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豪腕令嬢は恋を知らない  作者: 馬輩騎
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隣国からのお客様ーその2ー




婚約者問題について、一応陛下とティエリアス公爵含む一部の重臣達で会議を開いたらしい。公爵の性格をよく知り陛下とユリウスの事も諸々正しい判断が出来る貴族は賛成の意を示した。一部の、というのは、性根の腐った貴族連中は婚約者候補として是非我が娘を!と言ってくるのが目に見えているため、頭のキレる優秀な貴族、役職につく者のみを招集したという事である。どの国にも自分の利益しか考えていない馬鹿な貴族は尽きないものである。先の横領問題を見ても分かる通りだ。

隣国の王太子一行がこの国にいる間フィオーネの今こなしている仕事はどうするかという会議も行われたようだが、このままでいいのではないかという結論に至った。近衛隊隊長補佐に戻るとしても側近の仕事をサジ1人にやらせるのでは回らない。逆にこのまま側近としてユリウスの側にいるとしても、サジも同じく側近として側にいるわけだから2人きりになるということもない、結婚前のやましい噂が立つ事もない、寧ろ自分の身は自分で守れる婚約者、へたすれば王子すら守れる婚約者という最強の立ち位置が出来上がるという事らしい。そんな簡単にいくのか?と疑問に思う節はあるが高等会議での決定事項なので一応は大丈夫なのだろう。「マジか!じゃぁ俺は今まで通り苦手な事はやんなくていいんだな!!やったぜ!」とサジは大喜びしていたがフィオーネに鳩尾を抉られ撃沈。ユリウスも決定に一安心したようで執務が捗っている。




「隣国の1番の売りと言えば織物だな。もともと肥沃な土地ではないからやれる商売といえば毛織物ぐらいだったわけだけど、さてここで問題です兄弟。織物産業で1番必要になるものはなーんだ?」


「織手?」


「そっ!で、その織手はどう調達する?」


「職業として募る?」


「ブー!」




いちいちムカつく言い方をするサジに苛立ちを隠そうともしないフィオーネ。




「織物に使われる糸や毛糸は虫や動物から取られるという事は知ってるよな?隣国は一部の虫や動物を穢れたものとして扱ってる。そしてその穢れたものから取られるのが糸や毛糸。代表的なのは羊や蛾だな。それらを飼う者や扱う者は穢れた存在として認識される。社会的地位は底辺に等しいわけだ。」


「隣国はそんなに宗教が大きな力を持っているのか?」


「そ。古くから所謂神官達が権力を握る国だからね、所詮王族はただの象徴に過ぎないんだよ。ただ外交するには王族という地位はもってこいってわけで王政が廃されないって魂胆。」


「それはわかった。織手はどこから調達するんだ?好き好んで自分からなる奴などそんな国ではいないだろ?」


「そこがまた問題なわけよ。誰もやりたくない仕事を誰にやらせるか、ぶっちゃけて言えば奴隷だよ。」


「奴隷…。表面上は?」


「孤児や未亡人。」


「援助っていう程を装ってるって事か?」


「正解!自分を守るすべがないからね、無理矢理やらせたとしても法には問われない。」




ユリウスの眉間に皺が寄る。

小さな変化、本当に小さな変化だ。だとしても以前のユリウスなら、聞き流していただろう。強制労働者の事などあまり気に留めなかっただろう。だが、今は違った。

フィオーネにとっては喜ばしい変化だ。陛下に報告するべき喜ばしい案件だ。思わず顔に笑みが浮かぶ。




「何だよ。」


「あら、顔に出てました?」


「思いっきり出てんだよ!ニヤニヤしやがる。」


「陛下にお伝えする喜ばしい変化を私も側近として喜んでいただけです。」


「そうかよ。」


「はい。」




満面の笑みを貼り付けて答えるフィオーネにユリウスのため息が漏れる。サジはといえば会話の意味がわからなかったらしく首を傾げている。




「サジ、続けろ。」


「了解。社会的地位が低いだけならそんなに問題にはならないかもしんないけど、織物産業にはまだ問題があってな。糸や毛糸、織った後の布に使う染料、それがちょっと特殊な材料で出来てるんだ。主に自然由来天然由来ではあるんだけどより綺麗な色を出す為に混ぜている物、何だと思う?」


「染料に混ぜるものだろ?有害なものなんてあるのか?」


「この国では使われてないからね、知らなくても別におかしくないけど。」


「何なんだ?」


「鉛。」


「鉛?」


「そう鉛。この国では計りに使われてる。鉛は体内に入ると毒になるんだ。」


「そんなものを染料に混ぜているのか?」


「染めた後はよく洗って乾かすから着用してもほとんど鉛の影響は出ない。だけど染料を直接扱う人は違う。鉛粉を混ぜたりするわけだ、当然呼吸と一緒に体内に入る。というわけで誰もやりたがらないってわけ。」




ここ数週間でサジの隣国講座は順調に進んでいる。消極的な所から始まり積極的な所に終わり。あまり良いイメージは持てなかったようだ。

隣国と友好的な関係を保つのは大事なことではあるが何か取引をしたいかと言われればそうではない。ラムネス王国ではほとんどを自給自足、自国のもので賄える。非常に潤った国なのだ。その中でも問題はあるが隣国程深刻ではない。仮に戦争を仕掛けられたとしても確実にラムネスの圧勝で終わる。

