混沌の心
チェシャ猫は足を止め、静かに口を開いた。
「時間がないので手短に。」
アリスと佐渡は息を飲んだ。
「この混沌の国にいる者は誰しも、心の中に『混沌』を秘めています。それは1つの感情のような者で、先程の双子のようになるのです。」
「・・・ってことはチェシャ猫、あんたも・・・」
チェシャ猫は振り向いた。
「私は例外です。ある理由がございまして、今の私には混沌は訪れません。」
そう言うとチェシャ猫はまた走りだした。
アリスと佐渡はそれを追いかける。
「仕方がないですね・・・道を外れます。しっかりついてきてください。」
そう言ってチェシャ猫は直角に曲がり、木々の間に入った。
3人は木々の中をむちゃくちゃに進んだ。
気が付くと、ウサギの足音は消えていた。
「・・・どうやら・・・逃げ切ったみたいだな」
「はぁ・・・はぁ・・・チェシャ猫さん、まだ私聞きたいことがあります。なぜ、私が佐渡さんの傷を治せたのですか?」
「アリス・・・あなたが知っていいことではありません。それを知ったら、そう・・・
あなたは死んでしまうでしょう。」
死んでしまう。ただその言葉がアリスの心に突き刺さった。
「チェシャ猫さん・・・」
チェシャ猫はアリスに顔を向けない。
「アリス、私の役目は・・・あなたを生きて女王陛下のもとへ案内することです。あなたが死んでしまっては・・・意味がありません。」
「チェシャ猫、まだ俺たちに隠してることがあるはずだ。」
チェシャはサラリと答えた。
「ございますよ。」
佐渡はチェシャ猫の頭に銃口を突き付けた。
「言え。」
「佐渡さんっ!!!」
アリスは佐渡の腕を掴んだ。
佐渡はアリスを一瞥すると、チェシャ猫を睨み付けた。
「言え、チェシャ猫。死にたくなければな。」
「私が死ねばあなた方は間違いなく女王陛下のもとに生きて辿り着くことは不可能です。お互いにメリットはないように思えますが?」
アリスは目を潤ませた。
「佐渡さん・・・やめてください・・・誰かが怪我したりするのは嫌なんです・・・」
佐渡はしばらく銃を構えたまま静止していたが、ついに銃を下ろした。
「アリスに何かあったら俺は真っ先におまえを撃ち殺すからな。」
「混沌にとらわれてますね。」
佐渡はチェシャ猫の言葉を聞いて背筋が凍った。
「チェシャ猫・・・俺は・・・」
「それがあなたの混沌ですよ。今はまだその程度ですがいつかアリスを危険にさらすことになるでしょう。」
佐渡は言葉を失った。
「佐渡さん・・・」
たしかに佐渡さんは初めて会った時と感じが変わった・・・
それはこの世界に巻き込んだ私のせいなのかな・・・
佐渡さん・・・
「チェシャ猫・・・俺はどうすればいいんだ?」
「混沌から逃れることはできません。この世界は混沌の世界ですから。」
俺は・・・アリスを守らなければいけない。
アリスを現実世界に連れ戻すんだ。
だが混沌からは逃げられない・・・
佐渡は銃をコートに納めた。
「チェシャ猫・・・」
「なんですか?」
「俺がもしアリスを危険にさらすような時がきたら、その時は俺を殺してくれ。」
チェシャ猫はその時だけ少し黙った。
「それはできません。」
普段心ない言葉を平然と吐いているチェシャ猫の口から出た言葉に佐渡は驚いた。
「アリスが悲しみますよ。」
風が静かに流れた。
「チェシャ猫さん・・・」
その時、突然背後から足音が聞こえた。
「ウサギ!?しかも近い!!」
佐渡はアリスの手を掴んだ。
「佐渡様、こっちです。」
佐渡はアリスの手を引き、チェシャ猫に続いた。
足音は先程と比にならないくらい近い。
チェシャ猫は走りながら話し始めた。
「佐渡様、あなたに選択していただきます。ここより先にはウサギは入れません。ここから先は帽子屋の森なのです。しかし、帽子屋はウサギより危険な存在です。私は今まで帽子屋の森を通らずに陛下のもとにたどり着く道を進んできました。帽子屋の森に入れば、ウサギは追ってきません。どうしますか?」
究極の選択だ。
今ウサギから逃げるために更に危険な地に入るか、今危険にさらされるか。
佐渡はしばらく悩んだ挙げ句答えた。
「帽子屋の森に行く。今死んでしまえば楽な道も意味を成さない。」
「かしこまりました。」
佐渡はアリスの手を強く握った。
「・・・佐渡さん?」
「アリスは俺とチェシャ猫が必ず守るさ。」
3人は黒い森の奥へ吸い込まれていった。