勇者は意外に潔癖症
ガリウスは剣の柄で姫の部屋の窓ガラスを叩き割り、刃でカーテンを斬り破った。
部屋の中で身動きが取れず立ちすくむ姫の足元は隠れてはいたが、ガリウスは想像もしたくなかった。
「いめ、ちょっとあいいまず」
とはいえやはり臭いが気になるらしく、鼻息を止めながらガリウスは喋っているようだが、なんとかマリアの耳に「姫、ちょっと入ります」と聞こえたため、そっと体の向きを変えた。
「かぎきります」
「はい……」
ガリウスは鍵を5つ全て剣で斬り、扉を開けた。そしてマリアより先に外に出ては、大きく深呼吸し、自室からバケツとモップを急いで取り出し、布巾で顔下半分を覆い、
「姫はすぐシャワー室で念入りに洗ってきて! あ、洗濯は別々で! たらいが2つあるから1個自分で使って! それかクリーニング持ってって!!」
「ごめんなさい~!」
姫の部屋にバケツの水と洗剤をぶちまけ、モップでごしごしとこする。
マリアは着替えを持ってシャワー室へ走った。
「マジこういうの無理なんだよ俺!!」
涙目で何度もバケツに水を汲んではモップ、水を汲んではモップ。姫がシャワー室から出てきて、いつものピンクのドレスから水色のドレスに着替えてもその作業は続いており、最後にモップを念入りに洗い終わったころには夕方だった。
「ごめんなさい、ガリウス……」
「……俺、汚い系ほんと無理だから。姫なら姫らしく上品にしてくれる?」
分かってる。分かってるんだけど……。マリアはぐっと震える拳を握り
「うるさいわねあなた方男なんて立ったままできるからってところ構わずその辺でしてる恥知らずばっかじゃない! 大体姫のあたしがこうやって頭下げて謝ってるのに何で追い打ちかけるようなこと言うかなぁ!?」
と噛みついて捲し立てる。ガリウスも腹に据えかね、
「俺と親父連中一緒にすんな!! 謝ってそれか!?」
と逆襲するも
「大体あたしだって汚いの無理なの分かってるでしょ! 風呂場で泣いたわよさすがに!」
姫の逆上は止まらない。
「あたしだって一応乙女なんだから恥ずかしいところ見られて死にたい思いしてるの! もうちょっと優しい言葉かけてくれてもいいんじゃないの!?」
「お前ここまでしてもらって何で『ありがとう』の一言もねえんだよマジ引くわ!」
「ええそうねありがとう! ほら言ったわよこれで満足!? 大体カーテンがすんなり開かなかったから事故になったのよ! あのナイフさえ抜ければ……」
ガリウスも更にヒートアップ。姫を指さしながら
「お ま え が 勝手にやったことだろーが! 自衛しろとは言ったかもしれんがそこまでやれとは言ってねーだろ! ってか鍵の暗証番号忘れるとかどう考えてもお前の管理能力なさすぎ!!」
マリアはキーッといきりたち
「あたしは悪くないっ! 結局そうしなきゃいけなかったのはあの魔王があたしをさらっていったからよ! 全部悪いのは魔王じゃないッ!」
と居直った。
「お前ん家のセキュリティがなってなかっただけだろ!? 鍵をかけるの忘れて空き巣にあった奴が100%責任ないと言えるか!?」
ガリウスのもっともな理論に姫はややたじろいだが、
「空き巣に入ろうと思うのが結局悪いんじゃない!」
といたちごっこが始まった。
「だからお前ら家族そろって意識が低いのも問題だって言ってんの!」
「意識なんてするわけないじゃない突然だったんだから! つまり雇われてる兵士に問題があるってことでしょ!? それに何よお前お前って! 姫と呼びなさいって言ってるじゃない!」
「また話すり替えた!」
ガリウスは面倒になり、話を切り上げることにし、
「ってか脱いだ服洗ったのか?」
と尋ねると
「あんなの袋に詰めて捨てたわ。主に汚れたの下着だったけど、フリルに染みてたし捨てたほうが早いじゃない」
さすが王族だな、とガリウスは思い、
「それでよし」
と親指を立てた。