いやがらせと新たな任務
遅くなりました(-。-;
フィオーネの憂鬱は続く。
一応平穏無事に復学し学園生活を再開したユリウス。新たに習得する分野も特になく、自由気ままに過ごしている。相変わらずジークはユリウスにべったりで、度々教師が呼び戻しにくるも権力を盾に追い返している。特に相手をするでもなく放置されているわけだが、ジークはその事には気づいていない。ユリウスの適当な相槌はジークにとって親友の頷きになってしまうのだ。
城に戻ってくるなり、
「マジで疲れる。」
と嘆くユリウスの気持ちがわからなくもない。しかしユリウスの方は比較的平和である。
そうユリウスの方は。
問題はフィオーネである。
今までユリウスに近づこうとしている令嬢がいたならばジークによって追いやられていたわけだ。しかしフィオーネは望まずしてユリウスの側近になってしまった。いわば現状1番近くにいる存在。よってジークの敵視具合が半端ではないのだ。
ユリウスのいない所や見えない所でありとあらゆるいやがらせをしてくる。最初は用意した紅茶を捨てる程度から始まり、足掛けされたり、紅茶を乗せて運ぶトレーの端に刃物を仕掛けられ手をざっくり切ったり、手を払われて落とし割ってしまったカップや皿を拾おうとした所を上から踏まれまたまた手をざっくり切ったり。そんな事で負けるフィオーネではないが、ただでさえ側近という立場上気を休める事が出来ないのに輪を掛けて休められない。
気を抜いたら殺られそうです。
下る階段前で足掛けされた時は流石のフィオーネも動揺した。悪ふざけでは済まないレベルまでいっている。
かといってこの事を誰かに言ったとしても、揉め事が増えるだけ。黙っていればその内飽きるだろう、そう腹を括ったフィオーネだったのだが、思わぬ形で自体は動き始める。
その日、ユリウスとフィオーネは城へ帰ろうと馬車へ向かっていた。周囲を見張るのがもう癖になってるフィオーネは何気なく庭園へと繋がる小道に目を向けた。そこには小さな東屋や噴水があり、建物の陰になっているため逢い引きにはもってこいの場所、と誰かが言っていた。そして、実際逢い引きしている人物がいたのだ。
ジークとヴィヴァルディだった。
何やら真剣に話し合っている様子だった。嫌な組み合わせに警戒はしておこうと思いつつもあまり深く考えず城へと戻ったのだ。
疲れたとそうそうに自室に入ったユリウスを見送り、フィオーネは執務室に入る。学園へ行っている間も書類は溜まっていく。なるべく早く片付くよう仕分けをしておくのも側近の仕事、と自分に言い聞かせフィオーネは袖をまくり書類を一つ一つ確認していく。
復学してからというもの、ユリウス宛のジークからの手紙、ヴィヴァルディからの手紙が増えた。学園でヴィヴァルディに会うことは滅多にないが、機会を見つけてはタックルしてくるからやめてほしい。((どこぞの少女漫画だよ←作者の心の声
思わず漏れ出た溜息は、誰にも聞かれないはずだった。
「随分と疲れているようだな。」
「っ!?へ、陛下!」
胸に手を当て礼をすると、手を軽く振り堅苦しいのはよいと言われる。
「そこへ座りなさい。」
促されるままに陛下の向かいに腰掛ける。陛下の隣には側近のエンヴィーも控えている。
「ユリウスの側近として、よく勤めを果たしてくれているようだな。」
「いえ、私はまだまだ力量不足です。」
「相変わらず謙遜をする。もう少し己に自信を持ったらどうだ?」
「自信を持つべき点は持っています。ですが、自信は行き過ぎると過信になります。」
「その通りだ。そなたに側近を任せて正解だったようだ。」
「畏れ多いお言葉です。」
「さて、では本題に入るとするか。エンヴィー、外のトーリに人払いを頼んでくれ。」
「かしこまりました。」
本題といった陛下の目は、フィオーネにとってあまりに恐ろしかった。人の心を簡単に見透かしてしまうような、何も隠し事は出来ない、そんな雰囲気を漂わせている。何も悪事はないはずなのに、何故だか悪事を突き詰められている気分になる。ユリウスがいないタイミングで来たという事も、何かあるのでは?と勘ぐってしまう。
いや、違う。これは何かある。
「察しがいいな、フィオーネ。」
ふわりと微笑んだ陛下は口調を崩しリラックスした様子で話し始める。
「疲れるから普段通りに話すとするよ、驚かないでね。スヴェン伯爵家の子息にはもう会ってるね?」
「はい。ジーク様でございますね。」
「彼、学園ではどんな感じ?」
