ウサギの家
「ここです。」
デカイ。
こんな森の中に不釣り合いな程大きくて古い館だ。
それはまさに家とは言い難い。
「チェシャ猫、姿を隠すためのモノについて手短に話してくれ。」
チェシャ猫は歩きながら話し始めた。
「アリスの姿を隠せるモノというのは薔薇のブローチです。
ウサギの家に13個ある書斎のどこかにあります。
しかし気をつけてください。
私たちがここに来ていることは既にウサギにはバレています。この中に入ってしまえば・・・」
袋のネズミか・・・
佐渡は震えるアリスの手を握った。
「佐渡さん・・・」
アリスは目を潤ませる。
なぜこんな娘が追われなければならないんだ・・・
アリスちゃんは何も悪くないのに・・・
「アリスちゃん、俺がついているから。」
アリスの目から涙がこぼれた。
アリスは握った手を強く握り返す。
「アリス・・・って呼んでください。」
私を・・・1人にしないで・・・
怖い・・・怖くて怖くて死にそう・・・
私を・・・守ってください・・・
「アリス・・・わかった。」
「急がないと殺されますよ?(笑)走ってここまで来たのが無意味になってしまいます。早くブローチを見つけてウサギの家から逃げましょう。」
チェシャ猫は容赦なく空気をぶち壊す。
しかし言ってることは間違ってはいない。
急がなくては・・・
3人は大きな扉を開け、ウサギの家の中に入っていった。
家の中は外観に負けないくらい豪華だ。
しかし、家の中にも不快な臭いは漂っている。
「3人別々に行動しましょう。まとまって探すよりは効率がいいですし、アリスが見つかる危険性も薄まります。」
チェシャ猫の言うとおりだ。脱出を真っ先に考えたらそれが正しいな。
「そうだな。それじゃあ・・・」
「待ってください・・・」
アリスが俺の言葉を止めた。
「私を・・・私を1人にしないでください・・・」
アリス・・・
佐渡はアリスの頬を撫でた。
「アリス・・・チェシャ猫の言うとおりにした方がいい。
たしかに辛いかもしれないが・・・今だけ・・・頑張ってくれないか?」
アリスの顔は涙でグシャグシャである。
「私・・・1人になったら・・・」
どうすればいいんだ・・・
こうしている間にもウサギはこちらへ向かっているのに・・・
「仕方ありませんね。私がアリスと行きます。佐渡様、ご了承ください。」
チェシャ猫が意外なことを言い出した。
コイツのことだから自分の意見をガッツリ通すと思っていた。
アリスも俺と同じことを考えていたのか、驚いている。
「アリス、行きますよ。」
そう言ってチェシャ猫は走り出した。
「ま、待ってください!」
アリスはチェシャ猫の後を追って行った。
2人はあっという間に見えなくなった。
さて、俺も探すか。
佐渡は一番近くの書斎に入った。
チェシャ猫はスピードをゆるめない。
アリスは息がきれてきた。
「はぁ、はぁ・・・チェシャ猫さん・・・速いです・・・」
チェシャ猫は私を完全無視して走っている。
さっきからいくつも書斎を通りすぎているのに、書斎に入る気配はない。
「チェシャ猫さん、ブローチの場所はわかるんですか?」
チェシャ猫は息を全くきらしていなかった。
「いえ、正確な場所はわかりません。しかし、大まかな場所くらいでしたらわかります。」
そう言った直後、1つの書斎の前でチェシャ猫は足を止めた。
「ここです。」
書斎の扉は他の書斎の扉と何も変わりなかった。
チェシャ猫は前足で扉を引っ掻いている。
「あ・・・開けられませんよね。」
そう言ってアリスは扉を開けた。チェシャ猫は部屋の中に飛び込んで行った。
アリスもチェシャ猫に続いて中に入った。
書斎は奇妙であった。
書斎というのに、本棚は全くなく、机が1つだけあり、壁・床に無数の引き出しがついていた。
チェシャ猫は手当たり次第に引き出しをあさった。
「アリスも探してください。もうじき・・・」
チェシャ猫の言葉を遮るように
ガタン!!!
