こそ誰も成し得なかった偉業を成し遂げ。この世界にも初の統一をもたらしましょう!」
千聡はテーブルの上に身を乗り出して、熱っぽく語る。
……言っている事はともかく、顔を寄せられると心臓が爆発しそうになるくらいにかわいいな。なんかもう、世界征服とかできそうな気がしてくる。かわいさで。
どうしてこんな子がこれほどの妄想趣味を持った痛い子に育ってしまったのか。本気で謎だが、そのおかげでこうして知り合いになれたのだから、俺にとってはありがたい事なのかもしれない。
「……そういえば、千聡ちょくちょく『我々』って言うけど、もしかして他にも仲間がいるの?」
「はい。私と同じく魔王様にお使えする側近であったディオネとガラティアも、共にこの世界に生まれ変わってきております。今は魔王様探しと仕事を兼ねてアメリカに行っておりますが、これから連絡をすれば明日にでも姿を見せるでしょう」
……仕事よりも魔王様探しがメインみたいな言い方がちょっと気になったが、どうやら千聡には仲間がいるらしい。……ホントに実在するよね?
妄想力たくましい千聡の事だから、エア仲間という可能性も普通にあると思う。
もし千聡が人形を持ってきて、『ディオネとガラティアです』とか言い出しても動揺したり泣いたりしないように。今から心の準備をしておこう。
俺がそんな失礼な事を考えている間に、千聡は世界征服の方法についてあれこれ考えを巡らせているらしい。
楽しそうでなによりである……。