隣国からのお客様ーその5ー
長らく空いてしまいましたがやっと続きです。
結果
とりあえず隣国の王太子一行国内滞在は継続
ウイグとルカのみ正式行事に参加
ユリウスとの交友もウイグとルカのみ
アガは自室にて待機
行動制限をかける
ユリウスの要望も取り入れフィオーネとサジによる防護壁強化。
ということに落ち着いた。
アガが目にするところではなるべくフィオーネとユリウスはくっついているようにという王妃からの命も下り、落ち着いたかと思った矢先、嬉しい報告に陛下が取り乱した。
「か、かかか懐妊?」
「はい国王陛下。ナターシャ王妃様、ご懐妊です。おめでとうございます。」
「ナターシャ!!」
執務室にて公務を行なっていた陛下だがペンを放り投げ、書類を放り投げ王妃の自室へと走り去った。驚きの表情のまま固まったユリウスも自然と笑顔になる。
「今度は妹がいいなぁ。」
「どちらになるかは生まれるまでわかりませんしね。これからしばらくは王妃様は安静にしなくてはいけませんし、公務はユリウス殿下が変わられるのでは?」
「おっとマジか。まぁ無事に生まれてくれればそれでいいけど。」
「陛下の放り投げたコレ、どうしましょうか。」
「うーん…」
「ユリウス!!お前も来い!!」
バタン!と扉が開いたと思ったら満面の笑みの陛下にユリウスが連行される。
サジ、フィオーネ、それとエンヴィー3人が微笑ましく見送る。まだまだ若い王妃だが、第二王子を産んでからだいぶ年月が経っている。めでたいばかりではないのも事実だ。
フィオーネは適当な所で書類整理を切り上げ久しぶりに近衛隊執務室に来ていた。警備体制やらアガに付けた侍女と隊士から苦情が来ているやら、話し合う事柄が沢山あるらしい。それはそれでいいとして、近衛隊長の机に置いてある書類の束が尋常じゃない。もともと大人しく座ってはいられない人だとは知っていたが、フィオーネがユリウスの側近になってからは真面目に片付けていると思っていたのは間違いだったのか。
「おっ!フィオーネ来たな。悪いな忙しいのに来てもらって。」
「いえ、それに関しては問題ありませんが、この書類の山の片付けは手伝いませんよ。それで、話とは何ですか?」
「えっとぉ、とりあえずこの山を…。」
「…はぁ…」
ため息をつきながら睨むフィオーネの迫力たるや。
幾つもある山の一つを隊長机から隣の机へ移動し一つずつ片付けていく。日付がだいぶ前のモノもありその度にトーリの手の甲へ拳の一撃が決まっていく。もともとフィオーネが処理していたものも混じっているので作業は順調に進む。手を動かしながらトーリが口を開いた。
「今回の警備についてなんだがな。」
「はい。」
「こいつらも皆同じ意見らしいんだがな。」
執務室で他の書類を片付けていた近衛隊士達が頷きながらフィオーネを見る。
「アガ姫の護衛には付きたくないとさ。」
「その事ですか…。」
「で、フィオーネにお願いされれば護衛すると。」
「は?」
「いやほら、夜会でのあの暴言聞いてたわけだし、フィオーネを慕ってる奴多いし、鶴の一声的な。」
「ではお願いします。すいません皆さん、苦痛にはなるかと思いますが誰もやる方がいないのでお願いできますか?」
「「「もちろんです!!!」」」
「ありがとうございます。」
正に鶴の一声である。
「で、それからだな。」
トーリからの用件は数多くありかなり長く続いた。
半ば会議のようになっていたらしく、気づくとすでに陽が傾いている。今日はサジに側近業務を任せきりになっている為、フィオーネとしては早く自分の持ち場に戻りたい訳だが解放してくれるはずもなく。
「じゃぁ軍務に関してはこっちでまとめるとして、北の国の動きについてなんだがな。」
「ちょっと待っていただいていいですか?」
「あ?おぉ。」
「盗み聞きは感心しませんよアガ姫様。」
扉が薄く開いている、その扉に向かって声をかければカシャンと何かが落ちる音がする。近衛隊士の1人が扉を開けるとそこには扇子を持ったアガがおりその後ろから息を切らした侍女と護衛につけた近衛兵が走ってくる。
「アガ姫様!勝手に部屋から出ないで下さいと」
「あたしは一国の姫なんですのよ?あなた達の指図は受けませんわ。」
「しかし!」
「何かご用ですか?」
「白昼堂々と殿方達と密会しているという話を聞いたものだから、ユリウス様にあなたは相応しくないと言うことを教えて差し上げようと思ったのですわ。」
「密会…ですか?近衛隊の緊急会議ですから密会ではないと思うのですが。」
