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豪腕令嬢は恋を知らない  作者: 馬輩騎
24/28

この気持ちの名前

心の機微を描くのが本当に苦手です。



それからの日々はなんだかんだで忙しく過ぎていった。


メーネ国王太子ウイグとその婚約者ルカはアガの非礼とは何ら関係ない、と陛下が公式証書で通達したため録でもない噂はそこまで広がらず、ラムネス王国滞在中は穏やかに過ごすことが出来ていた。帰国後、アガを厳罰に処すとウイグが誓いをたてていたが、ウイグが誓わなくとも帰国すれば嫌でも枢機卿から切り捨てられるであろうことは目に見えていた。

帰国するまでの接待と帰国後の後処理に追われ、普段通りの時間が戻ってきたのは、ウイグ達が帰った後2週間がたってからだった。

陛下は隣国との友好や牽制および関わり合い全般をユリウスに今後任せるようで、引き継ぎやらでユリウスはまだ忙しそうだ。執務室で机にかじりついていると思いきや、陛下に連れられ視察に行ったり。

フィオーネはといえば、陛下よりナターシャ王妃の話し相手になってやってほしいという懇願により時間があけば王妃を訪ねている。


ぶっちゃけ何一つ変わってませんし、考えさせてくださいとは言いましたけど考える時間すらないんですけど。




「あら、フィーちゃん考え事?」


「…、すいません。」


「謝らなくていいのよ。ソランに頼まれて来てくれているのだから。それよりもコレ、食べてみてくれる?」


「私がですか?」


「そうよ?私は美味しいと思うのだけれど、皆微妙な顔をするのよ。」




あーん、と王妃に口元まで持ってこられてしまっては食べざるを得ない。王妃の気遣いで侍女達も部屋から下がっている為、遠慮がちにフィオーネは口を開けた。

以前一度自分で食べるからと王妃からフォークを受け取ったところ拗ねられて暫く口を聞いてくれなかった。そこから学んだフィオーネは王妃のしたいようにさせているのだ。


それにしても神経が酷く擦り切れそう。


ストレスにならないとは言わないが、それを伝えればまた拗ねてしまうだろう。




「どう?美味しい?」




よく咀嚼するフィオーネをナターシャはわくわくした表情で見ている。




「王妃様、何を入れたんですか?」


「やっぱり美味しくないのね…。」


「不味くはありません。不味くはありませんが…後味が…あまり良くはないですね。」


「アマランサスをすって入れてみたのだけれど、うーん、失敗ね。」


「…王妃様、冒険もほどほどになさってくださいね?お子にさわります。」


「大丈夫よ、そんなに無理はしてないわ。」


「そんなにということは少しはしてるんじゃないですか。」


「てへっ」




可愛らしく舌を出す王妃。この顔をするときは何を言ってもダメな時だと、王妃付きの侍女にこの間聞いたばかりだ。




「ねぇ、フィーちゃん。」


「何ですか?」


「ユリウスの事、見捨てないでやってね。」


「それは…、見捨てる事などありません。私は側近として」


「側近としてフィーちゃんがユリウスによく仕えてくれていることは知っているわ。1人の人間として、1人の女性として、ユリウスを見捨てないでやって。」


「王妃様…。」




悲しげに微笑むナターシャは涙を隠すように窓の外の空を見上げる。雨の音がいっそう強まった気がするのは恐らく気のせいではないだろう。




「人の命は儚いわ。だから尊いとも言えるのかもしれないけれど。あの子はやっとその事に気づき始めたの。フィーちゃんに出会ってから人間らしくなったのよ。」


「特に最近は頑張っておられると、見ていてわかります。」


「そうでしょう?…ただね、あの子は甘えることを知らないの。私もソランも、愛情を持って育てて来たわ。でも弟が生まれて兄として甘えは許されないと思ってしまったみたいでね。1人でため込んでは熱を出して、小さい頃はよく寝込んでたわ。」


「そうなのですか?」


「きっと愛情のかけ方を間違えたのね。気付いたら少しずつ歪んでいってしまった。」




遠くの方で空が光る。遅れてゴロゴロと雷の音が聞こえて来る。




「ユリウスもダラスも、後悔しても仕切れないわ。幸いな事にユリウスはフィーちゃんに出会うことが出来て変わっていった。この子は…」


「王妃様、今から不安がっていてどうします。」


「フィーちゃん…。」


「妊娠中の婦人が不安になるのは良くある事だと聞きます。どのような子に育つかなど誰が予言出来ましょうか。誰もできませんし、誰にもわかりません。それは親であってもです。」


