32 落とし所
潮浬から重たい決意の話を聞かされて、俺は本気で考え込む。
毒云々は設定上の話だと思うのだけど、潮浬の語り口は恐ろしいまでに真剣だった。
さすがにあれを全部演技だと思うほど、俺もおめでたくはない。潮浬は間違いなく俺に対して強い感情を。それも好意を抱いてくれている。
――だが、それでも俺が好きなのは千聡なのだ。
たとえ千聡と潮浬にいいと言われても、二股をかけるのは抵抗がある。
でもそれをはっきり告げると、多分なんかすごくよくない事が起きると思う……。
「……て言うかそもそも、潮浬は俺のどこがそんなに気に入ったの? シャルナークさんいい人そうだったのに。やっぱり俺が魔王だから?」
「いえ。集会に出る前にも言いましたが、わたしは陛下が魔王だから好きになった訳ではありませんよ。そもそも最初に出会った時は、陛下がまだ魔王を名乗る前でしたし。……シャルナーク卿はまぁ、この世界の一般的な基準で見れば優良物件なのかもしれませんが、相手を好きになる基準なんて人それぞれですしね」
「それはそうかもだけど、顔はかっこよかったしお金持ちみたいだったし、家柄もいいんでしょ? 性格もなんか一途そうだったし。自分で言うのもなんだけど、俺どこも勝ってる所がない気がするんだけど?」
「――そんな事はありません! シャルナーク卿は容姿も資産も家柄も知性も性格も一級品かもしれませんが、そんな男世界にゴマンと……いや五万はいないかもしれませんが、500はいるでしょう」
「……世界の上位500人ってかなり凄くない?」
「世界でたった一人だけの陛下の方がずっと凄いですよ。それに何度も言いますが、シャルナーク卿の評価はあくまでこの世界の人間基準でに過ぎません。基準が変われば当然評価も変わる訳で……陛下はたとえば、お腹がすいてる時に高級ステーキと蟻があったら、どちらを食べますか?」
「アリ?」
「はい、あの砂糖とかに集まってくるアリです」
「そりゃステーキだよ。そもそもアリは食べ物じゃないでしょ?」
「おしゃる通り、この世界の人間基準で言えばそれが当たり前です。ですがもし人間ではなく同じ選択肢をオオアリクイに与えたら、迷う事なくアリ一択なのです。そしてもし陛下ではなくコアラだったら、どちらも食べません。たとえ飢え死にする事になったとしてもです。事ほど左様に、価値観というのは様々なのですよ」
……俺じゃなくてコアラだったら?
潮浬はなんか『快心の例えをした』と言わんばかりに満足気だが、正直俺にはイマイチピンときていない。
「ええとつまり、魔族……には俺が魅力的に見えるって話?」
「本来は、『わたしには陛下が死ぬほど魅力的に見える』という話ですが、魔族という括りまで広げても間違いではないでしょうね」
「でもさっきの……マフィアのボスだっけ? あの人には俺が凡人に見えてたみたいだったよ」
「――それはあの馬鹿が低能で、相手の器も量る事ができないマヌケだったからでしょう」
一瞬ゾクリとするような殺気が走り。アイドルが口にしちゃいけないような言葉が放たれる。
そしてなぜか、隣では千聡とリーゼもうんうん頷いるので、どうやら三対一で俺が劣勢らしい。
どうしようかなと考えていると。殺気を引っ込めた潮浬が、いつもの穏やかな口調に戻って言葉を続ける。
「陛下は自信がないような事をおっしゃいますが、あなたはこのわたしが運命の相手と見初めたお方なのです。もっと自信をお持ちくださいませ。わたしには陛下のお姿も、声も、匂いも、仕草も、存在そのものが、どうしようもなく魅力的に映っているのですよ」
……そういえば、潮浬は世界的な大人気アイドルで。さっきの世界上位500人の女の人版があれば、そこに名を連ねるくらいにすごい存在なのだ。
そう考えるとむしろ、俺なんかがこんな人に片思いされるなんて失礼なんじゃないかと、そんな気持ちにすらなってくる。
