11 魔族と妖怪
リーゼと潮浬のコンサートが終了する頃。気がついたら、車は人里離れた山道を走っていた。
「……ねぇ千聡、ここってどこ?」
「京都市北部の山中になります」
「おお、京都なんだ」
俺が住んでいる場所は京都の東。日本で一番大きい湖のほとりなので、近場の小旅行としては妥当なコースだ。
……ただ、窓の外の景色は京都の街中ではなく。完全に山の中である。
とりあえず、お金を下ろす場所とかはなさそうだ。
一応、山の奥にもお寺とかの観光地があった気がするけど。千聡はそっち系の趣味なのだろうか?
なんとなく、中二病とも相性がいい気がするし。
そんな事を考えていると、車は山道をさらに逸れ。道が柵でふさがれている所を開けてもらって、さらに奥へと進んでいく。
私有地とか、そんな感じだろうか?
「間もなく到着します」
薬の調合作業を終えた千聡が言葉を発すると、潮浬とリーゼがそれぞれの武器へと手を伸ばす。
……あくまで護衛のためであって、殴り込みとかじゃないよね?
「――そうだ、千聡。俺はなにをすればいいとかある?」
「魔王様は私達の主として。堂々と構えていてくだされば、それで十分でございます。交渉事などの些事はこちらで対応いたしますが、なにかご意見などございましたら、いつでもおっしゃってくださいませ」
なるほど。要は例によって、座っていればいいだけらしい。まだ魔王初心者である俺への配慮だろうか?
これから会うのはたしか、『西日本の魔族を統べる長』とか言っていた気がするが、千聡の妄想趣味仲間なのか。あるいは、雇われた役者さんとかなのか。
その辺を見極めてみようなどと考えていると、車はゆっくりとスピード落とし、なんかすごく立派な日本家屋の前で停止した。
千聡達が先に車を降り、俺は千聡にドアを開けてもらって車を降りると。暑い夏の盛りだというのに山の上の空気はわずかに涼しく、普段はうるさいセミの声も、どこか風流に感じられる。
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
その声に視線を移すと、出迎えてくれたらしい男の人が三人。千聡と話をしていた。
三人ともガタイがよくて黒スーツ。おまけに顔まで怖いので、なんか威圧感がすごい……でも、物腰は丁寧だ。
三人に案内されて立派な日本家屋に入り、廊下を歩いて案内された先は。これまた立派な和室だった。
真新しい畳のいい香りが、部屋いっぱいに満ちている。
部屋には大きな座卓が置いてあって、手前側に座布団が四つ。
正座か胡坐か迷ったが、厳粛っぽい雰囲気に釣られて正座にした。
『堂々と』とは言われているけど、別に横柄な態度が魔王っぽい訳でもないだろうし。キッチリしているのはそれはそれで、堂々として見えるだろう。
……まぁ、足がしびれたら崩すけどね。
俺の左に千聡が。右に潮浬とリーゼが座り、案内してくれた男の人三人は座卓の向こう側に、少し下がって正座をする。座布団もなしだ。
「玉藻様は間もなくお越しになりますので、しばらくお待ちください」
男の一人。真ん中のリーダー格っぽい人がそう言葉を発する。
玉藻……なんか聞いた事ある気がするな。尻尾が多いキツネの妖怪だったかな?
そういえば千聡が、魔族と妖怪は同じ存在だというような話をしていた気がする。
「……ねぇ千聡。あの男の人三人もなにか特別な存在だったりするの?」
「はい。三人とも魔族で今は人間の姿をしていますが、この世界の呼び名で言うと、左から『土蜘蛛』『天狗』『鬼』に該当します」
……うん。なんとなくそんな答えが返ってくる気はしていたけど、案の定だった。
とりあえず外見的にそれっぽいのは、土蜘蛛さんがちょっと毛深いなって事くらいだろうか?
そんな事を考えながら出されたお茶を飲もうとしたら、千聡に『魔王様。ここは友好的であるとはいえ、他勢力の拠点です。出された飲食物に口をつけるのはご自重ください。喉が渇いておられるのなら、こちらを……』と言われて、魔法瓶から持参のグラスに冷たい緑茶が注がれる。
さすがにちょっと失礼なのではないかと思ったが、男の人達も別段気にした様子はない。
そういう設定なのかなと納得して千聡のお茶を味わっていると、奥の襖がスッと開かれ。お付きなのだろう小柄な女の人と一緒に、綺麗な着物を着た長い銀髪の女の人が姿を現した。
「玉藻様」
黒服の男の人達が一斉にそちらを向いて深々と頭を下げるので、俺も釣られて頭を下げそうになったが。千聡達が普通にしているのに気付いて、ギリギリで止まった。
この辺の空気感難しいな。
「……すまんが、体調が優れんので楽な姿勢で失礼するぞ」
――銀髪の女の人はお付きの人に寄り添われるようにして、肘掛みたいなものに体を預けつつ、俺達の正面に座る。
大人びた雰囲気と、着物を着崩す感じで纏っているせいで、なにやら妖艶な感じがする美人さんである。
とはいえ、お付きの人がすぐに肩から布をかけたので、体調が悪いのは本当なのだろう。金糸を使って刺繍がされた、これまた綺麗な布である。
お付きの人はそのまま、玉藻さんから半歩下がった所に正座をしたが。俺と目が合った瞬間、顔色を変えて頭を下げた。
「りゅ、竜神様……」
……あー、うん。千聡によると俺はドラゴンの血を引いているらしいから、日本風に言えば竜人なのだろう。
さすがにそろそろ慣れてきたなと思っていると、俺の隣で千聡が言葉を発する。
「ご無沙汰しております玉藻殿。お体の具合はいかがですか?」
「お主の薬のおかげでまずまずじゃ、どうにか命は繋げておる」
「それはなによりです」
「うむ……して、今日は何の用じゃ? お主が仲間連れとは珍しいのう」
「はい、本日はご提案があって参りました。ですがその前に、こちらの方は私の主君。魔王アドラスティア様です」
紹介されたので今度こそ頭を下げるべきかと思ったが、玉藻さんがじっとこちらに視線を向けているのに気付いて、俺もそれに向き合う事にした。
部族長同士の腹の探り合いみたいなイメージだろうか? ただ堂々としているだけというのも、意外と難しい。
「……なるほど。主を探しておると聞いておったが、見つかったか。よかったではないか」
「はい。つきましては本日の用件ですが、玉藻様にも魔王様の配下に加わって頂きたく、お願いに上がりました」
「なに……」
――瞬間、部屋の温度が10度ほど下がったような緊張感が張り詰め。玉藻さんの視線が鋭くなり、後ろの三人が殺気立つ。
……これ、演技だよね? なんかやたら迫真だけど……っていうか、こっちでは潮浬とリーゼも武器に手をかけているけど、ほんとに大丈夫だよねこれ?
俺はめいいっぱいの不安に襲われるが。それでも表情を変えないように、平静をよそおい続ける。
これが今の所、千聡から求められている唯一の事だから……。




