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豪腕令嬢は恋を知らない  作者: 馬輩騎
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新たな立ち位置

まずはほのぼのターンからのスタート




暖かな日差しがカーテンの隙間から入り込んでいる。小鳥達の楽しそうな歌声が耳に心地よい。

目を覚ましたフィオーネはベッドに潜ったまま隙間から晴れ渡る空を眺める。ここ数日で最も穏やかな朝ではないだろうか。背中の痛みも引いてきた。そろそろ動き始めてもいい頃だ。




「お目覚めですか?お嬢様。」


「ええ。」




侍女のエレンが部屋に入ってきてカーテンを開ける。眩しいくらいの陽射しがフィオーネに当たる。




「お食事はどうなさいますか?こちらまで運びましょうか?」


「ダイニングで食べるわ。そろそろ動いても支障なさそうだし。」


「かしこまりました。」




夜会から軽く一週間は過ぎていた。傷の具合からしばらく近衛兵としての仕事はするなと医師から言われ、公爵家に帰ってくることになってしまった。こんなにも暇な日々を過ごした事のないフィオーネにとっては逆効果極めているが、城に戻ったとしても仕事をさせてもらえないのでは仕方がない。

ガウンを羽織り起き上がる。痛みはほとんどない。ダイニングへ向かえば、家族みんなが勢揃いしていた。




「おはようフィオーネ。もう起き上がって平気なのか?」


「大丈夫です。」


「姉上も無茶をしますね。」


「私はどこぞの第一皇子とは違うから令嬢を見殺しになんて出来ないわ。」


「……どういう事ですか?」


「何でもないわ。」




公爵の怪訝な顔と末っ子であるライルの純粋な眼差しから目を背けながら、用意された朝食に手をつける。宿舎の食堂以外の食事は久しぶりだ。フィオーネにとっても懐かしく感じる味に自然と心が穏やかになる。

ユリウスへの憤りを感じながら過ごす日々は苦痛そのものだった。ましてや近衛隊隊長補佐の仕事ができるわけでもない。

姉達も騒ぎを聞きつけて嫁ぎ先からわざわざお見舞いに来てくれた。そんなに心配する程の傷ではないと思っていたフィオーネからすれば、久しぶりに姉達に会えたので、少しだけ嬉しかったりもする。

父親である公爵の事は何とも思っていないが、姉達と弟のことは大切に思っているのだ。


それにしても、国王陛下もきっと気づいてらっしゃいますよね。聡明な方ですもの。


今後ユリウスへの対応がどうなるのかはフィオーネの知ったことではないが、自分が少しでも関わってしまった事だ、多少行く末が気になるというものだ。




「姉様はいつまで屋敷にいれるのですか?」


「傷の具合にもよるけれど、動けるようになり次第戻ることになるわね。」


「そうですか…。」




しゅん…と、まるで垂れた耳と尻尾が見えるかのようにあからさまに萎れるライル。

フィオーネは素直で屈託のない純粋なかの弟が可愛くて仕方なかった。




「ねぇライル。久しぶりに散歩に付き合ってもらえないかしら?」


「はい!もちろんです!!学園から帰ってきた後でも大丈夫ですか?」


「ええ、ありがとう。」




満面の笑み、本当に可愛いですねこの子は。

たまにはこんな休日を過ごすのも悪くはないのかもしれない、そう少しだけ思った。















ライルが学園に行き屋敷が静かになった頃、公爵、父であるシーネスに呼ばれサロンへと足を運ぶ。長く寝ていたせいで体が重い。早く勘を取り戻さなければ。

サロンではシーネスと母マリアが待っていた。




「フィオーネ、ここに座りなさい。」


「はい。」




言われた通りにソファに腰かければいつのまに用意したのか紅茶が運ばれてくる。良い香りが周囲を満たしていく。一口飲み込んだところでシーネスの口が開いた。




「先日の夜会での事だ。」


「はい。」


「国王陛下からフィオーネに何か詫びがしたいと申し出があった。私の一存では決められないと伝えてある。いずれ直接はなしがいくだろう。」


「いつの間にそんな話を?」


「お前が医務室で倒れている時だ。」


「あら……。ですが、詫びと言われましても、私は職務を全うしただけですので…。」


「一度言い出すと聞いてくれないのだあの人は。」




眉間にシワがよったシーネスの横顔がフィオーネにそっくりだ。


国王陛下からの申し出ですし、断れないですし、こればかりは仕方がありませんね。




「では、ご迷惑をかけない程度に何か頼んでおきます。」


「フィオーネなら失礼はないかと思うが、そうしてくれ。」




いつまでたっても公爵の心配性は良くならない。むしろ我が子を信頼して全てを任せてくれてもいいだろうに、中途半端に心配になってくるもんで、フィオーネからしたらめっちゃウザかった。




