1 運命の出会い
……その出会いは、本当に特別だった。
高校一年の夏休みに入って間もない7月の下旬の暑い日。それまで恋愛事とは無縁に生きてきた俺は、人生で初めての恋を。運命を変える出会いをしたのである。
その日。地方の小さな駅前通りを歩いていた俺は、前からやってくる黒髪の美少女を一目見た瞬間。心臓が『ドクン』と音を立てるのを感じ、すれ違うまでには恋に落ちてしまっていた。
突然の衝撃にとっさに声を発する事もできず。せめてもう一度後姿だけでもと振り返った俺の目に、なぜか少女もまた、鏡でも置いたかのように同じ動作でこちらを振り返る姿が映る……。
少女はゾクリとするほど整った目鼻立ちに、近寄り難ささえ感じさせる高貴な雰囲気を身にまとい。身をひるがえしたせいで大きくなびいた黒髪は艶やかで美しく、俺にピタリと視線を合わせて驚愕に目を見開く表情も……
「――魔王様!」
「え?」
一瞬の間を置いて。俺が仰ぎ見るような気持ちで眺めていた少女は、鈴の音のように澄んだ声で叫ぶと同時に俺の足元に跪き。頭を地面に着きそうなほどに下げる。
「お探ししておりました、魔王様! この日の来る事をどんなに……どんなに夢に見た事か……」
まるで劇の台詞のように強く感情が込められ、後半は涙声になってしまっているその言葉。地面にひれ伏したまま本当に肩を震わせて泣いている様子の少女を前に、俺の頭は激しく混乱する。
一瞬、走って逃げるという選択肢さえ浮かんだが。それをしなかったのは多分、その時点でもう俺が彼女に一目惚れをしてしまっていたからだろう。
「……と、とりあえず頭上げてよ。みんな見てるしさ」
動揺を押さえてなんとかそう口に出すと、少女はハッとしたように顔を上げ。周囲に視線を走らせる。
「――っ、申し訳ございません。場所を変えましょう」
いくら人通りの少ない田舎の駅前とはいえ。すでに結構な数の通行人が、何事かと足を止めて俺達に視線を集中させていた。
俺は立ち上がった少女に軽く頷き、人目を避けるようにその場を離れる……。
……そんな訳で、運命の出会いから5分くらい。俺は出会ったばかりの美少女に恐る恐るといった感じで服の裾を掴まれながら、人通りの少ない道を歩いている。
少し目を伏せ。半歩後ろを縋りつくようにして付いてくる少女は、第一印象の凛々しい様子と違って、どこか気弱そうに見えた。
まぁ、いきなり道の真ん中で『魔王様!』とか叫んで跪き。道行く人の注目を一身に浴びてしまったのは、さすがに恥ずかしかったのだろう。
……しばらく歩いて落ち着いてきた所で、俺はこれからどうするべきかを考える。
場所を変えるのには賛成だが。いきなり大声で『魔王様!』とか叫んだり、道に跪いて泣き出したりする子とゆっくり話ができる場所なんて、現代日本にそう多くはない。
ファミレスやファストフードは論外だろうし、一応個室なカラオケとかだろうか?
でも、初対面の男といきなり二人っきりは抵抗あるかもしれないな……。
そんな事を考えていると。不意に少女の方から言葉を発してきた。
「あの……魔王様のお住まいはこの近くなのでしょうか?」
「え、うん。親の仕事の都合で、春から近くのアパートで一人暮らしだけど?」
「では、恐れながらそこにお招き頂く訳には参りませんでしょうか?」
「え……」
この子は人の話をちゃんと聞いていたのだろうか? 俺、一人暮らしだって言ったよね?
一人暮らしの男の部屋に初対面でいきなり乗り込んでこようとか、正気の沙汰とは思えない。
小学校で『知らない人に付いて行ってはいけません』って教わらなかったのだろうか?
「お許し頂けませんでしょうか?」
(う……)
断ろうとした俺の雰囲気を察したのか。少女が悲しそうに、うつむきがちに訊いてくる。
少女の背は俺より一回り小さいし、ついさっきまで泣いていて今もちょっと涙目なので。これはいわゆる涙目上目使いというやつだ。
……正直、この圧倒的な破壊力はずるいと思う。
俺の頭も多少は冷静になってきているので。もしかしたら宗教かなんかの勧誘かもしれないとか、なんか変な物でも売りつけられるのかもしれないとかの可能性もチラついていたが。改めて少女の涙目上目使いを見ると、なんかもう全財産騙し取られてもいいかという気になってくる。
どうせ大した財産がある訳でもないしね。
「……わかった。じゃあ俺の家に行こうか」
「――はい、ありがとうございます!」
うん。涙目もかわいいけど、嬉しそうに顔をほころばせている表情は最高にかわいい。
これを見られただけでも一生の思い出になるなと思いながら、俺は足を自宅アパートへと向けるのだった……。
プロローグ部分(三話まで)まとめて投稿したいと思います。
誤字脱字などありましたらお知らせください。こっそり修正いたします。




