ポトフに落ちた犬
「ポトフを作ってみたんだけど、量が多くなりすぎちゃってさ。もしよかったら食べに来ない?」
友人から連絡があったのは急激に冷え込んだ十二月の午後だった。
「もちろん!」
寒い日は温かいスープに限る。私は考える間もなく返事をしていた。
彼は相当な美食家で、彼が選ぶ店は間違いない。自分でも色々作ってレシピを研究していると言っていたから、彼の作るポトフもきっと美味しいことだろう。
期待に胸を高鳴らせながら彼の家に向かう。
手土産のワインとチーズを手に彼の家に入ると、すぐにコンソメの良い香りが私を包み込んだ。
お腹をぐうぐう鳴らしながら上がり込んだ私を彼は笑ったが、この香りの前では誰でも同じ状態になることだろう。
「来てくれて助かったよ。途中、ちょっと作り直したら増えすぎちゃってさ」
キッチンをちらりと覗かせてもらうと、大きな鍋がコンロに掛けられていた。これは二人でも食べきれないくらいの量がありそうだ。
ダイニングテーブルで向かった私たちは、まずはワインとチーズで乾杯してお互いの近況を話し合った。その間じゅうポトフの香りが鼻腔をくすぐるが、もう少しだけ煮込みたいと言われてしまえば仕方ない。
彼は焦らし方をよく心得ていた。
そして、ほどよく酔いが回ってきた頃にポトフが運ばれてきた。
ゴロゴロと大きくカットされたイモやニンジン。柔らかそうな肉も入っている。
ウインナーやベーコンにしない辺り、彼の美食家らしさが見て取れた。
「なんの肉?」
「食べてみてのお楽しみ」
いたずらっぽく笑うと食べてみるように促された。
恐る恐る口へ運んでみると、食べ慣れない味ではあるけれどとても美味しい。
そういえば彼の知り合いに猟師をしている人がいると聞いたことがあった。シカか何かの肉を譲り受け、ポトフに入れてみたということなのだろうか。
ポトフはワインとも相性がよく、二人分にしては多すぎるかもと思われた鍋の中身はみるみるうちに胃袋へ収められていった。
「うーん、お腹いっぱい! 美味しかったぁ。ジビエって言うの? 初めて食べたけどなかなかだったよ」
「はは、気に入ってもらえて何よりさ」
「そうだ、今日はマロン見かけないけどどうしたの?」
ポトフに気を取られて気付かなかったけれど、いつもなら真っ先に出迎えてくれる彼の愛犬が今日に限って姿を見せていない。
私がきょろきょろと部屋の中を見回していると彼は小さく肩を竦めた。
「あいつ、完成したポトフの鍋に顔を突っ込んでたんだよ。蓋をしないで離れた僕も悪かったけどさ」
おかげで作り直しだよ、と大げさにため息をついて見せる。
美味しいものの匂いに引き寄せられるのは人も動物も同じということか。
「好奇心旺盛なマロンならありえそうだね」
私が笑いながら相槌を打ち、お仕置きで別の部屋に入れられているんだなと一安心した時だった。
釣られて笑いながら彼が言い放つ。
「そんなに入りたいんだったら、って入れてやったんだ」