「フィーちゃん、言うわね。」


「母がよく姉に言っていました。」


「お母様の知恵なのね。」


「5人も産んだベテランですから。」


「フフ、そうね。ありがとうフィーちゃん。」




微笑みを浮かべたナターシャはいまだ何処か不安そうな顔つきをしている。失礼を承知で後で国王陛下に王妃の側にいてくれるよう頼んでみるのもいいかもしれない。首が飛ぶかもしれないが。




「では、そろそろ失礼致します。」


「えぇ、またね。今度は美味しいおやつを用意しておくわ。」




お辞儀をして立ち去る。直様侍女が入ってきて甲斐甲斐しくナターシャの身の回りの世話を始める。お腹の子はきっと無事に生まれてくるだろう。2人が愛情をたっぷり込めて育てるであろう事は容易に想像できる。


さて、私も自分の仕事をしなければなりませんね。ユリウス殿下の今までの事務仕事が私に回ってくるとは思いませんでしたけど、近衛の仕事もある。忙しくてとてもやりがいがあります。


城内の管理は近衛でもある程度は出来る。そのためか陛下は今までユリウスが行っていた城内の管理、主に人員確保をフィオーネに一任したのだ。


何でしょうこの外堀埋められてる感。


執務室へ向かう最中、何かと声をかけられては対応していくフィオーネ。ふと窓の外を見るとそこには見たことのない令嬢が庭園を散歩している。諸外国からの使者は絶えないと聞く。娘を連れてやってきたのかと結論付けて前を向く。しかし胸に感じた違和感にフィオーネは首を傾げた。

この時期に娘を連れて外国にやってくると言うことは、縁談を求めてやってきたと言うことだ。ユリウスに婚約者がいると言う話はまだ外国まで広がってはいないだろう。つまりはユリウスに…持ってこられた縁談というわけである。


いやいや、別に殿下に縁談が来ても私は何とも思いませんし。…思わない…はずですが…。


胸にもやもやとした感情が溜まっていく。

その名前をフィオーネは知らない。

やり場のない焦燥感に襲われ仕事に没頭することにした。






「はぁ…やっと終わった…。」




執務室で溜まっていた書類とガムシャラに向き合っていたフィオーネは、自分が寝ていないことも忘れて山積みになっていたはずの紙を片付けた。

窓を見れば眩しい朝日が差し込んでいる。フィオーネが気づいた時には2日がたっていた。


朝食を食べましょう。流石にお腹減りました。




キッチンで軽く食事を作り立ったまま食べる。行儀が悪いのは百も承知だが、もうそろそろユリウスも起きてくる頃である。

昨日外国関係でサジが使者として城から遣わされたという話を聞いた為、今日からはフィオーネがユリウスのフォローをしていかねばならない。


考える為にも少し距離を置きたかったんですが、こればっかりは仕方がありませんね。


眠気覚ましにコーヒーを飲んでいると執務室の扉が開く。




「あれ、フィー早くないか?」


「おはようごばいますユリウス殿下。諸事情がありまして早めに来たのです。」


「…殿下ね…。」


「しつこいですよ。」


「はいはい。母上はお元気か?」


「はい。健やかにお過ごしです。少し心身共に寂しさを抱いていらっしゃいますが。」


「やはりな。」


「気付いておいでだったのですか?」


「まぁな。今日は一日夫婦水入らずで過ごすそうだ。だから大丈夫だろ。」




安堵の笑みを浮かべたユリウスは椅子に座らずフィオーネの手を掴む。




「な、何ですか。」


「少しでも頬を赤らめてくれるって事は可能性ありととらせてもらうからな。」


「な、何のことですか。」




片言になりかけたフィオーネにユリウスは優しげな笑みを向ける。




「本当はフィーとゆっくり過ごしたいところなんだが今日は使者の相手をしないといけなくてな。大臣がわざわざ遠くの国からいらしたそうなんだ。」


「前半は聞かなかった事にします。すぐに行かれますか?というかこの手を離してくださいよ。」


「やだ。もうちょっとしてから行く。」




手を握ったままユリウスがソファーに腰掛けた為、引きずられるようにフィオーネは倒れ込む。そんなフィオーネを軽々支えて隣に誘導するユリウスは憎らしくも男性なのである。