「堅苦しいお話は終わりました?」


「ああ、マリア。終わったよ。」


「フィオーネ!お母様ともお話ししましょう?」


「お母様…。」


「可愛い娘が帰ってきたのよ?久しぶりにお話ししたいの!」




唇を尖らせて訴えるマリアにシーネスは苦笑いを浮かべている。子煩悩な両親なのは知っているフィオーネだが、流石にマリアのこの反応は予測していなかった。




「もく背中の傷は痛まないの?」


「えぇ、だいぶ落ち着きました。まだ騎士としての訓練はできませんが、買い物ぐらいなら行けます。」


「そう。ところで。王城ではちゃんとやっているの?食事は?騎士様達とは仲良くできているのかしら?失礼な事はしていない?ゆっくり眠れているの?不眠と不摂生は美容の敵よ?せっかく美人に育ったのだから大切になさいね?それから…」


「マリア、マリア。そんなに一気に話したらフィオーネも返事ができないだろう?」


「あら?そんなに話してたかしら。」


「話してた。」




見つめ合う両親。

このテンションにはいつまでたってもついていけません。




「じゃぁ、明日一緒に買い物に行きましょう!」


「明日ですか?」




お母様なら今日今すぐに!とでも言いだすかと思ったのに。




「今日はライルと散歩の約束をしていたでしょう?…あの子からフィオーネを取ったら後が恐ろしいもの。」




一体何をしたんでしょう、私の弟は。


事実、ライルは極度のシスコンである。親と言えども先約を奪われれば何をしでかすかわからないほどだ。




「だから、ね?明日行きましょう?」




上目遣いでこちらを窺うマリアにフィオーネは笑みを浮かべて頷いた。




ライルが学園から戻ったのは少し日が傾いた頃だった。さぁ!行きましょう姉様!どこに行きますか?!扉を開けはなつなりただいまよりも先に放たれた言葉に思わず笑ってしまった。

公爵家の庭園は広い。慣れてない人ならば迷子になりかねない広さだ。ライルに新しくなった部分を紹介してもらいながらゆっくり歩く。




「学園はどう?」


「楽しく通ってます。学ぶも訓練することも、何もかもが楽しいです!」


「クスクス、それは良かった。」


「王族も通うような学園ですから、将来の事とか色んな可能性が見えて、やりたい事がどんどん増えちゃって大変です…。」




そういって頬をかくライルは自分の立場をよくわかっている。将来はこの公爵家を継がねばならない身の上だ。やりたい事が増えても出来る事と出来ない事、そしてやっていい事とダメな事、それを分かっている。




「私もそうだったわ。ライル、行動制限に引っかからないところを余すことなくやりきればいいのよ。」


「やりきってしまった時、寂しくはならないですか?」


「やりきってみて初めて開ける扉がいくつもあるものよ。立場を利用することも出来る。」


「…それは、公爵家を継いだ後の話ですか?」




フィオーネは微笑んで頷いた。




「実際私もそうだもの。学園でやりきるだけやりきってから近衛に行くことを決めたのよ。淑やかな令嬢よりも騎士の方が自分には向いてると思ったし。」


「それは…、そうですね。姉様には読書や刺繍より剣を持っている方が似合います。」


「だから、これからよ。」


「はい!そうですね!そういえば学園でも噂になってます、夜会での姉様の事。」


「そうでしょうねぇ。」


「女子達が盛り上がってました。私も守られたかったーみたいな。睨んでおきましたけど。」




暗殺者みたいな目をしているライルが可笑しくて笑っていると怒られてしまった。




「姉様が傷を負ったのに軽はずみにそんなこと言うなんて言語道断ですよ!姉様も笑ってないで怒っていいんですよ!」


「でもライルが怒ってくれたんでしょう?」


「それはそうですけど…。」




フィオーネよりも少し低い位置にある頭をそっと撫でる。実はフィオーネ女子にしてはかなりの高身長である。成長期であるライルもぐんぐんと伸びてはいるがまだ足りないのだ。




「子供扱いしないで下さい!」




噛み付く言い方をしても顔は嬉しそうである。


本当にこの子は可愛いんですよねー。


言えば可愛くないです!と怒る事は分かっているので心の内にとどめる。

穏やかな1日だ。





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