復学
ユリウスの憂鬱
「…はぁ…。」
「ため息ばっかりついてると老けますよ。」
「なぁ、やっぱ行くのやめねぇ?」
「私にそれを決める権限はないですね。」
「じゃあせめてフィオーネも制服着ろよ!!」
「嫌ですよ。私はもう卒業した身ですから。」
「ずりぃーぞ!!」
駄々をこねているのは我が国の第一皇子ユリウス・フォン・ラムネス。王立ラムネス学園へ今日から通うのだが、行きすがらの馬車の中でずっとこの調子だ。フィオーネは馬に跨って1人悠々自適馬車の隣にいようと思っていたのに話し相手とばかりにユリウスに腕を掴まれ馬車に押し込まれてしまったのだ。
「何がそんなに嫌なんですか?」
「貴族の女に囲まれるのが嫌。」
「その顔ですからねぇ。普段猫被ってますしね。」
「褒めてんのか貶してんのか。」
「素直な感想です。」
容姿端麗、高身長、城から一歩外に出れば猫を被り紳士とかせば世の女性達が放っておく訳がない。あーだこーだ言い合っているうちに学園に着いてしまった。
ユリウスの場合、留学前は通っていた為復学という形になる。
私が付いてくる意味ありましたかね。いや、ないな。
フィオーネ自身、側近という形にしろユリウスに付いて学園に通わねばならないこの状況が嫌だった。学園に通いたくないが為に頑張って早く卒業したというのに。
馬車からフィオーネが先に降り、ユリウスが続けて降りる。すでに待ち構えていたご令嬢達がキャーキャーはしゃぎ回る。顔面に微笑みを貼り付けたユリウスはチラリと見る程度に抑え校舎へと歩き始める。貴族が通う学園ということもあり、作りは豪勢だ。
「ユリウス殿下、ご快復心よりお喜び申し上げます。」
「あぁ、今日からまた頼む。」
教員に挨拶を返し、王族専用の学び部屋へと向かう。他の生徒とは学ぶ内容が異なる故、王族は教室を分けられている。より高度な知識が必要となるのだ。他国家の歴史とか普通はそんなに深く学ばなくてよいのだ。
部屋に入るなり盛大なため息をついてソファーに埋もれるユリウス。誰も見ていないからいいものを。まぁそこら辺抜かりないけれども。
「あいつらは暇なのか?」
「あいつらというのは?」
「門のところに集ってたあの女どもだよ!」
「ああ。暇なんでしょうね。」
「あえて時間ずらして来たのに。」
「無駄でしたね。御愁傷様です。」
「女はみんなフィオーネみたいに淡白にならねぇかな。」
「どういう意味ですか?」
睨みながら聞けば手を横に振られる。
「馬鹿にしてんじゃないぞ?」
「どうでしょうね。で、学園に来たはいいですけど、ユリウス殿下は一通り学問も習得しているのでしょう?何しに来たんですか?」
「それは俺も父上に聞きたい。やること無くなったから留学したんだぞ?今更戻って来てもな。」
「では図書室で本でも読まれては?」
「ここのは読み切った。」
「新しい本が入っているかもしれないじゃないですか。滅多に入りませんけど。」
「城の方がよっぽど本の種類は充実してるからな。…にしても本当にやることねぇな。」
静寂がこの場を包む。
ヤバイ、いずらい。これは困りましたね。
ユリウスと関わるようになってからフィオーネは困ることが増えた。今までの完全無欠の彼女はどこへ行ってしまったのやら。それだけユリウスが予測不能で人とは違うという事なのだがフィオーネにはわかるはずもなく。
そんな時部屋の扉が勢いよく開き大きな音を立てる。
「マジだ!!ユリウスだ!!!」
少し小柄な少年がそこに立っていた。
ユリウスを指差して嬉しそうに笑う。
「帰って来てたんなら早く言えよー!!」
「五月蝿い。」
「照れんなって。」
テンション高めの彼にユリウスは再びため息をつく。
この方、何処かで…。
フィオーネが思い出す間も無く、男はフィオーネに目をやるととてつもなく嫌そうな顔をした。
「何こいつ。」
「側近のフィオーネだ。5人兄弟の…何番目だっけか?」
「4番目です。」
「上はみんな女だっけか?」
「そうです。」
プルプルと指をさしながら震えている男をフィオーネは見やる。やはり何処かで見たことがある気がする。どこだったろうか。というか誰だっただろうか。
「女じゃん!!つか側近って何!?」