くそ、この筋肉が憎らしい。




「ユリウス殿下!悪ふざけが過ぎます!」


「はいはい。で、フィーはいつから寝てないんだ?」


「ぅぐ、…な、何のことですか。」


「とぼけるな。目の下の隈を見れば分かる。お前化粧してないんだからすぐにバレる事ぐらい気づけ。」




あっさりバレてしまった事に驚いて言葉が詰まる。




「とりあえず目閉じろ。」




首を傾げると繰り返してもう一度言われる。




「とりあえず10秒でいいから目閉じてみろ。はいいーち、にー、」




慌てて目を閉じたフィオーネの珍しく素直な様子にユリウスは少しばかり目を見開いたが、その後のフィオーネの様子を見て納得した。

ユリウスが10秒数え終える前にフィオーネは睡魔に襲われて見事負けたのだ。

しばらくユリウスはその寝顔を眺めていた。静かにソファーに寄りかかり寝息をたてるフィオーネの姿は子供のようで可愛らしい。孤高の薔薇と言い出したのは誰だろうか。今ユリウスの隣にいるフィオーネは年相応のあどけなさを残して警戒心皆無で眠っているのだ。

目の前で眠るという事は少しは信頼されているという事か。思わず頬をなぞる掌にフィオーネの体温が伝わってくる。いっそ強引にでも奪ってしまいたい、そんな衝動と戦うユリウスに救いの手が舞い降りる。

扉をノックして入ってきたのはエンヴィーだ。




「ユリウス殿下?いらっしゃいますか……どうなさったんですか?」


「煩悩と戦ってる。」


「体調でも悪くされたのですか?」


「いや、ただの寝不足らしい。」


「そうですか。手は出さないで下さいね。」


「出さねーよ!…殺される…。」


「賢い判断ですね。大臣がお待ちですが、どうなさいますか?」


「そうだな、少し待つように伝えてくれ。すぐ行く。」


「かしこまりました。」




フィオーネを起こさず自分一人で行こうか迷うユリウスだが、大臣相手にはフィオーネの力が必要だ。


仕方がない、起こすか。




「フィー、フィオーネ、そろそろ起きろー。」


「…ん…ん?」




見開かれるフィオーネの瞳は今までにないほど動揺の色を含んでいた。




「ぎっ…」




叫びかけて慌てて両手で口を押さえたフィオーネはユリウスに抗議する。




「どういうことですか!!」


「目閉じろって言ったら目閉じて寝た、以上。」


「…ありえない…仕事中に寝るなんて…」


「疲れてたんだろ。」


「人の気配でいつも起きるのに…」




誰かいると寝れないのは昔からだった。物心ついた頃には既に一人で寝ていたのだ。


なのになんでましてやユリウス殿下の前で!!


激しく動揺するフィオーネをユリウスは真っ赤になった顔で眺める。人の気配で起きるのにユリウスの前ではあっさり眠ってしまったのだから、ユリウスに対して信頼があるという事になる。ユリウスにとったら自惚れていいレベルの案件だ。




「やべー、フィー、抱きしめていいか?」


「いい訳ないでしょう?!」


「だよな。さて、寝起きで申し訳ないが、仕事に行くぞ。」


「……えーと、外国の使者方とお会いになられるのですよね?」


「そうだ。わざわざ大臣を寄越しやがったんだよ。側近としてフィオーネ、お前に同席を頼みたい。」


「かしこまりました。」




仕事と聞いて瞬時に切り替えたフィオーネをユリウスは呆れたように笑う。




「何か文句ありますか?」


「無い。無いけど切り替え早すぎるだろう?どんだけ仕事馬鹿なんだ。」


「うるさいですよ。」














「お待たせいたしました。大臣お会い出来て嬉しいですよ。」


「これはこれはユリウス殿下、私の方こそお会いできたこと嬉しく思いますぞ!わざわざ時間までとっていただいてありがとうございます。」


「お気になさらず。どうぞおかけください。」




応接間にはお世辞にも普通とは言えない肉付きの良過ぎる中年の男性とその隣は娘と思われる令嬢。後ろに執事らしき人物が控えている。見るからに胡散臭そうな大臣はソファーに腰掛けるなり口を開いた。