その事を分かっているからか、ユリウスは全然乗り気にならない。せめてもの救いが王族はまだマシ、というあたりか。


接待しなきゃいけないのはユリウス殿下だけではないんですけどね。


フィオーネも憂鬱気だ。いよいよ隣国から王太子一行が来るまで2週間と迫っている。

そんな沈んだ空気になりかけた第一皇子執務室に明るい来客。




「フィーちゃん!いる??」




ババンッ!!!と扉を開け放ち入ってきたのはナターシャ王妃だ。




「母上?どうかしたんですか?」


「フィーちゃんに用があるのよ。」


「フィーちゃん?」


「あ、こら!隠れないのフィーちゃん!」




見つかる前にキッチンの方へ逃げ込もうとしたフィオーネだが、王妃に腕を掴まれ拘束される。いつだったかたまたま廊下ですれ違った際に「婚約者のふりとは言っても娘代理みたいな感じなんだからもっと仲良くなりましょうね!今度からフィーちゃんって呼ばせていただくわね!」るんっ♪と音符マークまで付いている王妃の言葉に頷くしか出来なかったフィオーネである。


押しが強いんですよね、王妃様ってこう見えて。


開いた口が塞がらないユリウスを尻目に王妃はフィオーネを連れて行こうとする。そこでやっと現実に戻ってきたユリウスが慌てて口を開く。




「母上?!」


「あらなぁに?」


「な、何をしに行くんですか?」


「ドレスを作るのよ?フィーちゃんだって夜会に参加するんだから!新しくって素敵なドレス、必要でしょ?あ、あなたは来ちゃ駄目よ?楽しみにしときなさいね!サイッコーに可愛く美しくフィーちゃんを飾ってみせるわ!」




ぐいぐいと引っ張られフィオーネはなす術なくただついて行く事しか出来ない。こうなった王妃を誰も止められないことはユリウスも分かっている為、余計な口出しはしない。「お気をつけて」と手を振っている。


ちったぁ助けろや!((フィオーネ心の暴言


王妃の自室へと連行され、待っていたのは王族御用達ドレスショップのマダムとマダムの経営するショップのお抱え宝石商。公爵家でも正式な夜会等に出席するたび新しいドレスを新調しなくてはならなかったためマダムとは面識がある。




「王妃様、夜会用のドレスでしたら公爵家で準備しますので、このようなお気遣いは…その、なんと言いますか…」


「フィーちゃんは気にしなくていいのよ?それにティエリアス公爵と公爵夫人には許可をもらったの。私が好きでやってることだから、余計な心配で口を挟むのはダメよ?」


「ですが王妃様…。」


「さっ!まずはデザインから考えないとね!フィーちゃんはその間に採寸してもらってちょうだい。貴方達よろしくね?」


「「かしこまりました王妃様。」」




マダムの弟子数人に服をひん剥かれ採寸と称した拷問を受ける。フィオーネにしてみれば体の隅々までサイズを測られるという恥辱でしかない。しかも「まぁ!細いウエストですわね!」「お胸もしっかりあって!」「お尻も程よい程度にボリューミーですわね!」いちいち実況せず黙って採寸出来ないのか。おまけに「本当は生身を拝見したいですがそれは流石にやめておきますわね!」いい笑顔で言ってのける弟子数人にフィオーネは服を一枚でも着ているだけマシかと思うことにした。

採寸が終わり王妃の元へ戻ると、何枚もの紙に書かれたデザイン画がテーブルの上に広がっていた。あまりドレスに詳しくないフィオーネだが、流行りのものから王道、変わり種まで多岐に渡るデザインがあることぐらいは理解できる。その一枚に自然と目が止まった。




「やっぱり流行りは捨て難いわ。でもフィーちゃんはスタイルがいいからシンプルかつ高貴な雰囲気が漂うものがいいと思うのよ。それでもってあまり露出は多くない方がいいわ。」


「確かにその通りですわね。…フィオーネ様?何か心惹かれるデザインがありましたか?」




目を止めていた事を気付かれてしまった。フィオーネは素直に頷いて一枚紙を持ち上げる。




「このデザイン、ある国の最期の皇妃が着ていたものを参考にしたのですか?」


「流石はフィオーネ様ですわ。知っている人の方が少ないのではないかしら。肖像画が残っているわけでもないですし、それは古いレシピを参考にしたのです。我が家系に代々受け継がれるものでして、どうやら彼女のドレスも私の先祖が作ったようですの。」


「そうだったんですか。」


「え?何々?私にも教えて頂戴な。」


「ナターシャ様には私から後で教えて差し上げますわ!」


「絶対よ?マダム。それにしても素敵なデザインよねぇ。私もこれ迷ってたのよ。シンプルでかつ高貴、フィーちゃんにぴったりだわ!」


「ではこちらのデザインで決まりですね。お色はどうしましょう?」




こうしてドレスのデザインは決まり色も決まり、1週間後に出来上がったものを持ってくるという形でこの場は収まったのだった。

第一皇子執務室へと戻るとサジがソファーから飛び起きた。ユリウスはと言えば机に突っ伏して眠っている。




「何かあったんですか?」


「何もない。俺の隣国講座が終わって疲れたなーって話ししてたら兄弟がじゃあ寝るか!って。」


「ユリウス殿下はまだしも、サジ、貴方まで寝ていたら仕事にならないでしょう?」


「ごめんなさい。」




寝ているユリウスに羽織をかける。そばに置いてあるカップと皿を手に取りキッチンへ片付ける。

国王陛下の話だとユリウスは人に寝顔を見せないらしい。それが今はどうだろうか。気心知れたサジという乳兄弟が居るとはいえ、無防備に寝顔を晒している。フィオーネが戻ってきても起きる気配は無かった。信頼されている、そう思っていいのだろうか。


まぁ、まずは隣国、ですね。





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