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18 彼女に少し嫌われよう

 俺は意を決して、千聡に電話をかける。


 呼び出しのコール音の間に、心を落ち着けよ『はい、魔王様』……うと思ったが、初めの一コールが終わらない内にテンション高めな千聡の声が聞こえてくる。


 思わず顔がにやけてしまいそうになるが、目的を思い出してなるべくっ気なく。ぶっきらぼうにを意識して言葉を発する。


「千聡、ちょっと用事があるから俺の部屋に来て」


 一方的にそれだけ言って通話を切ると。すぐさまベッドにダイブして、枕元にある漫画を手に取った。

 ほとんど同時に、千聡が部屋に入ってくる。


「魔王様、お呼びでございましょうか?」


 ……電話に出た時も思ったけど、いくら隣の部屋といっても速過ぎないだろうか?


 だが今はそんな事を気にしている場合ではないので、千聡の姿を見たい欲求を押さえ。ベッドに寝転がったまま漫画から目を離さずに、テキトーな感じを意識して声を出す。


「押し入れから、この漫画の三巻取って」


「はい、承知いたしました」


 千聡の返事と動く気配がし、間もなく枕元にうやうやしく本が置かれる。


「どうぞ」


「うん、ありがとう。もう帰っていいよ」


「はい。またなにかありましたら、いつでもお呼びだて下さいませ」


 ――『パタン』とドアが閉まる音が聞こえた所で、顔を上げて玄関を見つめる。

 そこにはもう千聡の姿はなく、胸をチクリと刺す痛みだけが残っていた……。


 重たい気持ちを振り払うように、ずっと様子をながめていた潮浬に感想を訊いてみる。


「今のどうだった? 好感度20ポイントくらい下がったかな?」


 だが俺の問いに、潮浬は悲しそうな表情を浮かべる。


「残念ですが、一ミリも下がってはいないかと」


「え、なんで? わざわざ呼びつけてつまんない用事をやらせたんだよ。しかも無愛想ぶあいそうに」


「あの子はそう思ってはいないでしょうね。『魔王様から直々にお召しを頂き、御用命を拝する光栄に浴した。しかもねぎらいのお言葉まで……』みたいな感じで、今頃感激と興奮に胸を躍らせているのが目に浮かぶようです。しかも『潮浬が近くにいたのに、わざわざ自分を呼んで頂けた……』とか思っていそうですね……なんか不愉快になってきました。陛下、わたしにもなにか所用をお命じくださいませ」


「いや、それ主旨しゅし変わっちゃってるから」


 よくわからない対抗心を燃やす潮浬をとりあえずなだめ。自分でも今のやりとりを検証してみる。


 ……そういえば千聡の声に不快な気配はなく、むしろ喜んでいるようですらあった。

 もう少しキツめにするべきなのだろうか?


 しばらく考えて、俺は再びスマホを手に取る。二回目でもまだ緊張するようで、指の震えを押さえつけて千聡に電話をかける。


『千聡、アパート出た所にある自販機でサイダー買ってきて』


 めいいっぱい平たい声でそれだけ言って、また一方的に電話を切る。


 緊張から解放されてベッドの上で脱力していると、30秒もしないうちに扉が開く音がした。ホントに速いな。


「魔王様、ご所望の品をお持ちいたしました」


「うん、そこに置いといて。はいこれ」


 そう言って、100円玉を親指で弾いて飛ばす。ちなみにこのサイダーは、一本130円だ。


 千聡は床に落ちた100円玉を拾うと。前と同じ事を言って部屋を辞していった。

 俺も同じく、胸を痛めて千聡が消えたドアを眺め。潮浬に感想を求める。


「今のはかなりだったでしょ? 名付けて、『パシらせた上にお金足りないし、対応も最悪作戦』」


「酷いです陛下、次は私にお命じくださいと申し上げたのに!」


「……いや、これ千聡の好感度を下げようとしてやってるんだからね?」


 なんか、この人に判断を仰いでいいのかどうか自信なくなってくるな。


「好感度……? ああ、そういえばそんな話でしたね。残念ですが、いささかも揺らいではいないかと」


「嘘でしょ? 完全にイジメレベルだったのに?」


「そうおっしゃられましても、あの子陛下から下賜かしされたコインを、それはもう大切そうに胸に抱いていましたからね。今頃部屋で眺めながら、一人でニヤニヤしているのではないでしょうか。うらやましい……」


 一体なにが羨ましいのだろうか? あまりの感覚のズレに眩暈めまいがしそうだ。


「俺的にはむしろ、好感度が下がりすぎて嫌われないか心配になるレベルだったんだけど?」


「残念ですが、陛下がお望みの効果は欠片かけらも得られていないかと。……やはりここは、もう一度呼びつけて『千聡、そこの壁に手を突いてパンツを下ろせ』の方が手っ取り早いと思いますよ。いきなりは不安でしょうから、まずはわたしで二・三回練習してみるのはどうでしょう?」


 ……この子は本当にブレないな。ファンの人達が聞いたら泣いてしまうんじゃないだろうか?


 なぜか期待に満ちた目を向けてくる潮浬の事はとりあえずスルーして、話を進める。


「今のでダメなら、どうすればいいの? あんまり酷い事をすると一気に嫌いまで行っちゃいそうだし……」


「先にも申し上げましたが、たとえ陛下にどんな事をされてもさせられても、あの子が陛下を嫌う事などないと思いますよ。むしろ陛下のご命令で苦痛や屈辱くつじょくを受けるなら、それが苦しければ苦しいほどに、自分がお役に立てているのだと感じて、幸福を覚えるでしょう」


「…………」


「逆に放置もおすすめできません。自分が陛下に必要とされていないと落ち込むでしょうが、それで自分の力不足を嘆きこそすれ、陛下に反感をいだく事などないでしょう」


「それじゃどうしょうもなくない?」


「そうですね。……せっかくですから、今だからできる昔話をいたしましょう。わたしが初めて陛下と出会った時。あの子はすでに陛下の隣にいたのです」


 よくわからないが、また例の魔族話がはじまるらしい。



 俺は気を強く持って。潮浬の話に立ち向かう覚悟を固めるのだった……。

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