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豪腕令嬢は恋を知らない  作者: 馬輩騎
3/28

夜会ーその1ー

少しフィオーネの口調を変えました。

朝目が覚めて一番に思ったこと、それは…




「目が覚めてしまいました…。」




出来れば今日は目覚めたくなかった。フィオーネの憂鬱は今に始まったことではなかった。

昨日ユリウスにばったり、望まずして出会ってしまい、かつ失礼な態度を取ってしまったと後悔しているのだ。あの本の渡し方は図々しかった、今日お会いしたら謝罪せねば。その考えがぐるぐると頭の中を巡り、気付いたら寝落ちしていた。

このままベッドから出ないでいようか、本気でそんな考えが頭をよぎるが仕事は仕事だ。


気持ちを切り替えて支度しなくては。


ベッドから出て顔を洗い髪を整える。銀色の髪は邪魔にならないよう一つに結ばれ、真っ直ぐに腰のあたりまで垂れる。陽の光を浴びて輝く髪をフィオーネ自身はかなり邪魔に思っているのだが、親を始め誰一人切ることを許してはくれない。

制服に袖を通し、剣をベルトに通す。近衛隊隊長補佐様の出来上がりだ。


今日は様々な身分の方々が揃いますし、いつも以上に気合を入れなくてはいけませんね。それから隊長に昨日の貸しを返していただかなくては。


トーリは結局見回りをせず何をしていたのか、問い詰める必要性を感じていた。場合によっては絞める、心の底からの呟きが表に出そうだったが、そこはフィオーネ。誰にも悟られる事はない。

軽く朝食を取ろうと食堂へ行くと既にトーリも来ていた。フィオーネの姿を見つけるなり走り寄ってきて見事に土下座をしてみせる。




「すまん!!!」


「何のことでしょう。」




絶対零度の微笑みのフィオーネにトーリは顔面蒼白になる。




「あ、あの、見回り…」


「ああ、その事ですか。で、隊長はあの時間、何処で何をされていたんです?」


「え、えと、その、」


「何処で、何を、されていました?」


「すいません忘れて酒屋に呑みに行きました。」




トーリの言葉を聞いていた食事中の騎士達は皆走って2人から離れる。




「へぇ、呑みに。」


「わ、悪かった!」


「天誅!!」


「ぐぎゃっ!!!」




華麗に決まったフィオーネの回し蹴り。トーリが吹っ飛ぶのを予想していた騎士達。逃げて正解。もはや恒例になっているこの光景に誰も驚きはしないが、フィオーネだけは怒らせてはいけない、皆の共通認識がより深まった。

一発かませてすっきりしたフィオーネは朝食を優雅に取り始めた。周りの騎士達も各々元の席に戻り食事を再開している。トーリは伸びているが、自業自得なのでみんな放っておいている。




「今日もお美しいなフィオーネ隊長補佐殿は。」


「強さもそうだが、食事をとるあの優雅さ。」


「他の令嬢達と比べても雲泥の差だな。」


「フィオーネ様、今日もお美しいわ。」


「女である私達の憧れですわね。」


「騎士様としてもお強いし、淑女としても完璧なんて。」


「お近づきになりたいわね。」




そんな会話が成されているとはつゆ知らず。朝食を食べ終えたフィオーネは伸びているトーリの回収に向かった。このまま伸びられっぱなしだとこの後の予定に困る。夜会はまだ始まっていないのだ。




「隊長いつまで伸びているんです。さっさと起きてください。」


「お前のせいなんだが。」


「私のせい?」


「いえ、自分の責任です。」




トーリは再度フィオーネに土下座する。




「あまり土下座ばかりしていると私が悪いみたいな雰囲気になるのでやめていただけますか?」


「はい…」




トーリを立ち上がらせて食堂を出る。

夜会は夕方からだ。まだまだ時間がある。訓練をすると言ってもあまり体を酷使し過ぎるといざという時に使えない。それでは近衛兵である意味がない。よって今日は午前中体を温める程度に留め残りの時間は自由となる。

近衛兵王族警護専門部隊の訓練場に入りフィオーネは一足先に訓練を始めた。まだ午前も早い時間だ。隊員達は揃っていない。剣を鞘から抜き、基本の構えから順に流していく。一連の流れが終わった頃に隊員が揃った。鞘に納めながらふと視線を感じて辺りを見回せば隊員全員がこちらを凝視している。


え、何ですか。新ての嫌がらせですか?