そんな俺の内心を、潮浬は例によって敏感に察しているのだろう。なにか焦ったように、必死に言葉を重ねてくる。
「陛下は記憶をなくしておられても、その秘めたる力はすさまじい物なのですよ。さっきのアホは感じ取る事ができなかったようですが、わたし達はもちろん玉藻殿も。シャルナーク卿も、陛下の力を認めていたでしょう……そうだ、わたしが陛下と再会を果たした翌日。寝起きにお邪魔したのを覚えておられますか?」
「うん……」
それはもう。むしろなんで忘れているかもしれないと思ったのだろうか? トラウマ……とは言わないが、わりと一生物の記憶である。
「あの時わたしは、めいいっぱい能力を使いました。普通の人間なら、一度目のキスで完全に理性を飛ばされていたでしょう。あの岩のように堅物な千聡でさえ、わたしが放つ催淫効果のある香りとキスだけで、堕ちはしませんでしたがしばらく放心状態になったほどです。ですが陛下はあんなにも強く迫ったのに、最後まで堕ちませんでしたよね。あそこまで耐えられる存在など世界中を探しても、男女を問わず5人といないはずです。それだけでもう、十分すぎるほど力の証明になるではありませんか」
……あの時は俺もわりと意識が飛びそうになった記憶があるが。なるほどあれを耐えられたのは、ちょっと自慢してもいいかもしれない。
そしてなんか、とばっちりを受けた千聡が顔を赤くしているのがとてもかわいい。
さすがに潮浬と話している最中に千聡に見惚れるのは失礼すぎる気がしたので、早々に視線を戻し。言葉を発する。
「わかった。いまいち腑に落ちない部分はあるけど、今は潮浬の言う通り。現状維持のままで様子を見る事にするよ。……でも改めて確認するけど、ホントに俺なんかが相手でいいの?」
「もちろんです! むしろ陛下でなくてはダメなのです。わたしの種族は相手を選ぶのではなく、運命の相手を探して巡り合うのです。いわば欠けていた半身を見つけ出すようなものであってみれば、他の選択肢や代わりなどは存在しないのです!」
潮浬は嬉しそうに、俺の手を取って体を寄せてくる。
「ちょ、潮浬。顔近い……」
「陛下、わたしは必ず目的を遂げて見せますから。……わたしにもプライドという物があるのでどんな方法でもとは言いませんが、必ず陛下の御子を賜って見せますから。だからどうかよろしくお願い致しますね」
「う、うん……ちなみに参考までに聞きたいんだけど、プライド的に問題があるのってどの辺りから?」
「そうですね。わたしが頭に紙袋を被って、そこに千聡の顔写真を貼って行為に及ぶくらいは許容範囲ですね。声も完璧にあててみせましょう」
…………ん? プライド?
「ちょっと待って、それってわりと限界超えてない?」
「そんな事はありませんよ。私の体を直接陛下に抱いていただくのですから、十分許容範囲です」
「……じゃあダメな範囲ってたとえば?」
「陛下の部屋のゴミ箱を漁って、使用済みのティッシュから精え……『ちょちょ、待った待った!』
「はい」
「うんわかった! この話は一旦置いとこう! 千聡、これからの予定ってどうするんだっけ!?」
全力で話を逸らしにかかると。千聡はいつもの調子で、冷静な声を発してくれる。
「明日の0時から二日目の会合がありますが、それまでは自由時間となっております。それまでに睡眠をとって頂くのと、他は魔王様がなさりたい事を言って頂ければ、なんなりと対応いたします」
部屋の時計を見ると、まだ夜明け前の午前3時だ。会合、早めに抜けてきちゃったもんね。
日本時間にしてもまだ昼の11時。寝るには早いし眠くもない。
「……リーゼ、なにかやりたい事ある?」
リーゼはたしかヨーロッパ出身だから、地元に近いのでなにかあるだろう。
そう思っての言葉に。リーゼは一瞬首をかしげ、やがていつもの元気な声を発するのだった……。
現時点での世界統一進行度……0.11%(西日本と小さな拠点がいくつか+小勢力三つ)
千聡の主人公に対する忠誠度……100%(カンスト)




