30 潮浬のストーカー?
わりと盛大な騒動があったパーティー会場を後にし、俺達は控え室となっている部屋へと向かう。
緊張が解けた空気の中、リーゼがいつもの明るい声を発した。
「さっきの先輩すごかったですね! 自分一瞬先輩の気配以外なにも感じ取れなくなって、焦りましたよ」
「あはは、陛下の悪口言われてつい熱くなっちゃってね」
どうやらリーゼが険しい表情をしていたのは、マフィアのボスを脅威に感じてではなく、潮浬のせいだったらしい。
「『あはは』ではありません。魔王様のお手を煩わせたのですから、反省なさい」
「そうでした。陛下、申し訳ありません……お詫びにわたしの体を『全然反省していないではありませんか!』
……なにはともあれ、パーティー会場での肌が粟立つような緊張感はすっかり消え。いつもの和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気が戻ってきた。和気藹々……だと思っておこう。
そんな感じで船内を歩いていると、不意に最後尾にいたリーゼがなにかに反応し、先頭にいる千聡に声をかける。
次の角を曲がった先で、誰かが待ち受けているらしい。
後ろからそんな事わかるのかなと思ったが。千聡は黙って頷くと、また緊張感を漂わせながら歩みを進める……。
千聡が先に角を曲がり。なにも合図がなかったので俺達もそれに続くと。たしかにリーゼが言った通り、俺達の部屋の前に二つの人影があった。
その姿を見るや、隣にいた潮浬が『ハァ……』と不機嫌そうなため息を吐く……。
……俺達の部屋の前で待ち伏せらしき事をしていた、二つの人影。
一人は船内にいるメイドさんとは違った服を。もっと上品で落ち着いた感じのメイド服を着たメイドさんで、もう一人は明るい髪色をした、20歳くらいに見える男性だ。
男性の方は潮浬の姿を見るや上品な動作で、流れるように片膝を床について頭を下げる。
『お久しぶりですディオネ様。この会にいらっしゃると聞いて、慌てて駆けつけて参りました』
千聡がそう訳してくれるが、ディオネはたしか潮浬の魔族名だ。
知り合いなのかと思ったが、潮浬の表情はなにやら不機嫌と言うか、迷惑そうである。
男性の挨拶に言葉を返す様子もない。
だが男性の方は気にした様子もなく。頭を上げると、さわやかな笑顔を潮浬に向ける。
サラサラな髪をしたモデルのような美青年で、タキシードをピシッと着こなした姿は、雑誌から抜け出てきたようだ。
物語に出てくる王子様とは、こういう人を言うのだろう。
魔王コスプレに着られている感がある俺とは雲泥の差である。
同じ男として、劣等感を抱く気にもならないほどの差を感じていると。男の人はメイドさんから小箱を受け取り。それを開いて、片膝をついたまま捧げるようにして潮浬に差し出す。
『これは心ばかりの贈り物です。あなたの美しい歌声に。大海のような雄大さと、深淵のように底知れない奥深さを併せ持った神の歌声にふさわしい品をと考え、特別に作らせました』
千聡の訳は事務的で一本調子だが、男の人の口調からは熱い情熱が伝わってくる。
俺も横から小箱を覗いてみたが。そこにあったのは濃い青色をした、水滴型の大きな宝石だった。
サファイア……だろうか? よく知らないけど、本物だったらとんでもない値段がすると思う。
だが潮浬はそんな宝石には目もくれず。スッと俺の腕を取る。
「陛下、参りましょう」
日本語でそう言って、まるで男の人など存在しないかのように。俺の手を引いて部屋へと向かう潮浬。
――男の人の横を通り過ぎた時に、縋りつくような声が発せられる。
『ディオネ様! お声をかけて頂きたいとは申しませんから、せめてこれだけでもお受け取りください。この青が貴女に似合うと思って、我が家に伝わる宝剣から外してネックレスに仕立てたのです!』