「どうかしましたか?」


「い、いえ、その、あまりに剣を振るう姿が美しかったもので。」


「剣を扱うのに美しいも何もないでしょう?」


「フィオーネは本当にわかってねぇなぁ。」


「何がです。」




トーリの言い方に少し苛立ちを覚えてむすっとするフィオーネからは年相応の可愛らしさが出ているが本人は全く気づいていない。そしてたまに見せるそうした表情が隊員達を魅了していることにも気づかない。隊員達からしてみれば無意識にそんな事をされるのだからタチが悪い事この上ないのだが、そこを含めてファンとしてフィオーネの幸せを願っているらしい。

16という年齢は貴族の中では結婚適齢期でもある。婚約者がいて然り。しかしフィオーネには婚約者がいないばかりか、必要とも感じていない節がある。ティエリアス公爵が度々縁談を持ち込むも一蹴される光景を隊員達はよく目にしている。その度に公爵が項垂れて帰っていく後ろ姿に哀れみの視線を送らないではいられない隊員達なのであった。




「では、各自体を温めた後は自由にしていい。夜会の警備には遅れるなよ。」


「「「はっ!」」」




既に温めた後のフィオーネはそうそうに離脱することにした。トーリと今日の予定を軽く確認し、訓練場を後にする。何人かに手合わせを頼まれたが丁寧に断っておく。


サングイネさんに謝らないといけなくなってしまいましたから、早く図書室に行きたいんです。


内心皆に謝罪の言葉を述べながら図書室へ歩き始めたフィオーネは、途中嫌な姿を見かけた。

ユリウスが図書室に入っていくのが見えたのだ。


うわ、会いたくない。


ユリウスに会いたくないなどと思う令嬢はこの国でフィオーネぐらいだろう。

しかし昨日のこともある、早めに謝ってしまった方が夜会にも響かないだろう。嫌々ながらフィオーネも図書室へと入っていった。















今日に限りサングイネさんにはいていただかなくてよかったのに律儀に仕事してますね。より面倒臭いではないですか。


ため息混じりに嫌な顔をするとサングイネに見つかってしまった。




「あ、フィオーネ!!昨日はごめんねぇ。」


「お久しぶりですサングイネさん。最近はあまり来れていなかったけれど、元気そうで何よりね。おはようございますユリウス皇子殿下。」


「あ、あぁ。」




変にどもるユリウスを首を傾げて見上げるフィオーネは、思い出したように昨日のことを謝罪した。




「殿下、昨日は申し訳ございませんでした。失礼な態度を取りました。」


「失礼な態度?心当たりがないな。それよりも俺の方が謝らないといけないだろう?」


「は?」


「フィオーネ、殿下にその声とその顔は駄目よ。」


「すいません。」




口をパクパクさせて唖然としているユリウスを尻目にサングイネに注意を受けて平然と謝るフィオーネ。

持ち直したユリウスが本を差し出してきた。




「これを。」


「もう読まれたのですか?」


「先客から奪ってしまったんだ。読み終えたさ。」


「…」


「どうした?」


「いえ、私の事など気にされずゆっくりお読みになってください。」


「そう言われてももう読み終わってしまったからな。」




困ったように眉を下げて苦笑いをする。




「ありがとうございます。」




ようやく受け取ったフィオーネを見て安堵の表情を浮かべるユリウスの顔は、それはそれはご令嬢からモテるだろう、と無粋な事を考えてしまった。それを見通したサングイネがフィオーネの背中を叩く。

フィオーネにこんな事が出来るのはサングイネぐらいだ。フィオーネが睨んでも気にもせずニコニコ笑顔を浮かべている。


頼りになる友人ですが、時々いささかイラつきますね。




「面白かったですか?」




サングイネを無視するように殿下に話しかける。




「面白いか面白くないかは人それぞれだと思うが、俺は楽しめたぞ。」


「そうですか、期待して読みます。それより殿下、そろそろご準備する時間では?」


「…そうだな…。」




随分と嫌そうな顔をする。




「お嫌なのですか?」


「苦手なんだ、あぁいう媚び諂う奴らの巣窟は。まったくもって楽しめない。」


「あぁ、たがらですか。」




病を理由に留学していたのには理由があるはず。そしてその理由には国の将来といったご立派なものではなく、納得のいかない何かがあるのではないかとフィオーネは推測していたのだが、物の見事に当たっているらしかった。

この場にはサングイネもいるため迂闊に留学の話は出せない。さっきからサングイネはずっと首を傾げてフィオーネとユリウスを交互に見ている。ここは話を逸らすのが一番適切だ。




「サングイネさんは、出席なさるんですか?」


「私はパス。」


「やはり。」


「わかってて聞かないでよもう!」




ぷくっと頬を膨らませて怒るサングイネさんも実は群れるのが嫌いである。




「では、殿下。また後程。どうぞ準備に行かれてください。」


「お前、俺を遠ざけようとしてないか?」


「何のことでございましょう。」




面倒事は嫌いです。早く殿下には何処かに行ってもらいたいと思っていますとも。


早く何処かへ行けというオーラを隠しつつフィオーネは穏やかな笑みを浮かべてユリウスに向き直る。




「本日の主役は殿下でございます。私は近衛兵として、殿下方を警護する役割がありますので、主役に欠席されるわけにはいきませんし、ましてや私がお側に居ながら殿下に逃げられたとあっては近衛兵の名が泣きます。どうぞ諦めてくださいませ。」


「…俺は何の得もしないのにか?」


「得はするのではないでしょうか。」


「何故そう言える。」


「夜会に出席なさる事で、この国の行く末を担う方々にお会いできます。使えるモノか、使えないモノか、殿下ご自身の目で判断できるのです。使えないとなれば遠ざければよろしいではありませんか。」


「………ククッ、ハハハハハ」




当然笑い始めたユリウスにフィオーネもサングイネも驚いて瞬きをする。

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