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サンタクロースは逃げられない  作者: 斑鳩いるか
3/3

6月 黄緑色のタクシー

『サンマリから地下鉄で30分、サンレーケまで来たらタクシーに乗り換え。

タクシー乗り場では、マリー・ゴールドマンを指名して聖ジョーゼフ学園まで行く。』


 ミランダが手に握っている紙には父親の字で簡単なメモが書かれていた。聖ジョーゼフまで無事に行くための覚え書きである。勿論、メモを書くように指示したのは天才案内人ブリッツなので内容に間違いはないだろう。


 地下鉄に乗って目的地まで行くのは誰にでも理解できることだ。そして、目的地周辺に駅がなければタクシーに乗り換えるのだって当たり前だ。だが、ご丁寧にタクシー運転手の名前まで指示されているのは少々不可解と言える。


 こんな指示、従う価値があるのだろうか。さっきまでのミランダなら確実に訝しく思っていたところだろう。

 しかし、今のミランダは下船後ほどなくしてひったくり被害に遭った可哀想な少女である。

 旅の慣れとついに都会の陸地に降り立った喜びで増長していたハートは、犯罪加害者に対する恐怖と油断によって被害者になってしまったという自責の念ですっかり萎んでしまった。都会に憧れていたローティーンは、今や都会の「闇」に怯えるビビりとなり下がっている。


 さらに、ミランダは思い出していた。まぶたを閉じると浮かんでは消えていくあの映像。同じ村のホワイト夫妻から見せて貰ったビデオの数々を、


 ――マフィアたちの命のかけひき。

 凶悪犯を追う私立探偵の死と隣り合わせの捜査。

 それから恐怖の殺人鬼が引き起こした連夜の惨劇――。


(どうしよう!考えただけでも震えてきちゃった……気を、気をひきしめるのよミランダ。まさかあの怖い映画が全部本当の話だったからって、今さら田舎に尻尾巻いて逃げ帰るなんて出来ないんだもの……)


 説明するまでも無いことだが、ミランダが思い浮かべた物語は全てフィクションであり、実在の人物や団体に一切関わりのないものあったが、そこは一人旅、ツッコミ不在のまま旅は進んでいく。


 ミランダは心に纏わり付く恐怖心を振り払うようにかぶりを振った。


 「溺れる者は藁をもつかむ」とはよく言ったものだ。不安の頂点に達した人間は何かに依存することで心の安定を取り戻そうとする。頼れる者には頼り、すがれる物にはすがりたいのだ。

 ミランダの場合、近くに知った人もいないので、とりあえず握りしめているメモを心の依り所にしている。


 そのため、彼女は何の疑問も持たずにブリッツの指示通りに移動している。


 限界ド田舎であるミランダの地元には、鉄道的なものは何一つ通っていなかったが、一人でレチェメリアに行く時の予行練習として何度かアルチークの地下鉄には乗っていた。


 レチェメリアの地下鉄はエラクシャクと比べると路線も多いし、車両や駅のデザイン的にも違う所は多かった。ただ言葉の通じない外国に来たわけではない。字は読めるし、言葉は通じるし、落ち着いてさえいれば、何も難しくは無い。


 ドキドキは止まらなかったが、地下鉄に30分ほど揺られている内に、予定通りサンレーケに着いた。


 タクシー乗り場まで行くと、ミランダはブリッツの指示通りマリー・ゴールドマンを指名した。中年の親切そうなおじさんが待機中の運転手を呼んでくれた。やって来たのは、髪をピンク色に染めたゴリラのような大男だった。


「お嬢ちゃん、こいつが新人のマリオだ」


 おじさんに紹介される。


「マリー・ゴールドマンよ。よろしくね」


 新人運転手は、にこやかに名乗る。運転手は初めてのご指名に大変なご機嫌のようだ。というより……「ありがとう。みんな私のこと、全然マリーって呼んでくれないんだもの。あなたからの指名とっても嬉しいわ」……マリーという愛称で指名したのが、良かったらしい。


 ゴールドマンは両手を軽く広げお辞儀をした。ドレスは着ていないが、その優雅さはカーテシーをする淑女そのものである。


 なぜエラクシャク在住の幼児がレチェメリアの新人運転手のソウルネームを知っていたのかは甚だ疑問だが、弟を盲信しているミランダは、とにかく疑わない。疑問に思うならもっと別の事だ。


「あなたが、マリーさん?」

「ええ、そうよ。私がマリー」


 たしかに、さっきのおじさんはマリオと言っていたし、マリーというよりはマリオっぽい風貌をしているではないか。


「マリオさんではないですよね?」

「……まぁ、だいたいの人はそう呼んでるわね。でもマリーの方がもっとキュートでしょ」


 そう言いながらマリーの浮かべた表情は、とってもキュートなスマイルだった。


「なるほど!」


 それを見て、ミランダの疑問は消し飛んだ。


 さっきのおじさんはマリーさんの名前を間違えて言ってしまったんだろうと、ミランダは思った。限界ド田舎出身のミランダは知り合いが少なく、女性みたいな名前の男性には会ったことが無かったし、まして生物学的には男の子でも乙女心を持っている方にはお目にかかったことがなかったので、即座に目の前のマリーを女性だと認識を改めた。


 それでも、父親のクリスチャンは友だちからクリスと呼ばれていて、隣の村まで行けば同じくクリスと呼ばれているお婆ちゃんならいたので、ややこしい場合も理解はしている。ちょっとユニセックスな見た目の痩せ細ったタイプのご老人だったため、性別を間違えてカンカンに叱られたことがないこともない。


 なので、さすがのミランダも性別は間違えると失礼に当たる、ぐらいの認識はある。ただ、マリーは女性の名前だと思ったし、目の前の筋肉質な人物は生物学的にも女なのだろうと理解した。


(……間違えて男の人扱いしなくてよかったぁ……)


 ミランダは、心の中で密かに胸をなで下ろした。


「……マリーさん。聖ジョーゼフ学園までお願いしても良いですか?」

「勿論いいわよ」

 

 マリーはミランダの大きなトランクを取り上げると軽々と持ち上げて、少し離れた所に停車している黄緑色のタクシーに積み込んでくれた。トランクはマリーに運ばれている間だけ、羽のように軽そうに見えた。


(――なるほど、この太い首や手足を見てマリオに間違える人は多いかもしれないわね。まぁ、私はギリギリ間違えなかったけど……)


 続いて、マリーは後部座席のドアを開けて一人前のレディをエスコートするように美しい所作で、ミランダをタクシーに乗せてくれた。


「マリーお姉様、ありがとうございます。とってもエレガントですね」

「あら、お上手ね。これぐらい誰にだって出来るわ」

 マリーが可愛いしぐさでウフフと笑う。


 その笑顔を見たミランダは、やはりマリーは立派なレディなのだと確信したのであった。しかも、男性の多い職場で働く勇敢な都会のレディである。完全にリスペクトである。


「よかったら、お姉様のお仕事のお話、聞かせて下さい」

「あら、良いわよ」


 そして、2人は聖ジョーゼフ学園に着くまでのひとときの間、女子トークに花を咲かせる事になった。

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