111 新たな配下と深刻な事情
リーゼを喜ばせたり、俺の意識が遠ざかったりしながら30分ほどが過ぎた頃。
一時間の期限を待たずに、エミクーシさんがやってきた。
戦いの時に着ていた鎧ではなく、死ぬほど似合っていないスーツ姿だ。
……今更思ったが。この地下拠点の通路や扉が大きいのは、豪華さの演出や荷物を運ぶためではなく、エミクーシさんの体格に合わせてあるのかもしれない。
そんな事を考えていると、エミクーシさんは西洋の騎士がやるように。床に片膝をついて頭を下げる。
『一騎打ちでの敗北を認め、約定に従って服属の誓いを立てに参りました。どうか我が忠誠をお受け取りください……』
厳粛な声で発せられた言葉と共に。後ろでは数十人の部下達も一斉に頭を下げる。
どうやら無事に理想通り。一人も死なない穏便な結末を迎えられたらしい。
『うん、これからよろしくね』
無難な返答を潮浬に訳してもらい。これで正式な主従関係が結ばれた……のだと思う。
あとは細かい調整や交渉なんかもあると思うが、事前の打ち合わせで千聡に全部任せる事になっている。
俗に言う丸投げというやつだ。
得意分野らしいし、本人もやる気満々だったので任せて安心である。
大船に乗った気持ちでソファーに体を沈めていると、千聡がよそ行きの声と言うのだろうか? ちょっと格式ばった声で言葉を発する。
『エミクーシ殿には魔王様の下でこれからも引き続き、アフリカ全域における魔族勢力の指揮管轄をお願いします。他地域との交渉事や人間に新規の影響を及ぼす行為は、こちらを通して行ってください』
……その言葉からしばらくの間を置いて、エミクーシさんが不思議そうな表情で顔を上げる。
『それだけですか? 上納金や人質、無礼を働いた息子への処罰などは?』
『魔王様の寛大な御心により、全て必要ありません。今後なにかあれば追って連絡しますし、そちらも定期的な報告の他、相談事があれば連絡を送ってください。魔王様は寛容で慈悲深い方ですから、配下が抱える問題にも心を砕いてくださいます』
その言葉に、エミクーシさんの目が一瞬揺れた気がした。
……俺が気付いたくらいだから、当然千聡も気付いただろう。
だがエミクーシさんはなにも言わずに再び顔を伏せてしまったので、千聡が言葉を続ける。
『例えば、経済的な問題などでもです』
『――――』
エミクーシさんがハッとしたように顔を上げて千聡を見。千聡はそれで確信を深めたように言葉を続ける。
『貴方を探して拠点内を歩きましたが、調度品を始めとして物が極端に少なかったですからね。武器庫の武器も、配下に持たせているのかと思いましたが、そうではなかった。かと言って、移転が準備されている様子も見受けられませんでした』
……ああ、そういえば殺風景な部屋が多かった気がする。もしかして、お金に困って売ってしまったのだろうか?
