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10 ミニコンサート

「魔王様、こちらへどうぞ」


「う、うん……」


 半日の旅行に行く計画が決まってから、およそ10分。アパートの前庭に横付けされたのは、黒塗りの大きな車だった。


 普通の車の1.5倍くらいありそうな長さで。千聡が開けてくれたドアはすごく分厚い。いわゆる防弾車というやつらしい。

 ……10分で来たという事は、近くに待機させていたのだろうか?


 若干引き気味で乗り込むと。中はローテーブルを挟んで前後に向かい合うように座席……というよりも、ソファーが置かれている。

 車の中というよりも、小さな応接室みたいな雰囲気だ。


 俺は、多分上座に当たるのだろう。進行方向を向くソファーに座らされ、なぜか大き目のギターケースを抱えたリーゼが対面に。これまた身長くらいもある、布が巻かれた長い棒を持った潮浬が俺の隣に座るが。潮浬は荷物を取りに部屋に戻っていた千聡によって移動させられ。リーゼの隣に納まった。


 結果、進行方向を向いたソファーに俺一人。向かいのソファーに、左から千聡・潮浬・リーゼが並ぶという、アンバランスな配置になる。


 普通に二対二で良かったと思うんだけど……。


 そんな俺の疑問をよそに、ドアが閉められ。車内通話器みたいなので千聡が一声かけると、ゆっくりと車が動き出す。


 ……千聡達の後ろ、前方に進行方向の風景が見えるが。なんかやたら視界が広いなと思っていたら、どうやら車幅いっぱいに設置された画面に映された、映像であるらしい。


 どうりで運転手さんの姿がないと思った。どうやらここは運転席とは完全に隔絶された、独立空間らしい。


 画面を見ていると車は順調に走り、曲がったりもしているが。体にはほとんど揺れも遠心力も感じない。すこぶる快適な乗り心地だ。


 ……乗り心地はとても快適なのだが。正面に千聡たち三人がずらりと並んでじっと視線を向けられていると、なんだかとても緊張して落ち着かない。


 千聡は『到着まで二時間ほどの予定ですので、ゆっくりおくつろぎ下さい』と言って飲み物を出してくれ。これから向かう先で必要になるからと、さっき抜いた俺の血を使って薬の調合をはじめた。


 なにやらとても真剣な表情なので。邪魔しない事にして、潮浬とリーゼに話を向ける。


「ねぇ潮浬。その長い棒なに?」


「これですか? 短槍ですよ」


「たんそう?」


「はい。わたしこう見えて、昔は槍を扱わせたら魔族随一と評される腕前だったのです。この体では昔ほどとはいきませんが、護衛のお役には立つと思いますよ。いつか機会があったら、槍術をご覧に入れますね」


「う、うん……」


「先輩の槍は凄いんですよ! 自分、銃相手なら10や20に囲まれたってどって事ないですけど。槍を構えた先輩と対峙したら本気になりますもん! 銃の弾なんて真っ直ぐにしか飛んでこないですけど、先輩の槍はよけたはずなのに、角度を変えて襲ってくるんですよ!」


 リーゼが、なぜか嬉しそうに補足を入れてくれる。


 相変わらず千聡の仲間達からは斜め上の返答が返ってくるが、まさかあっちも……。


「……ねぇリーゼ、そのギターケース何が入ってるの?」


「これは剣ですよ!」


「けん?」


 おおう、やっぱり斜め上の答えだった。


 リーゼはハードタイプの大きなギターケースを持ち上げ。頭の部分を触ると、本来開かない方向にケースが開き。中からスラリと、長い曲刀きょくとうを引き抜いた。


「これ、家の宝物庫にあったのを持って来たんですけど。昔閣下から頂いた剣に似てると思いません?」


 ……嬉しそうな顔でそう訊かれても、記憶がないので思いませんが。剣は日本刀のように細身で、反りがかなり強い。

 半月刀というやつだろうか?


