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豪腕令嬢は恋を知らない  作者: 馬輩騎
25/28

この気持ちの名前ーその2ー




「珍しく悩ましい顔をしているな。」




一人でゆっくり精神統一するため普段使われない階級者用の訓練場へと赴いたフィオーネだったが、先客から声がかかり眉間にシワを寄せる。




「何故お父様がここにいるんですか?」


「先程まで陛下の手合わせの相手をしていたんだよ。それで?フィオーネが悩ましい顔をしているのはユリウス殿下関連か?」


「何故わかる…」


「自分の娘の事は何となく分かるもんだぞ。1人で解決出来そうもないのか?それとも出来そうなのか?」


「…わかりません。」


「わからないのか?」


「自分の気持ちが分からなくて…、整理するためにここに来たのにお父様がいらっしゃって台無しです。」


「何故だ?父に相談すればいいじゃないか。」


「役不足。」




ガーン!という効果音が聞こえるような表情を浮かべたシーネスは項垂れてしまった。

ティエリアス公爵夫婦は政略結婚のように見えて恋愛結婚である。最初こそ親同士が決めた計略に満ちた婚約であったが、顔を合わせ会話をしてみて直ぐにお互いがお互いに惹かれあったのだ。いまだに仲睦まじく生活できているのは素晴らしい事である。

ただ、フィオーネにとってみればその光景を当たり前のように見てきている訳だが、恋だの愛だのいう感情に疎い。それを自分でも理解している。




「お父様はお母様のどこに惹かれたのですか?」


「マリアの?」


「はい。」


「そうだな、内面の美しさが外面にも現れているところかな。当時私の周囲には欲望に満ちた醜い令嬢しかいなかった。そんな中慎ましく淑女然としていたマリアに惹かれたのは必然かもしれないな。」


「欲望がだだ漏れな令嬢は今も昔も居ますよ。…周りと違うから惹かれたんですか?」


「そうではないな。例え周囲が淑やかだったとしてもマリアに惹かれていたさ。」


「何故ですか?」


「マリアだからだよ。それが人を愛するということだ。」




難しさに眉間にシワがどんどん寄っていく。




「具体的にどんな変化がありますか。」


「うん、進歩してるのはわかったからその顔をやめなさい。」




フィオーネの歪んだ顔をやめさせながらシーネスは笑う。「お見合いの絵を持っていこうものなら一刀両断していたのに成長したよまったく」呟きは剣を鞘から抜く音でかき消された。

シーネスは己が剣の鋒をフィオーネに向ける。




「久しぶりに試合おうか。」


「負けませんよ?」


「フィオーネに負けたら明日から暫く陛下に弄られるなぁ…それだけは避けたい所だけど。精神統一するんだろう?なら、相手がいた方がいいだろう?」


「いない方がいい…」


「聞こえないぞ!聞こえないんだからな!」




ムキになったシーネスを見ていると、少しだけ悩んでいるのが馬鹿みたいに思えてくる。


お父様なりのエールなんでしょうねきっと。わかりにくいですけど。


懐に携えたレイピアを抜刀しフィオーネは父親と向き合う。

随分と久しぶりに手合わせする。それこそ小さい頃は男のように育てられていた為に剣術の稽古も頻繁に行っていたが、フィオーネが近衛隊に所属してからは全く手合わせなどしていなかった。

少しだけ楽しみで、自然と笑みが溢れる。




「では行きますよ。」


「どこからでもかかってこい。」




呼吸を整え、フィオーネは大きく一歩を踏み出した。















国王陛下への謁見の間、そこにフィオーネはいた。

玉座に座る陛下は凄く嬉しそうな表情をしている。そして第一声はこうだ。




「公爵から聞かせてもらった。婚約を正式なものとして受け入れるとの承諾、聞けて嬉しいぞ。そして…、シーネスは負けたそうだね。いやー、悔しがるシーネスの顔は見ものだったよ。」




クツクツと堪えるように笑う陛下は実に楽しそうだ。

しばらく弄られると言っていたのはこのことか、とフィオーネは納得した。

逃げないと決めたあの日、フィオーネは父シーネスを通して婚約の正式な了承を陛下へ伝えた。もちろんその旨はユリウスにも伝わっている。しかしあの日以降フィオーネはトーリに呼ばれ近衛の仕事をしていたためユリウスには会えていない。


婚約者としての肩書が正式な物になったのなら、側近としてそばで仕えるのは難しそうですね。変に疑われるのも嫌ですし。


フィオーネの考えを読んだかのように陛下が口を開く。




「側近としては今まで通り支えてもらうが、異論はないか?」


「え、」


「婚約者だが今までも側近として仕えてきたであろう?今更問題はない。日和見な貴族達など気にする必要はないぞ。」


「かしこまりました。」


「近々サジも帰ってこよう、それまでは1人で頑張ってくれ。」


「はっ!」




側近として陛下に敬礼する。今の言葉は婚約者ではなく側近のフィオーネに言われたのだ。

謁見の間を出ると開かれた扉の影にユリウスの姿が見える。フィオーネが陛下に呼ばれたと聞いていてもたっても居られずここまで来てしまったユリウスは、フィオーネを見て笑みを浮かべる。