「どんなというのは?」
「態度、性格、人としての価値。」
「つまり率直に、という事ですか?」
「そ。」
いつも見ている国王陛下然とした態度、話し方との違いに若干動揺しながらも、フィオーネは言われるがままにジークについて答えた。
「ユリウス殿下につきまとっておいでです。学園にいる間は四六時中。ですので授業も受けておられませんし、教員に対しても高圧的です。ご友人はいないかと。伯爵家ですから取り巻きの様な方は何人かいらっしゃる様ですが…。」
「ふむ。性格はどう?」
「言葉は悪いですが、最悪かと。」
「ハハハハハ!フィオーネがそこまで言うんだから余程だね。で、その手袋と彼は関係あるの?」
思わぬ指摘に心臓が早鐘を打つ。
ジークのおかげで手をざっくり切ってから傷を隠すために手袋をするようになったのだ。
陛下は、どこまで知っている?それともはったりを言っているだけ?いや、聡明な方です。はったりではないのでしょうね。
「ユリウス殿下の側近として、殿下の口に入るものを素手で扱うのは如何なものかと思いまして手袋をするようになった、というのが建前です。」
「では本当は?」
「手を切りましたので、傷を隠す為に。」
「自分の不注意で切ったんじゃないでしょ?」
「はい。」
「やっぱり。彼にやられたの?」
「…そうです。」
低い声で"あいつ"と陛下が呟いたのが聞こえたが聞こえないふりをする。
「で、何で医務室できちんと手当してもらわないの?擦り傷だから軟膏欲しいって言って軟膏しか貰ってないでしょ?」
「すいません。」
「傷見せて。」
逆らえるはずもなく、フィオーネはゆっくり手袋をはずして包帯をとる。ガーゼに血が染み込んでいる。軟膏だけでは全然良くなる気配が無かった。
「まったくこの子は本当我慢強いというか…。医務室に今すぐ行きなさい。」
「ですがまだ仕事が。」
「フィオーネ。」
「…はぃ…。」
「これは命令。早く医務室へ行き手当をしてもらいなさい。」
「わかりました、申し訳ございません。」
「頑張りすぎはよくないよ、フィオーネ。」
立ち上がったフィオーネの頭に陛下は優しく手を乗せる。
迷惑をかけまいと黙っていたのに、余計に迷惑をかけてしまいました。
礼をして執務室を出る。外にいたトーリに頭を軽く小突かれた。フィオーネは迷惑をかけたと思っているが、陛下もトーリもフィオーネのことを心配していたのだ。ユリウスの側にいるというだけでストレスだろうに学園に行けば余計にストレスが溜まるだろうと。
医務室では医師とナターシャ王妃が待ち構えていた。傷の手当をしている間王妃はずっとフィオーネの背中をさすっていた。
「普通の軟膏ではこの傷は治りません。縫うほどではありませんが、傷口を塞ぐ必要があります。薬用のこちらの軟膏をガーゼに厚塗りして下さい。あと、痛み止めも出しておきます。」
「ありがとうございます。」
「もう少しで化膿するところですよ?腫れてないのが奇跡です。」
「すいません。」
「次はもっと早く来てくださいね?フィオーネ様が来た時は実際に傷を見せていただかない限りは信用しませんよ?」
「申し訳ないです。」
包帯を巻かれて治療はおしまい。
両手がこれでは日々の生活に支障が出るかもしれないが、それぐらいで休むフィオーネではない。
王妃と共に執務室へ戻ると陛下がある紙と睨めっこしていた。
「ソラン、フィオーネの手当終わりましたよ。」
「あぁ、おかえり。早速で悪いんだけどフィオーネ、新しい仕事を頼めるかな。」
「新しい仕事ですか?」
「そう。今まで通りユリウスの側近は続けてもらうんだけど、学園で、ジークとヴィヴァルディを見張って欲しい。諜報活動みたいなものかな。」
「わかりました。」
「助かるよ。ちなみにユリウスは全く知らないからバレないようにね。」
「かしこまりました。」
「フィオーネには言っておいてもいいかな。実はスヴェン伯爵家とガードン男爵家が手を組んで国庫から横領しているのではないかという噂があってね。」
「それは、私が耳にしてよいのですか?」
「フィオーネを信用している。理由はそれだけ。じゃぁよろしく頼む。」
「はっ!おやすみなさいませ。」
可愛らしく手を振る王妃に礼をして2人を見送る。
そんなこんなでフィオーネに新たな任務が与えられたのだった。
この時、執務室で行われたこの話をまさかユリウスが聞いていたなんて、誰も気づいていなかった。
諜報活動開始!
スパイってカッコいいですよね。




