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13 400年来の宿願

「ん……ううん……」


 休みの日のなにが幸せかって。朝のベッドの中で好きなだけ目蕩まどろんでいられる、この時間だと思う。


 目を閉じたままタオルケットを手繰たぐり寄せ、寝返りを打って夏休みの自由を満喫まんきつしていると。ふっと鼻に、甘くて心地いい香りを感じ取った。


 ……最近、部屋に女の子が来るからだろうか? そんな事を考えながら二度寝を決め込もうとしていると。今度は鼻先にサラリと、なにかにでられたような感覚が走る。


 寝ぼけながら目を開けるのとほとんど同時に、くちびるに冷やりと。冷たくて柔らかいものが触れるのが感じられた……。


「――――むうぅっ!?」


 次の瞬間。眠気は一気に吹き飛び、俺はくぐもった叫び声を上げる。

 びっくりするくらい近くに潮浬の綺麗きれいな顔があり、くちびるに触れている冷たいものが、潮浬のくちびるだと気付いたからだ。


 ――俺が目覚めたのに気付いたのだろう。潮浬が少し顔を離し、アイドルらしい穏やかで優しそうな。輝くような微笑を浮かべて言葉を発する。


「おはようございます魔王陛下。お目覚めはいかがですか?」


「し、潮浬……なにしてるの?」


「はい。陛下に朝の挨拶あいさつを申し上げようかと思いまして」


 そう返事をすると、潮浬は枕に沈んだままの俺の頭部に手を添えて。再び顔を近付けてくる……。


「ちょ、待っ むぐぅ!」


 再びくちびるに感じる柔らかい感触と共に、鼻先に潮浬の前髪が触れ。甘くて爽やかな香りが漂ってくる。


 寝起きに感じたのはこれだったのかと納得する間もなく。潮浬の舌が俺の口内に進入しようと、歯列に圧力をかけてきた。どこの星の挨拶だ。


「むううぅぅぅ!」


 小柄な潮浬だが、力は案外強いのか。逃れようと体をよじっても、頭を浮かせる事すらできなかった。

 逆に潮浬の舌は、声を上げようとした隙を突いて俺の口内へと侵入を果たし。冷やりとした舌が俺の舌を絡めとるように、なまめかしく動く。


 ――それは脳がしびれるような感覚を伴い、理性が消し飛びそうになってしまう。……しばらくして潮浬はゆっくりとくちびるを離すと、俺の目をまっすぐに見て言葉を発した。


「陛下。わたし、陛下の子供を産みたいのですが」


「――は?」


 くちびるを解放されて一息つく間もなく、脳を揺らすような言葉が飛び込んでくる。


「前世ではついに叶わなかった夢ですが、こうして再びこの世界で再会できたのです。これも運命と思って、わたしに陛下の子を産ませてください」


 ……この子は一体、なにを言っているのだろうか?


 潮浬は現役のアイドルだ。男女交際だけでも大きなスキャンダルになるだろうに、子供って。それにそもそも、中学生だって言ってなかったっけ?


 さすがに冗談だろうと思って潮浬を見ると、俺の頭に右手を添えたまま。左手だけで器用にシャツのボタンを外しはじめている。

 ……いかん、なんか目が本気だ。


「ちょ、ちょっと待って潮浬。一旦落ち着こう。うん、落ち着こう」


「こういう事は勢いでやってしまったほうが良いと聞きます。先程の反応を見るに、陛下も初めてのキスでしたよね? この体でのお互いのファーストキスを交換できて、光栄の至りです。次の初めてもお任せください。わたしも初めてですが、予習は万全ですからご安心を」


