15 種族の本能
潮浬が去った部屋で、最近よく見る土下座ポーズをとる千聡。
俺はまだ戸惑いを残した状態で、問いを発する。
「どうして千聡が謝るの?」
「私が事前に、ちゃんとお話をしておくべきでした。まさかこんなに早く行動に出るとは思っておらず。見通しの甘さを、伏してお詫び申し上げます……」
「え、ええと……話って、さっきの潮浬の行動についてだよね? あれ、どこまで本気だったのかな?」
「全て本気であったはずです。魔王様、しばしご説明をする時間を頂けますでしょうか?」
「うん」
「ありがとうございます。……潮浬の種族は本来海に住み、この世界でいう人魚のような姿をしていました。そして種族はメスしか産まれず、他種族のオスと交配して子孫を残すという生態だったのです」
「うん?」
なんか一気にアレな話になってきたけど、とりあえず黙って聞く事にする。
「交配する相手は生涯ただ一人で、成人したら伴侶とする優秀な相手を探すために、一生をかけて世界を旅します。姿形を変え。陸上から水中まで、あらゆる所をです。本人によると、『産まれた時から運命の相手が決まっていて、その一人と巡り逢うために旅をする』のだそうですが、それが本当かどうかは分かりません。ただ、それほど一人の相手に執着するのは確かです」
「お、おう……」
「そして見つけた相手を手に入れるために、様々な能力も有していました。言葉に宿る魅了の力、相手の好みに合わせて姿を変える能力、催淫効果のある香りを放ち、果ては相手を無理やり手中に収めるための神経毒までです」
(神経毒?)
「今の体に残っている力は一部であるはずですが、それでも魅了の力はコンサートに集まった数万人を全員虜にするレベルです。魔王様も先程、催淫香と共に体験なさったかと思います……不覚にも、私も影響を受けてしまいました」
そういえば、潮浬の声は脳に響くくらいに官能的だったし、なんかすっごくいい匂いもした。意識が飛びそうになった気もする。
……でも、かわいい女の子にいきなりキスされて迫られたら、誰でもああなるんじゃないだろうか? ぶっちゃけ千聡に同じ事をされていたら、我慢できなかった自信がある。
これは魔族の設定と、現実を上手くリンクさせているのだろう。
そう頭の中で結論を出して、話の続きを聞く。
「潮浬は、一族でも当代最も優秀と評される存在でした。その潮浬が見初めた相手が他ならぬ魔王様だったのは、見る目は確かだったという事でしょう」
(え、なにこれ。褒められてるの?)
「前世において。潮浬は何度も何度も、先程のように魔王様にアプローチを続けていました。強引な手段を用いる事はせず、100年以上もずっと正攻法でです。その真摯さについては、私も評価する所です。……もっとも、強引な手段を用いるような事があれば、私が許しませんでしたが」
……寝起きを襲うのって、正攻法なのだろうか? そりゃまぁ、神経毒とかよりは強引じゃないだろうけどさ。
そう心の中で突っ込みを入れていると、千聡の表情が少し複雑なものに変わる。
「潮浬のアプローチはそれこそ何千、何万回と続きました。しかし、魔王様は潮浬を失いたくなかったのだと思います。ついにその想いにお応えになる事はありませんでした」
「失う?」
「はい。潮浬の種族は相手を見つけるまでは何百年でも生きる反面、相手を定めて交配すると、任務を終えたかのように十数年で死んでしまうのです。それは潮浬達にとっては本懐を遂げたという事であり、この上もなく幸せな事であるそうですが、私達にとってはそうではありませんからね……」
お、今『私達』と言った中には、千聡も含むのだろうか?
なんだかんだで、やっぱり仲が良いのかもしれない。
そんな事を考えていると、千聡は表情を戻して言葉を繋ぐ。
「潮浬の望みは、今も変わっていないでしょう。体も、おそらくは以前と同じ特性を有しているはずです。それを踏まえて、望みを叶えてやるかどうかは魔王様にお任せいたしますが、もし潮浬が魔王様のご意向に反して強引に関係を迫ってきたり。冷静さを失うような事があった時には、魔王様の方からあの子を抱きしめてやってください。そうすれば、魔王様に体を預けるように大人しくなるはずです。以前はよく、そうやって対処しておられました」
「う、うん……」
千聡は話を終えると、『もっと早くにお伝えしておくべきでした。申し訳ございません』と言って丁寧に頭を下げ。俺が無事かの再確認と、なにか用命はないかと質問をした後。迷惑をかけた事を改めて詫びて、部屋を辞していった。
……一人になった部屋で、俺は深々と考え込む。
魔族の生態とかは例の設定話だと思うんだけど、俺が潮浬に襲われかけたのは紛れもない事実だ。
あれも設定ありきの事で、直前でやめてくれた……ようにはどうしても思えない。千聡が止めに入ってくれなかったら、そのまま最後まで行っていた気がする。
上手く説明できないけど、そう確信させるだけのなにかがあった。
こんな事を言うと千聡達みたいだが、本能でそう感じたのだ。
千聡の説明を聞いても結局理解が追いつかず、困惑状態のまま。早朝からいきなり貞操の危機を迎えてドッと疲れた俺は、再びベッドに横になる。
さすがに二度寝はもう無理だったが、あれこれ考えながら一時間ほどが経った頃。不意に扉がノックされたので、体を起こして玄関へと向かった。
扉の鍵が壊れているのは、今朝潮浬が侵入した時の名残だろう。昨日リーゼに破壊されて千聡が直してくれた所だったのに、短い命だったな……。
そんな事を考えながら扉を開くと――そこには潮浬がいた。
一瞬固まってしまった俺に、潮浬は輝くような笑顔を浮かべて言葉を発する。
「陛下、少しお邪魔してよろしいでしょうか?」
「え……うん……」
そういえば『また来ますね』と言っていた気がするが、あんな事があって一時間後とか。いくらなんでも早過ぎないだろうか?
だがこれがアイドルパワーなのか、天使のような笑顔を向けられると断る事もできず。俺は潮浬を部屋へと招き入れる。
……ええと、襲われたら俺の方から抱きしめるんだっけ? ホントに効くのかな?
千聡に教わった対応を復唱しつつ。俺はテーブルを挟んで、緊張感満載で潮浬と向かい合うのだった……。