「フィー。」


「そんな隅で何をしてるんです?」


「覗き見。」


「あぁそうですか。」


「冷たいなぁ。正式に婚約者になったんだったらもうちょっと甘い雰囲気でも出せよ。」




廊下を歩きながらとんでもないことをぬかすユリウスを一瞥し、周囲の目がある事を思い出させる。




「王城では常に誰かに見られている事をお忘れですか?お忘れではないですよね?では私がそんな中でそんな雰囲気を出すとでも?まさか思いませんよね?」


「わ、わかった。悪かった。」


「わかればいいです。」




微笑みを向ければユリウスの頬が微かに色付く。

ふいっとそっぽを向くユリウスを不思議に思いフィオーネは首を傾げる。




「ユリウス殿下?」


「何でもないから気にするな!」




覗き込めば焦ったように顔に手を当てる。

自分の気持ちを正しく認識してからはこんなユリウスの小さな反応でさえも心が暖かくなるのだから不思議だ。フィオーネにとって何もかもがはじめての経験で恐ろしく感じる部分もあるが、逃げるのは自分らしくない。不安を感じれば直接本人に言えばいい、それすらも気づけてしまったフィオーネ、向かうところ敵なしである。




「それはそうと、執務は終わったんですか?」


「粗方終わらせた。というわけで、フィオーネ、ちょっと付き合え。」


「どちらに?」


「それはまだ秘密だ。」




悪戯を思い付いたかのような無邪気な笑みを浮かべてフィオーネの手を引く。護衛の騎士が数人付いて来ようとするも、ユリウスはそれを許さなかった。




「お前達も聞いていただろう?フィオーネは側近兼護衛でもある。その他の護衛は必要ない。」


「ですが、」


「必要ない。」




反論しようとした騎士を威圧で黙らせる。




「ユリウス殿下、私は付いてきて頂いた方が良いかと思います。」


「フィー…」


「ユリウス殿下を疑っているわけではなく、疑いの目で見られないためにです。陛下はあのように仰いましたが、やはり外聞はよろしくありません。」


「……」


「そんな目で見てもダメです。私の部下でもある近衛兵ですよ?優秀ですとも。」




フィオーネに褒められ近衛兵も嬉しそうだ。




「…いつになったらさぁ…」


「さ、行きましょう?何処に連れて行ってくれるんですか?」


「ん。」




完全に拗ねてしまったユリウスだが、フィオーネが促せば聞いてくれるのだから大概ユリウスもユリウスだが、差し出された手に意思を感じられる。その手を繋ぐべきか繋がざるべきか迷っていると強引に繋がれる。




「で、どちらに?」


「まだ秘密。」


「?」


「着いてからのお楽しみってことで。」




不貞腐れているくせに楽しそうに笑う姿は、まるで子供のようだ。思わず微笑ましくなったのが顔に出たのかユリウスに頬を摘まれる。




「何するんですか。」


「何でもねーよ。」




こんなやり取りが仲睦まじく周囲から見られ、かつ微笑ましく思われている事にフィオーネは気づかない。何せ今まで恋のコの字も知らなかった人間だ。


連れてこられた先は庭園のさらに奥だった。煉瓦の壁に一つだけある扉には鍵がかかっている。

庭園の中に煉瓦造りの温室のようなものがある、というのが正しい認識かどうかは不明だ。しかしフィオーネ自身、今まで知らなかった場所に来るというのは少しばかりいやかなり好奇心が掻き立てられているのも事実。ユリウスが懐から出した鍵も中々に年季が入っていて魅力的だ。




「中には王族しか入れない。お前達はここで待て。」


「「はっ。」」


「殿下、それでは私も入れません。」


「フィーは別。」




至極真っ当な訴えは無視される。フィオーネの手を握ったままのユリウスは扉の鍵を開き中に入っていく。

一歩踏み入れたそこは、言葉を失う程の絶景が広がっていた。


これは…!!


自然と足は中の方へと動く。

目の前に広がるのは深青の薔薇達。

不可能の代名詞とも呼ばれる青い薔薇。数多の有力者達が金をかけ開発しようとし続けていたにもかかわらず、未だに完成しないその薔薇が、目の前にある。




「こ、こは?」


「王家に代々伝わるものだ。何時からここにあるのかは分からないが、この薔薇が咲き続ける限り王国は繁栄し続けると言われている。」


「あぁ、だから青い薔薇なんですね。」


「そうだな。王族しかこの場所にこの花が咲いているのを知らない。変なことに利用されても困るしな。」


「確かに。」




薔薇園を見渡しながら何も話さないフィオーネだが、その瞳は輝いている。心なしか表情も明るい。




「気に入った?」


「…そうですね。」


「一瞬あった間は何?」


「肯定してしまっていいものか考えていたんです。王族ではない私をこの場に連れてきてしまって良かったのですか?婚約者だからですか?」


「婚約者だとかそーゆうのは一切関係ない。フィーだから連れてきた。フィーに見せたかったし、フィーと一緒に見たかった。」




優しい笑顔を向けられて、フィオーネは素直に頬を赤く染めた。赤く染まった頬をユリウスは笑いながら優しく撫でる。

近くの石のベンチへ腰掛け、ただ何を話すでも無く、静かに手を繋いだまま薔薇を楽しんだ。

少しずつ、2人の心の距離が縮まっていく。




「さて、じゃそろそろ執務に戻るか。」


「そうですね。あまり溜め込んでも己の首を締めるだけですし。」


「相変わらず厳しいねー、フィーは。」


「それほどでも。」




微笑みあいながら庭園を出て2人は執務室へと戻る。

正式に婚約者になったからか、陛下から護衛の近衛兵を2人つけられてしまったフィオーネは、ユリウスと2人でいる時だけ側に来るように部下に伝えている。ユリウスはいささか迷惑そうな顔をしたがフィオーネであるそこは譲らない。




後にこの時のフィオーネの判断が功を奏する事になるのである。







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