国王陛下の命を無視している挙句、王城にとって重要な役割を担っている近衛兵の緊急会議を密会と言ってしまうアガの知識の無さと浅はかさが露見する。
ここにいるのは近衛兵の中でもトップクラスの面々だけだ。トーリを始め各隊副隊長も揃っている。そんな中でのアガの発言は、侮辱にも値する。憤りを隠そうともしない面々をフィオーネが押さえ込んでいるのだとは露知らず、アガは涼しい顔で扇子を翻している。
アガの護衛の1人が焦った顔で走っていく。陛下に言いに行ったのか、ウイグに言いに行ったのか。どちらにせよあまり悠長にかまってはいられない。
「国家に関する重要な会議中です。御退席願えますか?」
「あら、それなら尚更わたしが同席すべきですわ。いずれこの国の王妃になるんですもの。」
誰かがおめでたい頭だなと呟いたがどうやらアガには聞こえていないらしい。
「お言葉ですがアガ姫様、ユリウス様の婚約者は私です。」
「今は、のお話でしょう?あなたより魅力的なわたしの方がユリウス様にはお似合いだと思いませんの?鏡を見た事あるのかしら?」
「婚約について決めるのは私ではありません。それに一国の王女と言ってもウイグ殿下の発言なしに勝手をしては国の面汚しになりかねませんよ?今の貴方の発言には自国の将来がかかっているということを理解しておられますか?」
「は?」
本当に馬鹿なのか?
思わず口走りそうになった言葉を飲み込み微笑みを浮かべる。理解できないのであれば理解させようと思わなければいい。我が国の不利益にならないようこちらは行動するだけだ。
「アガ姫様、貴方の行動は目に余るものがあります。今回の事はウイグ殿下に報告させていただきます。」
「勝手にすれば?」
「ではご退席ください。」
アガの返事を待たず侍女に脇を抱えられ連れられていく。まったくどうしたものか。フィオーネが頭を抱えているとトーリに肩を叩かれた。
「お前の周りには面倒臭い奴しか集まらないのかもなぁ。」
「筆頭は貴方ですよ隊長。」
「すいません。さて、という訳で気を取り直してと言いたい所だが、そろそろ戻らないとフィオーネもヤバイだろう。解散。」
テキトウなトーリの合図で会議は終了する。
フィオーネが解放されたのはもう外は暗くなっており食堂も閉まってしまったであろう時間だった。結局解散の合図があってもフィオーネを慕う近衛兵達はなんだかんだ理由をつけて帰そうとしないのだ。
これは夕食食べ損ね決定じゃないですか。
ユリウス達はすでに食べ終えただろう。そろそろ就寝の時間だ。とりあえず執務室に戻ってユリウスの仕事が片付いているか確認しなくてはならない。
それにしても折角復学したというのに、隣国からの使者が来るということで学園には全く行けていない。復学した意味はあったのだろうか。
まぁ、私の気にするところではないですね。
城内の廊下は基本丁寧に掃除されており、清潔に且つ高貴な雰囲気を漂わせている。フィオーネがそんな廊下を歩いているとパリンッ!と甲高い音が鳴り響く。振り返ればアガがしたり顔でフィオーネの顔を睨みつけている。足元には割れた花瓶が転がっている。
何をしようとしているのか考えているとアガはそのままフィオーネの横を通り過ぎようとした為、頭を下げておく。一応は隣国からの客人だ。その時だった。
「あなた嫌い。」
「は?」
((グイっドンっ))
頭を下げていたフィオーネの髪を引っ張り体勢が崩れた所を押し倒された。
((グサッ))
「っ!!」
咄嗟に手をついた床には割れた花瓶の破片が散らばっている。フィオーネの右手に刺さる。
「フフフ、あははははは!いい気味ですわ。これで傷物ですわね!」
「…アガ様、お怪我はありませんか?」
「は?あなた頭おかしいんですの?今の言葉聞いてまして?」
「王族の姫君ですから、故意に人を傷つけることなどあるはずがございませんでしょう?つまずいてしまったようですから、お怪我はありませんでしたか?」
「なっ」
「ここはラムネス王国です、メーネ国ではございません。アガ様はメーネからの客人です。気遣うのは当然の事でございます。」
「傷物がえらそうに!!」
振り上げたアガの手は、フィオーネに届かない。
「誰なんですの!?離しなさい!!」
「…国王陛下。」
「えっ…?」
アガの腕に握ってこめかみに青筋をたてた陛下がアガの後ろに立っていた。あっという間にアガは取り押さえられる。ギャーギャー騒いでいるが陛下のひと睨みで大人しくなる。
普段温厚な人がキレると怖いとは言い得て妙である。