 耳元で響く甘い声。なにを安心すれば良いのかさっぱり分からない。


「いや……さ、さすがに昨日会ったばかりでいきなりこんな事するのは、どうかと思うんだけど?」


「いきなりではありませんよ。陛下は忘れてしまっておられるようですが、前世から数えて100年以上も想い続けてきたのです。100年来の初恋なのですよ……」


「う、うん……?」


 なんか『忘れている』と言われてしまうと、こっちが悪いような気がしてくるのが怖い所だ……『って、どこ触ってるの!?』


「陛下……今のわたしは、昔の力の多くを失ってしまいました。陛下のお好みのままに姿を変える事も、お望みの夢を自在に見せる事も叶いません。ですが多少なりとも力は残っていますし、この体でも知識と技術の習得には努めてきたつもりです。男相手は経験がありませんが、アイドル仲間の女の子何人かで試してみたら問題なく魅了みりょうできましたし、ついでに本番の練習も重ねてきました。ですから、陛下にも相応の快楽はお約束できるはずですので……」


 潮浬はそう言いながら、俺の服の下に手を滑り込ませてくる。

 逃げようとするが、体がしびれたように力が入らず。意識は甘いピンク色の世界に引き込まれていくようだった……。


「魔王様!」


 ――消えかかっていた理性が、ドアが開く音と千聡の声とで呼び戻され。少し意識が現実に帰ってくる。


「ちっ、もう気付かれたか……」


 潮浬が少し顔を上げ。アイドルにあるまじき発言をしながら飛び込んできた千聡を見る……いや、今まで大体全部アイドルにあるまじき行為だったけどね。


「――魔王様の叫び声が聞こえたので来てみれば、貴女またそのような事を!」


(また?)


「悪いけど邪魔しないでもらえるかしら? わたしは今から100年来の想いを。産まれてこの方、400年来の宿願しゅくがんを遂げる所なのだから」


「なにが宿願ですか! 魔王様の記憶がないのをいい事に、このような真似を!」


 千聡がすごい剣幕で歩み寄ってきて、潮浬の肩に手をかける。


「あん。ちょっと、そんなにかなくたっていいじゃない。ほら、あなたにもお裾分すそわけあげるからさ」


「な――むぐっ!」


(うわぁ……)


 潮浬がサッと千聡の体を抱き寄せ。俺の目の前で、美少女二人のキスシーンが展開される。


 それは思わず目を奪われて見入ってしまうほどに、美しい光景だった……。



 ……その間何秒だったのか。ずいぶんと長く感じたが、やがて潮浬はゆっくりとくちびるを離し、千聡のこしに回していた手をほどく。


「どうだった、陛下との間接キスの味は?」


「なっ――!」


 解放された千聡は口を押さえ、顔を真っ赤にして部屋の端まで後ずさる。……今の、俺との間接キスって扱いになるのだろうか?


 どう見ても潮浬と千聡の直接キスだったと思うのだが。顔を耳まで真っ赤に染めた千聡は、引きつった声を発する。


「――あ、味って。そんな……」


(あれ?)


 なんか千聡の様子がおかしい。

 今までのイメージだと、真面目な千聡が烈火のごとく怒るのかと思ったが。意外なほどに純情な反応だった。


「大丈夫よ、女同士はファーストキスにカウントしないから。あなたの事だから、どうせその体でもこの手の経験皆無なんでしょ? そうやってずっと受身でいて、いつか陛下の方から求めて下さるのでも待っているのかしら? ふふっ、いつかそんな日が来るといいわね」


 挑発するような潮浬の言葉。だが千聡は、ただ黙って立ち尽くすだけだった。


(……この二人、仲が良いって訳でもないのかな?)


 そんな疑問が浮かんでくるが。千聡からの反論がないと見た潮浬は、視線をこちらに戻す。とても中学生とは思えないような、妖艶ようえんな空気をまとって見えた……。


「わたしは陛下が他に何人女を囲おうと、わたしをその中の一人に加えてくださるのであれば、なにも文句はありませんから。陛下さえよろしければ、千聡の事も可愛かわいがってやってくださいね」


(……なに言ってるんだこの子?)


「――さて、うるさい小姑こじゅうとは沈黙したようですし。これで晴れて陛下の子を授かり、産み育てる事ができるというものです」


 潮浬はそう言いながら嬉しそうにシャツをはだけさせ。俺の体に馬乗りになるように、体を寄せてくる。



 お腹に、かすかに潮浬の重さが感じられた……。

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