「いやぁー、それにしても素晴らしい城ですな!」


「そうですか?」


「ハッハッハ、堂々たる姿勢、次期国王としての準備は万全!と言ったところですかな?」




失礼を絵に書いて顔面に貼り付けたような大臣にフィオーネの苛立ちが募る。そんな中でもユリウスは微笑みを浮かべたままフィオーネが用意した紅茶に口をつける。大臣達には侍女が用意したコーヒーである。

コーヒーを目にした瞬間、ほんの一瞬ちらとフィオーネに視線を送ったのだ。


溜め息と舌打ちを飲み込んだ私を評価してもらいたいですね。




「我が国としてはラムネス王国と外交を円滑に且つ友好関係を築きたいと思っていましてね。今まで閉鎖的だった貴国が最近開放的になったと聞き及びましな、このように不躾ながら来国させていただいたのです。今後ともどうぞよろしくお願いしますぞ!」


「随分と率直に物を語られる。」


「おや、お気を害されたか。これは失敬失敬。つかぬ事をお聞きしますが、ユリウス殿下には婚約者がいないと耳にしましてな。我が娘を紹介しようとお連れしたのです!」




慎ましやかに淑女の礼をする女性をユリウスは見もしない。




「貴殿の国は少々情報が遅いようですね。」


「なんですと?」


「私には婚約者がいないと?誰に聞いたのか知りませんが偽りの情報に惑わされ、ましてや娘を紹介するなど、このラムネス王国を馬鹿にしているのですか?」


「そのような事は全くありませんぞ?ただ17にもなって婚約者がいないとなれば不能なのかと諸外国からは懸念されておりますからな。」


「ご心配には及びませんよ。私には愛しい婚約者がいますからね。」


「またまた見栄をはらなくともよいではないですか。」


「どこまでも失礼な方だ。ここにいるフィオーネが私の婚約者です。日々側近として支えてもらっています。ティエリアス公爵家の令嬢です。貴殿が連れてきた偽の娘を婚約者にするとでもお思いか?」


「なっ!」


「気付いていないとでも?では、お取引願いましょうか。」




その一言で扉の外で控えていた衛兵が大臣の腕を抱えて外へと連れて行った。後に残された女性は諦めたように姿勢を崩し憤然とした態度で足を組み始める。




「あーぁ、せっかく楽に稼げるチャンスだったのに。王子様ごめんなさいね?あのデブ親父に金さえもらったらあたしは姿を消す予定だったんだけど、思った以上に切れ者の王子様ね。この国は安泰だわ。」


「あなたの仕事は?」


「無名の踊り子よ。資金集め大変なのよ。」


「そうか。今回のことは他言無用だ。守れるのなら罪には問わない。すぐこの国を出て行くといい。あの大臣に目をつけられたら大変だぞ。」


「そうね、そうするわ。ありがとう王子様。婚約者の貴女も。じゃぁね。」




清々しいほどあっさりと去って行く踊り子の女性。

結局ユリウス一人でも問題なかったのではないか。騙された感が否めないフィオーネはユリウスの脚に蹴りをくらわせて退室する。

日差しが暴力的だ。まだ昼前で城内は忙しく動き回る人々で賑わっている。自分では意図しなくとも雑音となって騒がしさが耳に流れ込んでくる。


心が休まらない…。さっき居眠りしてしまったのは何かの間違いですきっと。終わっていない仕事はまだまだありますし、よっぽど疲れてたんです。


ふと足を止める。


さっきから私は何から逃げているんでしょうね。


ユリウスに想いを告げられてから、まるでユリウスから逃げるように、ユリウスに対する自分の気持ちと向き合わないように、現実から目を背けている。フィオーネ・イザナ・ティエリアス公爵令嬢としても近衛兵隊長補佐としても感じたことのない感情に惑わされて、本来の自分を見失いかけている。


こんなの私ではないですね。向き合ってこそです。壁は叩き割ってこそ。


向き合う前に精神統一、とばかりにフィオーネは訓練場へと向かう。今まで逃げていた気持ちに立ち向かうのだ。




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