 というか、リーゼの家に宝物庫なんてスペースがあるのがびっくりだ。さすが貴族のお嬢様。


 本人はどちらかと言うと体育会系で行動派なイメージだが。まぁ、そういうお嬢様もいるのだろう。

 それよりも問題は……。


「えっと……どうしてギターケースに刀が入ってるの?」


「そうなんですよ、聞いて下さいよ閣下! この世界ではほとんどの国で、剣を持って歩いているだけで警察に捕まっちゃうんですよ! だから一見わからないように、師匠が作ってくれたんです!」


 ……いや、そりゃそうだろう。むしろ刀を持って歩いて、なにも言われない国のほうが怖いわ。江戸時代か。


 心の中でそんなツッコミを入れていると、リーゼはますます嬉しそうに言葉を繋ぐ。


「一応、偽装のために本物の楽器も入ってるんですよ」


 そう言って刀をしまい。正規の場所からケースを開けると、中からバイオリンを取り出した。一メートル以上あるケースと中身の大きさが、思いっきり不釣合いである。


「……あら、それストラディバリウス?」


 リーゼのバイオリンを見て、潮浬が声を発する。なんか聞いた事があるような気がする響きだ。


「え、よく知らないです。家にあったのを適当に持って来たので」


「そっか……千聡、あなたならわかるでしょ。これ本物?」


 潮浬の問いに、千聡は調合中の薬から目を離す事なく、作業をしながら答える。


「以前に見ましたが本物ですよ。価値は200万ユーロほどでしょうね」


「……それって、おいくら万円くらい?」


 俺の問いに。千聡は調合の手を止めて姿勢を正し、しっかりと俺に視線を向けて言葉を発する。

 なんか、潮浬の時と対応が違い過ぎないだろうか?


「今のレートで、2億4000万~6000万円ほどになります」


「……におく?」


 ちょっとピンとこない金額だ。俺はなんか、この世のものではない物体を見るような目でバイオリンを見るが、リーゼも潮浬も特に変わった様子はなく。千聡も何事もなかったかのように、調合作業に戻る。


 ……そりゃまぁ、千聡はお金持ちみたいだし。人気アイドルの潮浬はいっぱい稼いでいそうだし。リーゼは貴族のお嬢様らしいから、驚くような金額ではないのかもしれないけど……いや、驚くような金額だろ?


 俺が呆然としていると。千聡が相変わらず、手元から目を離さずに言葉を発する。


「リーゼ、魔王様のために一曲演奏して差し上げなさい」


「いいんですか!」


 リーゼはなにやら嬉しそうな声を上げ。意気揚々とバイオリンを肩に当てる。俺はそんな高い楽器使っていいのかと、胃がキリキリする。


「あれ、リーゼちゃんバイオリン弾けるの?」


「はい、子供の頃に習ったので一応は。理屈はよくわからなかったですけど、感覚で覚えました!」


「へー、リーゼちゃんらしいわね。じゃあわたしが歌ってあげる、なに弾ける?」


 なんだかトントン拍子に話が進んでいくが。潮浬の歌って高倍率の抽選を突破した上で、高いお金を払わないと聞けないものなんじゃないだろうか?


 俺がそんな事を考えている間に、曲目はリーゼの故郷である東ヨーロッパの歌。チェコ(ボヘミア)を流れる川を歌った有名な作品で、日本語の歌詞もある曲に決まったらしい。


 リーゼがスッとバイオリンを構えると、なんか今までの勢いに満ちた元気少女のイメージが一転。雪山にそびえ立つ大木のような、静かで堂々とした重厚感を漂わせる。



 ――リーゼがゆっくりと演奏をはじめ、潮浬がそれに合わせて、水晶のように透明な。それでいて力強い声で、朗々と歌詞を歌い上げる。


 それは音楽にあまり興味がない俺ですら魂を揺さぶられ、聞きれてしまうほどの圧倒的な魅力があった。

 千聡も一時ひととき手を止めて、じっと聞き入っている。


 ……これ、とんでもなく贅沢ぜいたくな時間なんじゃないだろうか?


 潮浬の歌声はもちろんだが。リーゼの演奏も心に響き、鳥肌が立つような感じさえする。


 演奏が終わるまでの時間、幻想的とさえ言えるような時が流れ。音が鳴り止むと同時に、俺は自然と手を叩いていた。

 なんか、とんでもなく豪華なミニコンサートだった気がする。


『――二人とも、すっごく良かったよ』と心の底からの素直な賞賛を口にすると。リーゼは『えへへ……なんか照れますね』と言って顔を赤くし。潮浬は『陛下のお気に召して光栄です。よろしければいつでもお聞かせしますから、ご所望くださいね』と言って、とても御機嫌だ。



 ちなみにその後。褒められて気を良くしたらしいリーゼと潮浬によって、アンコールがくり返され。なんだかとても贅沢で優美な時間を過ごすうちに、車は目的地へと近付いていくのであった……。

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