気まずそうに視線を逸らすエミクーシさんを見ながら、千聡の言葉はさらに続く。
『最初に交渉を持ちかけてきたのも、配下の方が先走って私達を待ち伏せしたのも。金策のためだったのでしょう?』
千聡の言葉にエミクーシさんはしばらく黙っていたが。やがて観念したように一つ息を吐き、話をはじめる。
『おっしゃる通りです。最近は雨が少なくなり、昔は400キロも南に行けば草や木が生えていて放牧ができたのに、今は600キロ行かないと緑を見る事もできない。この100年の間に、人間が100万人以上死ぬ大きな旱魃が二度もありました……』
エミクーシさんは悲しそうな目をして、わりとショッキングな話を語っていく。
『砂漠が広がる一方で人間の数は増え続け。満足に食事もできない人間が増える状況で、人間と関わる仕事はどんどんやり難くなっていき。おまけに最近は飛行機が数時間で砂漠を越え。トラックや鉄道が速く大量の荷物を運ぶ。俺達が隊商を組んで、何日もかけて砂漠を渡る必要などなくなってしまった……』
エミクーシさんはそう言って、寂しそうな表情を浮かべる。後ろの部下の人達も辛そうだ……。
……話を聞いて大体判明した事情によると。エミクーシさん達の勢力は環境の変化と文明の進歩によって収入源を失い、経済的に苦しくなっていたらしい。
そこで新興勢力である俺達に。……多分お金を持っていそうな千聡に目をつけて、接触しようとしたという事のようだ。
どんな条件を想定していたかは分からないけど。息子さんが強硬手段に出たのが暴走だったという事は、少なくとも当初の想定は悪意のない。普通の交渉だったのだと思う。
もしかしたら下手に出て傭兵みたいな契約をしようとしていたので、それへの反発もあって暴走に至ったのかもしれない。
そう考えると、なんだかかわいそうだ……。
「……ねぇ千聡。ちょっとだけでも助けてあげる事ってできないかな?」
俺がお金を出せる訳ではないので遠慮がちに言うと、千聡は我が意を得たりとばかりに表情を明るくする。
「承知いたしました。魔王様のご温情が、あまねく一帯に行き渡るようにいたしましょう」
なにやらテンション高めにそう言うと、エミクーシさん達に向かって言葉を発する。
『魔王様の慈愛に満ちたご意向により、貴方達の財政はこちらで補助致しましょう。差し当たり当座の資金を魔王様がご下賜くださいます』
――え? 俺お金なんて持ってないよ?
潮浬が訳してくれた言葉に慌てるが。千聡はカバンから小さな布包みを取り出すと、そっと開いて俺に渡す。
「これを与えてやってください」
そう言われて渡されたものを見ると。緑色の柔らかい布に包まれた透明で小粒な石が、5・6粒……この特徴的な形は、もしかしてダイヤモンドだろうか?
小粒と言っても、宝石だとすれば結構な大きさがある。
こぼさないように気をつけながら立ち上がろうとした時。千聡の合図でリーゼがスッとやってきて俺の手から布を受け取り、エミクーシさんの元へ運んで、床に片膝を着いた状態のエミクーシさんに立った状態で渡す。
……いかにも主人から部下に与える場面といった感じだが。これ、一旦俺に渡す必要あったのだろうか?
最初から、『千聡』―『リーゼ』―『エミクーシさん』の流れでよかった気がしてならない……。
まぁ、『魔王から下賜される』という建前上。必要なワンクッションだったのかもしれないけどさ。
受け取った宝石を見て、目を見開いて驚いているエミクーシさんに。千聡は重ねるように言葉を発する。
『継続的な財政基盤については、追って検討しましょう。他になにか話す用件はありますか?』
『――い、いえ。こちらからはなにも……』
その言葉を受けて千聡が俺を見るが、俺も別になにもない。
俺の反応でそれを確認したのだろう。千聡は『では、今回の会談はこれまでといたしましょう』と言うと、エミクーシさん達に背を向ける。
どうやら話は終わったようなので俺も席を立ち。潮浬とリーゼに前後を守られながら、地上への道を戻っていく。
しばらくして我に返ったのか。エミクーシさん達が慌てて追いかけて来て、車に乗って発車する所まで丁寧に見送ってくれた。
……そうして、今回のアフリカ旅行の日程を終え。
新たな配下の獲得という成果と、潮浬との買い物を襲撃した黒幕という謎を残しつつ。
地上の暑さと乾燥でまたぐったりしている潮浬を気遣いながら。俺達は日本への帰路につくのだった……。
現時点での世界統一進行度……3.47%(+3.22%)
・日本の魔族勢力を全て配下に
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を正式に配下に
・天川さんを仲間に
・アフリカ全土の魔族を配下に(まだやや不安定)
千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト『まさか半日でエミクーシ殿を配下に収めてしまうとは。魔王様の御威徳はどれほどの物なのか、凡百な私には推し量る事も叶わない……』忠誠度上昇




