17 潮浬のアドバイス
『千聡と恋人同士になりたい』
そう言った俺の言葉に、潮浬は『なんだ、そんな事ですか』と言って、楽しそうな微笑を浮かべながら鈴の鳴るような声を発する。
「でしたら今すぐにでも千聡を呼びつけて、『おい千聡、服を脱いでベッドに上がって足を開け』とでも命じてやれば、それで解決です。ちなみに『千聡』の部分を『潮浬』に変えてやるとわたしも喜びますので、すごくオススメです」
……真剣に聞く姿勢になっていたのに。あんまりな回答に思わず頭からテーブルに突っ込みそうになった。
「あの……なんか俺がイメージする恋人同士とちょっと違うみたいなんだけど?」
「男女での恋愛感の相違というのは、よくあるものだそうですよ」
それはそうなのかもしれないが、多分今はそういう問題じゃないと思う。
「そうじゃなくてもっとこう、普通にお互い好意を寄せ合う所からスタートしたいんだけど?」
「行為をするなら、普通に体を寄せ合うと思いますが?」
「いや、行為じゃなくて好意だから!」
「ああ、そっちですか。……ですが、千聡の陛下に対する好意はもうすでに上限いっぱいオーバーフローですよ。これ以上は寄せようがないかと」
「……いくらなんでも、そこまでじゃないんじゃない?」
「他人の事ですが、これは断言できますよ。お疑いなら、あの子を呼びつけてなにか命令してみればよろしいかと。世の中に、『主の命令なら何なりと』とか『一点の曇りもない忠誠を捧げます』とか言う配下はいくらでもいますが。私の知る限り、それを本当に口にする資格があるのはあの子だけです。あの子はどんな内容でも、陛下の命令とあればなんでもするし、させてくれるはずですよ」
「いや、さすがになんでもって事はないと思うけど……」
「なんでもですよ。もしあの子が陛下の命令を拒否する事があったら、代わりにわたしがやっても良いですよと言えるくらいにです。たとえば、さすがにこれは無理だろうという事などありますか?」
「…………跪いて足を舐めろとか?」
俺の言葉に、潮浬の表情がポカンとする。
いかん、調子に乗りすぎて引かれたか……。
「いや、そんなのむしろご褒美ではありませんか。許されるのなら、わたしが今すぐやりたいくらいです。舐めさせるのなら、赤く灼けた鉄塊とか、高圧電流が流れる裸電線とかでしょう。それでもあの子が拒否するとは思いませんが」
……この子、とんでもない事言うな。
「それなら、『魔王様じゃなくて名前で呼んで』ってお願いしたら、そうしてくれるかな?」
「それはまた微妙な所を突いてきますね……もちろん命令すればそうするでしょうが、多分とんでもなくぎこちないと思いますよ。あの子はなんでも器用にこなしますが、直接陛下に関する事だけはとんでもなく不器用ですから」
なんか、難易度の設定おかしくないだろうか?
「それってやっぱり、魔王と配下以外の関係にはなれないって事?」
「必ずしもそうではないと思います。上下関係をはっきりさせた上での愛人や世話係なら、それはもう完璧にこなすでしょうし、命じれば正妻も問題なく務めるでしょう。ですが、対等というのはどうでしょうね……」
「俺としてはむしろ、俺がちょっと下でもいいくらいなんだけど?」
これはわりと本心だ。少なくとも俺の中では、千聡は俺なんかとは不釣合いな高貴な存在なのである。
だが潮浬は、難しい表情をして考え込む。
「まさかよりによって、一番難しい所をご所望とは……」
「え、一番難しいの?」
「そうですね、間違いなく。わたしなら、たとえ陛下がマゾであってもお望みの関係を完璧に演じてみせる自信がありますが、千聡はね……」
……この子、ちょいちょい合間に自分推しを挟んでくるな。
「て言うかむしろ、対等のパートナーって一番普通の関係だと思うんだけど?」
「一般の人間同士ならそうでしょうが、千聡が陛下に向ける感情は主君に対する敬意や忠誠すら通り越して、神に対する崇拝にも等しいものです。それも心の奥底からの」
「神?」
「はい。王ならばまだ、恋愛の対象たりえるでしょう。ですが、神と恋人になりたいと考える人間はいません。信仰心が強ければ強いほど尚更です。触れる事すら恐れ多い、声をかけて頂くだけでも至上の喜びだと感じる相手と対等の恋人になるのは、とんでもなく難しい事ですよ」
「…………」
「可能性で言うなら。好感度の触れ幅がある分、昨日までの敵と恋仲になる方がずっと簡単です。そういう意味ではあの子は世界で最も、陛下との対等の恋人という位置からかけ離れた存在であると言えるでしょう」
……潮浬はなにか深刻に悩んでいる様子だが。今の内容をそのまま信じるなら、俺にとってはすごく簡単な話に思えてならない。
「それってつまり、千聡の好感度をちょっと下げてやればいいだけなんじゃないの?」
核心を突いたであろう俺の言葉に。しかし潮浬はありえない事でも聞かされたかのように、目を点にする。
「千聡の好感度を下げる? 陛下に対するですか?」
「うん、そうすれば対等になれるよね?」
「それは……理屈の上ではそうなりますが、現実的には不可能ではないかと……」
潮浬はなぜか否定的だが、人間好かれるよりも嫌われる方が簡単なはずだ。これは思わぬ所から、恋の突破口が見つかったかもしれない。
『早川千聡に、少しだけ嫌われる』
……あまり恋愛の目標っぽくはないが、いける気がする。
「潮浬、ありがとう! おかげで道が見えてきたよ」
「喜んで頂けるのは大変嬉しいですが……」
潮浬はなぜか浮かない顔だが、俺は早速スマホを取り出し。この前教えてもらった千聡の電話番号を表示させた。
――初めて好きな子に電話をするというのは思いの他緊張するものらしく。自然と正座の姿勢をとってしまう。
俺は震える指先を懸命に動かし。意を決して、通話ボタンをタップするのだった……。
※誤字報告を頂いた方、ありがとうございます。こっそり修正しておきました。