という音が屋敷に響いた。
アリスは鳥肌がたった。
「チェシャ猫さん、まさか・・・」
「ついにウサギが来たようですね。急ぎましょう。」
アリスも必死になって引き出しをあさった。
見つからない・・・
見つからない・・・
もう!!!なんで見つからないのよ!!早くしないと・・・
アリスの引き出しを開ける手に力がこもる。
そして、いくつ目かの引き出しを開けた時・・・
「チェシャ猫さん!!これですか!?」
アリスは引き出しの中から漆黒の薔薇のブローチを出した。
「それです。急いでつけてください。」
アリスは急いでブローチを着けた。
助かった・・・
「アリス・・・急いでここを離れましょう。ウサギは我々の目的がわかっていますし、我々の場所だってさっきまで把握していました。ここにいれば殺されます。」
アリスは震える足に力をいれ、チェシャ猫と共に書斎から飛び出した。
「こっちです。」
アリスはチェシャ猫のあとを追った。
しかし、チェシャ猫は突然足を止めた。
「大変です。」
え?チェシャ猫さん・・・一体何が・・・まさかもうウサギに・・・
「迷いました。」
えっと・・・私あんまり人を怒るのは好きじゃないけど・・・
「どうするんですか!!このままじゃ私たち・・・殺されちゃうじゃないですか!!」
チェシャ猫はイタズラっぽく笑った。
「すみません。ウサギの家は久しぶりなもので。ほら、建物って成長するじゃないですか。成長過程で、昔あった廊下が塞がってしまったみたいです。」
「建物が・・・成長?」
意味がわからない。チェシャ猫さんは何を言っているの?
しかも久しぶりって、昔ここに来たことがあるの?
「建物は成長しますよ。常識じゃないですか。」
そんなの初耳よ・・・
私がもと居た世界は・・・
もと居た世界?
私は佐渡さんの病院で目覚めて、記憶が無くて・・・
でももと居た世界って・・・
「ウサギが・・・来ましたね。ひとまずこの部屋に隠れましょう。」
チェシャ猫は手近な部屋にアリスと共に入った。
「チェシャ猫さん・・・どうするんですか?」
「クローゼットへ。」
アリスはチェシャ猫に言われるがままに、部屋にあるクローゼットを開け、中にチェシャ猫と入り、クローゼットを閉めた。
心臓が爆発しそう・・・
廊下からは次々と扉を開く音が聞こえる。
音はどんどん近づいてくる・・・
足音も聞こえてきた。
そしてついに
ガチャ・・・
アリスのいる部屋の扉が開いた。
タキシード姿の男が入ってきた。
もしかしたら呼吸の音、心臓の音でバレるかもしれない・・・
アリスは息をひそめた。
ウサギは部屋を見渡すと、部屋中探索を始めた。
机の下や本棚の裏。
神経質すぎるくらいに探している。
このままじゃ・・・
ウサギがクローゼットに向かって歩いてきた。
アリスは硬直した。
もう・・・ダメなの?
私・・・死んじゃうの?
神様・・・助けて!!!
ウサギはクローゼットの扉に手をかけた。
その時、
ガシャーーン!!!!
派手にガラスが割れる音が聞こえた。
ウサギはその音を聞くと、扉から手を離し、早歩きで部屋の外に出ていった。
助かった・・・の?
アリスは全身から力が抜け、クローゼットの中にへたりこんでしまった。
「・・・でも、今の音は?」
アリスは首をかしげる。
「恐らく佐渡様でしょう。さ、せっかくのチャンスを逃すわけにはいきません。ウサギの家から脱出しましょう。」
「・・・そうですね。」
アリスは全身に力を入れて立ち上がった。そしてクローゼットを開け、外に出た。
どうやら廊下にウサギはいなかった。
アリスとチェシャ猫は走った。
今まで来た道を引き返す。
そしてついに、ウサギの家の玄関前の大広間に出た。
「チェシャ猫さん!!あれ!!」
大広間の真ん中には、真っ赤な刀身の剣を持ったウサギと、拳銃を構える佐渡の姿があった。
「アリス、逃げますよ。死にたくはないでしょう?」
アリスは動こうとしなかった。
「佐渡さんを助けます!!チェシャ猫さん、お願いだから・・・」
「私の役目はアリスを導くこと。それ以外のことはする必要がありません。」
アリスはその場に座り込んだ。
「佐渡さんがいないなら私はここから動きません!!」
チェシャ猫をため息をついた。そして、ウサギの方を向いた。
「困ったアリスです。」
アリスが目を向けた時にはチェシャ猫はウサギに向かって突進していた。
ウサギは佐渡に夢中でチェシャ猫に気付かない。
チェシャ猫はウサギに飛び掛かり、ウサギの首をその鋭い爪で掻き切った。
血飛沫が飛び交った。
「チェシャ猫!?」
佐渡は驚いた。チェシャ猫はうまく着地すると、出口に一直線に走り出した。
「アリス、佐渡様。話している暇なんてありません。急ぎましょう。」
アリスは佐渡のもとに走ってきた。
「アリス!無事だったんだな。」
「佐渡さんのおかげですよ・・・」
「急ぎましょう!!!!」
チェシャ猫に急かされて、アリスと佐渡は走り出した。
入り口の大きな扉を開け、3人は森の中に入っていった。