千聡の訳によるとそう言いながら、男の人は片膝をついた姿勢のまま体の向きを変え、潮浬に小箱を差し出してくる。
潮浬もさすがに男の人に視線を向け。右手で俺の腕を握ったまま左手を伸ばす……
『パシッ』
――物をはじく音に続いて、『キン』と澄んだ音を立てて首飾りが床を跳ねる。
そしてそれに重なるように、更に澄んだ声が……冷たく澄んだ声が発せられた。
『あいにくだけど。あなたがくれるどんな宝石やドレスの山よりも、わたしには陛下が泥靴でつけた足跡一つの方がずっと愛おしいのよ。以前にも話しましたが、わたしには心に決めた運命のお方がいるのです。その方の前で、他の男から貰ったプレゼントなど身に付けられるはずがないでしょう。誤解されると迷惑ですから、話しかけないでいただけますか』
突き放すようにそう言って。潮浬はフイと男の人から視線を切ると、俺の手を引いて部屋へと向かう。
部屋の扉をくぐる直前。俺は男の人ががっくりと床に崩れ落ち、その傍らでお付きのメイドさんが、悲しそうに主人の姿を見つめている光景を見た。
それは心が痛む光景で。潮浬の言い分も分からないではないけど、もうちょっと言い方があったと思う。それに、プレゼントを払い落としたのはさすがにやりすぎだ。
そんな俺の感情を敏感に感じ取ったのだろう。部屋に入って扉を閉めると、潮浬はおもむろに頭を下げた。
「申し訳ありません。陛下に不快な思いをさせてしまいました……」
マフィアのボスを殺しかけた時には下げなかった頭を、もうちょっとで千聡ばりの土下座を披露しそうな勢いで、深々と下げる。
「いや、それはいいんだけど……あの人はどんな人なの?」
「はい。古くはギリシャ神話にカリブデス……だったかな? そんなような名前で語られる幻獣の末裔で、今は滅びたどこかの王国だか帝国だかで公爵位を持っていた家柄の現当主でもあります。シャルナーク公爵家……だったかな?」
なんかものすごいざっくりした解説だ。興味がないのがよくわかる。
隣で千聡が補足を入れたそうにうずうずしているが、そこは今重要な所ではないので我慢してもらう。
「あの人潮浬のファンなんでしょ? プレゼントくらい貰ってあげればよかったのに」
「ファン……には違いないでしょうが。以前わたしのコンサートに来て一目惚れしたらしく、何度も求婚や贈り物をしてくるので、迷惑している所です。わたしには心に決めた人がいるからと、何度も断ったのですが……」
……若干ストーカー寄りの重めのファンといった所だろうか?
「でもそれにしたって、プレゼントを叩き落すのはやりすぎだったんじゃない?」
少し責めるような俺の言葉に、潮浬は目を泳がせ。なにかを言おうかどうか迷っている様子だった。
そしてしばらくの後。意を決したように、真剣な表情をして言葉を発する。
「陛下。わたしは、片想いをする辛さを他の誰よりもよく知っているつもりです。だからこそ望みがないのに気を持たせるような、そんな残酷なマネはしたくないのです」
「…………」
――潮浬の言葉に、俺は体に冷や水を浴びせられたような気がした。
潮浬が言う『残酷なマネ』。それは現在進行形で、俺が潮浬にしている事なのではないかと気付いたからだ。
……恐らく潮浬も、俺がこの考えに至ると分かっていたのだろう。だからこそ、言うかどうかためらっていたのだ。
それなのに俺は、一方的に潮浬を責めるような言葉を……。
俺が自責の念に駆られているのを察してか。潮浬は今まで見た事がないほど余裕がなく。慌てた様子で、必死に言葉を紡ごうと口を開くのだった……。
現時点での世界統一進行度……0.11%(西日本と小さな拠点がいくつか+小勢力三つ)
千聡の主人公に対する忠誠度……100%(カンスト)