どこからか現れたユリウスがフィオーネの右手に応急処置と言わんばかりのハンカチを巻き付けた。険しい顔つきだが心なしかどこか泣きそうな顔をしている。
「今のやりとりは全て見ていた。一国の王族とはいえ、目に余るものがあるな。近衛とのやり取りも全て聞いている。そなたには王族としての教養も恥も礼儀も、全てかけているようだ。」
淡々と語る陛下からは同情も何も感じられない。感じられるのは軽蔑と怒りだ。
「客人として多めに見ていたが、無駄だったようだな。メーネに使者を送らせてもらった。そなたらの国の法を司る枢機卿はそなたのことを既に見限っているようだな。このような書状が届いた。」
1枚の紙を見せながら陛下は続ける。
「王族であるアガ姫の処分にかんして、我がラムネス王国の好きにしていいそうだ。」
「そんなはずないわ!」
「自国の情勢も分からぬとは浅はかな。我が国としてはそなたを処分するつもりはない。自ら手を汚す必要もあるまい。今後一切の接触を禁じ、軟禁とする。」
「そんなっ…。」
「息子の大切な婚約者を傷つけた報いは国へ帰ってから受けるのだな。ユリウス、フィオーネを医務室へ。衛兵、こやつを連れて行け。」
何も理解していないアガはそれでもぎゃんぎゃんと叫び騒いでいたが、連行され、その声も聞こえなくなった。
ユリウスに連れられフィオーネは幾度となく訪れている医務室へとやってきた。手慣れた手当てを受け終わり、陛下に執務室で待つように言われ第一皇子執務室へと戻ってきたが、ユリウスは一言も言葉を発さない。
何なんですか、何でそんな顔をしてるんですか、何で何も言わないんですか、どうしてあの場にいたんですか、お願いだから何か言ってください。
破ることのできない静寂が部屋を支配している。
先に動いたのはユリウスだった。向かい合って座っていたはずだが、フィオーネの隣右側に移動してきたのだ。思わず横にズレて離れようとしてしまったが、包帯を巻かれた手を掴まれてしまう。
「本当さぁ、勘弁してほしい。」
フィオーネの肩に頭をもたげながらユリウスは深いため息をついた。
何を?いつもだったら聞けていることが今日は口をついて出てこない。
「今日は近衛の仕事があるっていうのは知ってた。だから俺の傍に居ないっていうのも分かってた。で、見かけたと思ったら手切ってるし。」
「あの、ユリウス殿下?手を切ったのは不可抗力というか、私に責任はないと思うのですが?」
「それもわかってるよ。」
「ユリウス殿下?」
こう見えてすげー心配してんだからな?
耳元で囁かれた言葉は今にも消え入りそうで、普段動じないフィオーネの心を動揺させるにはもってこいだった。
「正直、始めは側近なんていらねぇって思ってたんだ。自分1人で出来るって…要は天狗になってたんだよ、ちょっと人より優れてるだけで。」
噛み締めるようにユリウスは呟く。
「それがさぁ、お前のせいで自分の至らなさとか不甲斐なさとか、王族としての心構えを王族じゃないお前から教わるとかもう恥じゃんか。」
「心構えなど、私は伝えていませんよ。」
「直接はな。でもフィオーネのおかげで王族として、第一皇子として、責任の重さを知ったんだ。それに気づいたらお前が側近として隣に居ることが当たり前になった。フィオーネが居ないと何か落ち着かないし、さっきみたいにお前が不可抗力だったとしても傷付けば心配になるし。」
「私の事は置いておいて、責任の重さを知ったのはユリウス殿下が成長なされたからです。」
「その殿下ってやつヤメねぇ?」
「それ以外にどう呼べと?」
「ユリウス。」
「馬鹿ですか?」
絶対零度の目線でユリウスを見るフィオーネ。拗ねたように肩に顎を乗せフィオーネの瞳を見つめるユリウスだが、その距離の近さに限界を感じたのはフィオーネだった。ふいっと顔を背けてしまう。
「妥協して様付け。」
「何故呼び方にこだわるんですか?」
「距離が縮まった気がするから。」
「無理です。」
「婚約者としては呼んでくれるのに?」
「それは偽装といえど殿下呼びでは疑われるかと…」
「もうさぁ、本当に婚約者で良くね?」
何を言い出しているのだと目を丸くしたフィオーネがユリウスを見ると、至極真面目な顔をしてユリウスが腕を組んだ。
何と返事をすればいいのか分からなくてフィオーネが困っていると執務室の扉が開く。入ってきた陛下は2人の間の雰囲気を見て微笑みを浮かべた。が、その微笑みがフィオーネには策略に満ちた微笑みに見えてしまったのは気のせいだろう。