「黙れジーク、五月蝿い。」
「いきなり居なくなっていきなり帰って来たと思ったら女側近にしてるとか!おいそこのお前!」
「私ですか?」
「おいジーク。」
「どうやってユリウスに取り入ったのか知らないけど、調子のんなよな!!」
「初めましてジーク・スヴェン伯爵子息殿。先程から誰の話をなさっているのでしょうか?」
「お前だよ!お・ま・え!!」
ジークと呼ばれて思い出した。
スヴェン伯爵家の御子息、ユリウス殿下馬鹿のジークだ。下手にユリウスに近づこうとすれば彼に阻止されると有名だった。
そして下手にユリウスに近づく事になってしまったフィオーネに敵意むき出しである。
迷惑極まりないですね、この人。私が好きで殿下の側近をやっているとでも思っているんですかね。うざ。
思わず心の声が漏れでそうになるもすんでのところで抑える。しかし心底嫌そうな顔をしていたのだろう。隣からユリウスの笑い声が聞こえる。
「フィオーネ、顔。」
「失礼しました。」
「ジーク、こいつは父上が決めた側近だ。最初に面白そうだと思って護衛を頼んだのは俺だけどな。」
「陛下が?コネか!コネなのか!」
本当に五月蝿い人ですね。その前に陛下にコネなんて持ってる人いるんですかね。
「フィオーネは近衛として城で常駐している騎士だったんだ。帰って来た時に図書室で偶然会ってな。珍しく媚び売ってこねぇから気に入った。」
「気に入らないでください。迷惑です。」
「な。こーいう奴だよ。」
「…ユリウスにそんな事言う人初めて見たけど…。」
「ジークも気にいると思うぞ?面白いから。」
「だから気にいるなと言ってるんですが?」
2人共人の話を聞きやしない。そもそもジークさんが私を気にいるわけがないじゃないですか。今もこんなに睨んできているというのに。
小柄な可愛らしい顔から放たれる殺気は、全然怖くない。だから来たくなかったのだとフィオーネは改めて思う。女性も男性も、嫉妬心を持った時、それは恐ろしいものへと変わっていく。そしてフィオーネはいつも被害者だ。
「なぁユリウス、またお忍びで城下町に行こうぜ!!」
「行かねぇよ。」
「なんでさ!!」
「行きたくねぇから。」
「じゃぁ何すんの?」
「知らねぇ。」
あ、私完全に空気ですね。端に避けておいた方が身のためですね。
部屋の端、扉の近くにフィオーネは下がりそろそろユリウスが紅茶を所望するかどうか考えていた。
面倒臭いですし、先に準備して出してしまいましょう。
この教室は便利だ。というか流石は王族専用に作られた部屋。簡易キッチン備え付け。自由に飲食可能。金かけやがってという苛立ちは抑えつつフィオーネはユリウスの好むフルーティだが爽やかな後味の紅茶を淹れる。ジークは好きではないであろう香りだが、気にしない。フィオーネの主人はユリウスなのだから。
ユリウスの座るソファーの前にあるティーテーブルにそっと紅茶を置いておく。一応ジークの分も用意はしたが、おそらく飲まないだろう。
案の定邪魔すんなみたいな目で睨まれました。え、もしかしてジークさんってユリウス殿下が特別な意味でお好き?
じーっと見過ぎたのかジークが文句を言う。
「何か僕に言いたいことあるわけ?」
「言いたい事でございますか?特には。」
「じゃぁ何でそんなに見てくんのさ!気持ち悪いなぁ!!ユリウスの側近って言ったって側近の分際で僕に楯突こうなんて立場わかってるわけ?」
「楯突くとは?」
「〜〜っ!!ムカつく!!」
立場云々の辺りからユリウスは口元を手で隠して笑いを堪えている。分かっているなら少しぐらい助け舟を出してくれてもいいのでは?と思うが初めからユリウスに期待はしていない。
笑いを堪えるためか紅茶を口に含み満足そうな顔をする。吹き出さないか心配になるフィオーネだが、余計なお世話かと開き直る。
ユリウスではないが、フィオーネも明日からの学園生活が憂鬱になってしまった。
「わかっただろ?俺が行きたくなかった理由。」
「どれですか?それとも全部ですか?」
「全部だけど主にジーク。」
「なるほど。」
帰りの馬車の中、妙に納得してしまったフィオーネだった。
フィオーネも憂鬱(笑)




